闇と光と告白と

崎田毅駿

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三.表の書・裏の書 2

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 たまたま、であった。ある夜、眠られずにいたマリアスは、とうとう起き出してしまった。寝付かれぬときにいつもする、窓を開けて月の光を全身に浴びるという「儀式」を経ても、彼女は眠くならなかった。
「このまま横になってるのも馬鹿らしい」
 つぶやくと、マリアスはベッドから抜け出た。
 こういうとき、大きな城に住んでいてよかったとマリアスは思う。つまらないことであるが、退屈になっても、家の中をうろうろするそれだけで、かなりの時間が潰れてくれるから。
 幸い、この夜は月の明かりも充分で、窓があるところならば何も持たずに歩き回れる。マリアスは、なるべく自分が行ったことのない場所を選んで周り始める。
 住み慣れた城とは言え、夜ともなれば不気味な感じがしないでもない。その最たるは、廊下のところどころにある銀の鎧である。きらりと鈍く光るのを視界に捉えると、まるで動いているかのように思えてくる。
 そうした鎧の前を通り抜けたあるとき、マリアスは、前方に黄色い筋を発見した。深紅の絨毯が敷いてある廊下に、一本の黄色い光の筋。
 ほんの一瞬、どきっとしたマリアスだったが、すぐに安堵の息を漏らした。
それが、ある部屋の扉の隙間からこぼれ出る明かりだと分かったからだ。
(この部屋……)
 マリアスは、明かりが漏れてきている部屋が誰の部屋だったかを思い出そうとした。と言っても、おぼろげな記憶をたぐるに過ぎないのだから、時間がかかる。
(あ! 確か、ここはランペター達にあてがわれた部屋のはず)
 ようやく思い当たり、つい、声を上げそうになったが、どうにかこらえる。
(こんな時間に何をしているんだろう、あの人達?)
 自分のことは棚に上げて、マリアスは気まぐれな想像を始める。もっとも、彼女には、自分を助けてくれた人達への純粋な関心があったのだから、これも仕方のないことかもしれない。
 さらにマリアスは、
(お父様も、この方達を重用しているようだから、その内、個室をもらえるようになるんだろうか)
 などと、全く別のことを考えながら、問題の部屋の扉にそっと近付いていった。そのとき、彼女は自分では隠れるつもりは全くなかった。単に、音を立てては皆に迷惑だろうと、それぐらいの気持ちであったのだ。
(……うーん……)
 心の中でそううめきながら、マリアスは扉と壁の間の隙間から、部屋の中を覗こうと努力した。が、そんなことで室内の様子が探れるはずがない。
(やっぱり、無理か。部屋の構造、完璧だから)
 そうして、いい加減、その場を離れようとしたとき、不意にそれは聞こえた。
(え?)
 最初、その音は抑揚もなく、小さな小さなものであった。それが徐々に聞き取れるようになったのは、マリアスが息を殺して耳をそばだてたからであろう。
 それは複数の人間が話し合っている声だった。
「これから、どうしたものだろうな」
「ここまでは順調に進んでいる。焦ることはあるまい」
「……しかし……。しっかりと先は見据えておかないと。失敗すると、二度と同じ手は使えなくなるのだから」
 これは何の話をしているんだろう? マリアスは考えながら、より一層、聞き耳を立てた。
 まず飛び込んできたのは、女の声。これはネイアスとかいう者の声だろう。
「一族の無念、何とかして晴らしたいのです、私は」
「我々の真意は、戦を起こすことにはございません。もし、起こすようなことになるとしても、それは相手が仕掛けてきたらの話。もちろん、そのような一触即発の状態にはならないと信じますが」
 先ほどまでの話し方とは一転、男の口調は丁寧になった。まるでディオシス将軍がマリアスに話すときのように……。
 ネイアスが答える。
「分かっている。この国の中枢を抑え、権力を握り、意のままにすると言うのであろう。何度も聞きました」
(この国のって……ライ国をどうかするつもりなの?)
 ここにいたって、マリアスは恐ろしくなってきた。寒くもないのに震えがくる。何か、とんでもないことを聞いてしまったような……。
 後ずさりをして、扉から離れよう。そして誰かにこのことを伝えなければ。
 マリアスがそう考えた刹那、廊下にあった黄色い筋が消えた。
 瞬時に考え、あっと思った。誰かが扉の向こうに立ったんだ!
 マリアスはしかし、もはや逃げ出すことはかなわなかった。
「おや、マリアス姫」
 いくらかぞんざいな調子で言ったのは、カイナーベル。背中から明かりを受けて、金髪が燃えているようだ。
「あ、あの……」
 本来、強い立場にあるのはマリアスの方なのに、そのときの彼女は身も心もすくんでしまった状態にあった。何も言い返せず、動くこともできない。
「こんな夜も更けつつある時刻、どうされましたか、姫様?」
 極めて穏やかに、部屋の中から声が届いた。確か、これはダルスペックとかいう者の声……。
「……何の話をしていたの?」
 ようやく、それだけの言葉を絞り出すことができた。
「……」
 目の前に立つカイナーベルもダルスペックも黙ったままでいる。
「私、聞いてしまいました」
 後先のことを考えず、マリアスはそう口走ってしまった。冷静であれば、こちらが強い態度に出ればすむと分かる。少し冷静さを欠いていたとしても、大声で助けを呼べば誰かが駆けつけてくれるであろう。
 しかし、このときのマリアスは、相手の真意をその場で知りたくなっていた。自分の命を救ってくれた者という、一つの信頼感があったせいなのだろう。
「……やはり、聞かれてしまっていたんですね」
 カイナーベルは年齢に似合わぬ低い声で、そう言った。
「盗み聞きされるとは、とんだ手抜かり。俺達は間抜けだ」
 中にいた大男が、これも静かに言った。用心棒役のザックスだ。
「とりあえず、大人しくしていただきましょう」
 と言ったかと思うと、ダルスペックは素早い動き、正に目にも止まらぬ早さでマリアスの両手を捕まえ、背中へとねじり上げる。同時に、マリアスの口へ白い布切れを押し込んだ。
「手荒なことをして申し訳ないが……。これからどうするかを決めなくてはならんので、しばらくこのままでいてもらいます」
 最後にマリアスの両手を細い紐状の物で縛ると、ダルスペックはそう告げた。
「――!」
 声を張り上げようと試みたマリアス。しかしながら、その行為は全くもって徒労に終わった。
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