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二.水晶球の一行 1
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2 水晶球の一行
三日経ってもマリアスの容態は回復しなかった。それどころか、いささか、悪い方向に傾いているのかもしれなかった。と言うのも、意識を失ったままでいることが多くなっているからである。それでも、マリアスの病気が公にされることはなかった。もちろん、城の中の者、あるいは王室に近い者には伝わってしまっていたが。
侍医はあらゆる薬草を試してみたが、効果は現れず、また国中の医師をあたってみたものの、城からの呼び出しと聞いてしり込みする者ばかりであった。
そんな折――。
「何? マリアスの病のことを知っている者が来たと!」
レオンティールは玉座から腰を浮かせ、報告に来た者にかみつかんばかりの大声で言った。
「は、はい。呪術師のランペターと名乗る者が……」
「マリアスの病のことは城の外には漏れていないはずだ。そやつは、いかにして我が娘の変事を知ったと申しておる?」
「それが……よく理解できないのですが、水晶球に映し出されたそうです、マリアス姫の苦しんでおられる姿が」
「水晶球……呪術師……か。よし、そやつの持ち物を徹底的に調べた上、中に通せ。すぐにだ」
「はい、承知しました」
それからしばらくして、謁見の間なる部屋で、レオンティールはランペターなる男と対面した。
ランペターは、レオンティールが漠然と想像していたよりは、ずっと若かった。呪術師と聞いて白髪の老人を思い描いていたのだが、実際はそうでなく、三十代後半の一見、普通の働き盛りの男であった。身なりはあまりよくなく、着衣は物持ちのよさを第一に考えられたような品である。が、それに包まれた肉体は素晴らしい。腕の筋肉などは、弓でも撃っていたかのように発達している。
「お目通りの機会を与えていただき、大変に光栄と存じます」
跪いたランペターは、乾いた声で言った。さすがに緊張しているらしい。
「うむ、面を上げてよいぞ」
印象をよくしたレオンティールは、皮のバンドでまとめられたランペターの黒髪を下に見ながら、重々しく声をかけた。
「早速だが、ランペター。そなた、我が娘のマリアスが、病で臥せっておると申したそうだな」
「さようでございます」
「何故、そのようなことを申す?」
「私のような呪術師が信じております、水晶球で占ったところ、悪しき結果が見えた。それだけのことでございます」
「水晶球とやらを見せてみい」
レオンティールの命令に、ランペターは懐から拳大の透明な多面体を取り出した。そう、多面体――水晶球という名であるが、実際は正多面体らしい。
「どうぞ、お手に取ってお確かめくださいませ」
差し出された水晶球を受け取るレオンティール。しばらく眺めてから、手のひらで転がしてみる。どうということのない、透明な物体に過ぎない。
「これに未来が映ると、そう申すのか、ランペター?」
「その通りでございます。ある程度の時間の範囲内でしたら、未来だけでなく、過去についても現在についても不明の物事を占うことができましょう」
「ふん。やってみせよ」
レオンティールは鼻息を荒くした。ここからが肝心である。この呪術師の言葉が真実かどうか、確かめてやる。レオンティールはそんな気でいっぱいであった。
「と、おっしゃりますと?」
ランペターは、ここで初めて若者らしく、目をぱちぱちさせた。
「何でもよい、今すぐに水晶球で占ってみせよ」
「……承知いたしました。それでは、ここ二日ほどの間に、この城内で起きたことを見させていただきます」
そう言ってから、ランペターはレオンティールから水晶球を返してもらうと、床に赤い布を広げ、中央に水晶球を据えた。それから何やら複雑に両の手を組み合わせ、それを何度か繰り返したのち、やおら水晶球を取り上げた。と同時に、呪術師の細い両目はぴたりと閉じられていた。
ランペターの両手にしっかりと抱かれた水晶球。若き呪術師は、徐々にそれを己の額へと近付けていく。よく見ると、彼が額にしているバンドには、細かな模様が描かれており、そのひとつに水晶球はぴたりと押し当てられた。
「エーダ、マヤガン、ブルシィア」
このような意味不明の音を口から発しながら、ランペターは一度立ち上がり、すぐにまた跪く。
やがて、水晶球は彼の額からゆっくりと離されていった。
「……ご覧ください。ただし、お手に取らぬよう願います」
静かな口調で、ランペターは右手に乗せた水晶球をレオンティール王の眼前に差し出した。
「おおっ!」
驚きの声を発するレオンティール。先ほどまで透明であった水晶球の中心辺りに、何やらうごめく物が映っているのだ。
「これは……何だ?」
「この像は……自然の力の異変を表しております。白と灰色から判断して、風でしょう。風によって、城内の中の何かが破壊された事実はございませんでしょうか?」
ランペターは顔をきっと上げ、レオンティールに尋ねてきた。レオンティールは城内の物がどうなっているかまでは把握していなかったが、二日前に強風が吹いたことは記憶していた。
「おい、そのようなことがあったかどうか、調べよ!」
控えていた衛士に命ずる国王。その答はすぐに返ってきた。
「確かにございました。二日前の強風で、西側の中庭にある木々の一本が、根本近くから折れてしまったそうです」
「そうか……」
レオンティールは、改めてランペターを驚愕の目で見た。
「このことを申したのだな?」
「恐らく。お言葉でございますが、場を正式に設けて占うことができれば、より正確な結果を示せた物と存じます」
「分かった。ランペター、そなたの言葉、信じよう」
「それでは、マリアス姫がご病気なのは事実なのでございますか?」
自身の言葉を確かめるかのように、ランペターは声を震わせた。
「そうなのだ。そしてそなたに頼みがある。マリアスの病は、どうすれば治るのか。それを占ってもらいたい」
「そのような大事を私のような呪術師ごときに」
「謙遜するでない。そなたの力は、先のことで認めた」
「ありがとうございます。それならば、姫の現在、さらには今後を見通すという重要事にあたって、より正式な呪術の場が必要になります。そのために、私の仲間達を城内に入れることをお許しください」
「仲間? そなたは一人でないのか」
「さようでございます。呪術師は放浪の身、一人旅は厳しうございますから、他に四人ほど仲間がおります」
「よし、娘のために必要とあらば、許可しようではないか。部屋も与えるから、自由に使うがよい」
「ありがたきお言葉。ですが、レオンティール国王。呪術の場の設置は方角も大切でございます。のちほど、私自身がお部屋を定めさせていただきたいのですが、かなえられましょうか?」
「ふむ……。絶対に使ってはならん部屋もいくらかあるが、善処しよう」
「ご配慮、痛み入ります」
ランペターは深く頭を下げると、衛兵の案内で謁見の間から退出した。
三日経ってもマリアスの容態は回復しなかった。それどころか、いささか、悪い方向に傾いているのかもしれなかった。と言うのも、意識を失ったままでいることが多くなっているからである。それでも、マリアスの病気が公にされることはなかった。もちろん、城の中の者、あるいは王室に近い者には伝わってしまっていたが。
侍医はあらゆる薬草を試してみたが、効果は現れず、また国中の医師をあたってみたものの、城からの呼び出しと聞いてしり込みする者ばかりであった。
そんな折――。
「何? マリアスの病のことを知っている者が来たと!」
レオンティールは玉座から腰を浮かせ、報告に来た者にかみつかんばかりの大声で言った。
「は、はい。呪術師のランペターと名乗る者が……」
「マリアスの病のことは城の外には漏れていないはずだ。そやつは、いかにして我が娘の変事を知ったと申しておる?」
「それが……よく理解できないのですが、水晶球に映し出されたそうです、マリアス姫の苦しんでおられる姿が」
「水晶球……呪術師……か。よし、そやつの持ち物を徹底的に調べた上、中に通せ。すぐにだ」
「はい、承知しました」
それからしばらくして、謁見の間なる部屋で、レオンティールはランペターなる男と対面した。
ランペターは、レオンティールが漠然と想像していたよりは、ずっと若かった。呪術師と聞いて白髪の老人を思い描いていたのだが、実際はそうでなく、三十代後半の一見、普通の働き盛りの男であった。身なりはあまりよくなく、着衣は物持ちのよさを第一に考えられたような品である。が、それに包まれた肉体は素晴らしい。腕の筋肉などは、弓でも撃っていたかのように発達している。
「お目通りの機会を与えていただき、大変に光栄と存じます」
跪いたランペターは、乾いた声で言った。さすがに緊張しているらしい。
「うむ、面を上げてよいぞ」
印象をよくしたレオンティールは、皮のバンドでまとめられたランペターの黒髪を下に見ながら、重々しく声をかけた。
「早速だが、ランペター。そなた、我が娘のマリアスが、病で臥せっておると申したそうだな」
「さようでございます」
「何故、そのようなことを申す?」
「私のような呪術師が信じております、水晶球で占ったところ、悪しき結果が見えた。それだけのことでございます」
「水晶球とやらを見せてみい」
レオンティールの命令に、ランペターは懐から拳大の透明な多面体を取り出した。そう、多面体――水晶球という名であるが、実際は正多面体らしい。
「どうぞ、お手に取ってお確かめくださいませ」
差し出された水晶球を受け取るレオンティール。しばらく眺めてから、手のひらで転がしてみる。どうということのない、透明な物体に過ぎない。
「これに未来が映ると、そう申すのか、ランペター?」
「その通りでございます。ある程度の時間の範囲内でしたら、未来だけでなく、過去についても現在についても不明の物事を占うことができましょう」
「ふん。やってみせよ」
レオンティールは鼻息を荒くした。ここからが肝心である。この呪術師の言葉が真実かどうか、確かめてやる。レオンティールはそんな気でいっぱいであった。
「と、おっしゃりますと?」
ランペターは、ここで初めて若者らしく、目をぱちぱちさせた。
「何でもよい、今すぐに水晶球で占ってみせよ」
「……承知いたしました。それでは、ここ二日ほどの間に、この城内で起きたことを見させていただきます」
そう言ってから、ランペターはレオンティールから水晶球を返してもらうと、床に赤い布を広げ、中央に水晶球を据えた。それから何やら複雑に両の手を組み合わせ、それを何度か繰り返したのち、やおら水晶球を取り上げた。と同時に、呪術師の細い両目はぴたりと閉じられていた。
ランペターの両手にしっかりと抱かれた水晶球。若き呪術師は、徐々にそれを己の額へと近付けていく。よく見ると、彼が額にしているバンドには、細かな模様が描かれており、そのひとつに水晶球はぴたりと押し当てられた。
「エーダ、マヤガン、ブルシィア」
このような意味不明の音を口から発しながら、ランペターは一度立ち上がり、すぐにまた跪く。
やがて、水晶球は彼の額からゆっくりと離されていった。
「……ご覧ください。ただし、お手に取らぬよう願います」
静かな口調で、ランペターは右手に乗せた水晶球をレオンティール王の眼前に差し出した。
「おおっ!」
驚きの声を発するレオンティール。先ほどまで透明であった水晶球の中心辺りに、何やらうごめく物が映っているのだ。
「これは……何だ?」
「この像は……自然の力の異変を表しております。白と灰色から判断して、風でしょう。風によって、城内の中の何かが破壊された事実はございませんでしょうか?」
ランペターは顔をきっと上げ、レオンティールに尋ねてきた。レオンティールは城内の物がどうなっているかまでは把握していなかったが、二日前に強風が吹いたことは記憶していた。
「おい、そのようなことがあったかどうか、調べよ!」
控えていた衛士に命ずる国王。その答はすぐに返ってきた。
「確かにございました。二日前の強風で、西側の中庭にある木々の一本が、根本近くから折れてしまったそうです」
「そうか……」
レオンティールは、改めてランペターを驚愕の目で見た。
「このことを申したのだな?」
「恐らく。お言葉でございますが、場を正式に設けて占うことができれば、より正確な結果を示せた物と存じます」
「分かった。ランペター、そなたの言葉、信じよう」
「それでは、マリアス姫がご病気なのは事実なのでございますか?」
自身の言葉を確かめるかのように、ランペターは声を震わせた。
「そうなのだ。そしてそなたに頼みがある。マリアスの病は、どうすれば治るのか。それを占ってもらいたい」
「そのような大事を私のような呪術師ごときに」
「謙遜するでない。そなたの力は、先のことで認めた」
「ありがとうございます。それならば、姫の現在、さらには今後を見通すという重要事にあたって、より正式な呪術の場が必要になります。そのために、私の仲間達を城内に入れることをお許しください」
「仲間? そなたは一人でないのか」
「さようでございます。呪術師は放浪の身、一人旅は厳しうございますから、他に四人ほど仲間がおります」
「よし、娘のために必要とあらば、許可しようではないか。部屋も与えるから、自由に使うがよい」
「ありがたきお言葉。ですが、レオンティール国王。呪術の場の設置は方角も大切でございます。のちほど、私自身がお部屋を定めさせていただきたいのですが、かなえられましょうか?」
「ふむ……。絶対に使ってはならん部屋もいくらかあるが、善処しよう」
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