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これって魔法?
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翌朝は昨日よりも多少早く出発した。そうそう、昨日までのウサ耳とはおさらばして、本日はネコ耳にしてもらった。
早い時間帯のせいか、昨日は時間を取ったリーベンデールの店はまだ開いてなくて素通り。行き交う人や馬車なんかも、少なめに感じる。おかげで、ちょうど受付が始まる時刻に到着となった。
「あっ」
私の顔を見るなり、サウス巡査補はカウンターの向こう側で何かのボタンを押したみたい。さらに、二人ほど並んでいるというのに、「ちょっとお待ちくださいね」と言い置いて、こちら側に出て来た。
「こんなに早くお越しいただいたということは、何かあったんですね」
「はい。あの、いいんですか、並んでる人達が増えてますよ」
「手短に済ませます。昨日のことを上に報告したところ、興味を持った者がおりまして、ぜひ自分が担当したいと言い出しまして、その要するに交代です。受付は彼にお願いします」
巡査補が後ろを振り向く。奥の部屋から、背の高い男性職員?が出て来たところだった。
「サウス巡査補、窓口に戻って。あとは僕が」
やや渋めのイケメンボイスで囁くように言いいながら、彼自身はカウンターをぐるっと回って足早にやって来た。サウス巡査補と立ち位置を文字通り交代する。
「はじめまして。僕の名前はアントン・メロウ。階級は巡査部長です」
手を差し出されたので握手で返す。手の温度は冷たいが、やわらかく包んでくれる気遣いを感じた。小さな丸眼鏡がとぼけた雰囲気を出しているものの、近くで見ると爽やか系の美男子で前髪のふわ、さら、とした様が、それだけでお洒落なイメージを強める。
「紀野宏実と言います。確認ですけど、巡査部長というのは、巡査補よりも当然上の方ですよね。いくつ上なんでしょう?」
「間に巡査長と巡査があるので、三つですね。あ、僕は今度の警部補昇進試験を受ける予定ですが」
何の話までしてるんだ。丸眼鏡の印象通り、おとぼけキャラなのか。
「そちらは付き添いのビッツ・クレインさんですね」
彼はビッツを手で示しつつ言った。ビッツは口をぱくぱくさせ、結局何も言わずにうなずいた。もしやこれは、一目惚れしたのかも。
「退屈でしょうが、お待ちください。それとも、紀野さんがかまわないのであれば、お友達の同席を認めることも可能ですよ」
「ぜひお願いします」
ビッツと声が揃った。
「では、こちらへ」
メロウ巡査部長が笑顔で先頭を切って案内してくれた。昨日と同じ部屋に入るのかと思っていたら、そこのドアの前はスルーして、一番奥の部屋に通された。中は、機能の予備テストの部屋とは違って、太めの望遠鏡みたいな器具が中央やや奥にでんと置かれている。床に固定されているみたい。他にも書物の詰まった棚や、血液検査に使いそうな注射器とシリンダーなんかが目に留まる。
「あ、しっかり確認しない内に来ちゃいましたけど、魔法らしきものが発現したんですよね?」
ドアを閉める動作をストップして、メロウ巡査部長が聞いてきた。
「そのつもりなんですが、魔法かどうかまだ確証がないです」
「いや、絶対あれ魔法だって」
ビッツが横合いから言った。今までに比べたら、急に子供っぽくなった印象を受けるんだけど、巡査部長に一目惚れして興奮しているのかな。
ドアを閉めたメロウ巡査部長は、「とりあえず、お二人ともお座りください」と促してきた。昨日私が記入した書類を取り出して、何やら確かめる風に黙読しつつ、彼も目の前の席に収まる。予備テストのときと同じようにテーブルと椅子があるのだけれど、応接用の低いそれとは違って、事務机である。事務机には、私達の側と巡査部長の側とを区分けするかの如く、真ん中に黄色っぽい線が引かれていた。
先程言及した太い望遠鏡っぽい器具は、その先端が机の表面に向いていた。もしかして、記録のためのカメラ撮影? この世界にもあるのかしらん。クレイン家にテレビはなかったと思うけど。
「早速ですが、やってみせてくれますか、この限られた部屋で行うには支障があるようでしたら、場所を移しますが」
「いえ、問題ないです。あの、クレインさんの家から持って来た物を使っても?」
「ひとまずかまいません。あ、そうだ。クレインさんは、こちら側に来てもらいます」
「え?」
絵に描いたみたいにドギマギしているビッツ。段々、かわいらしく見えてきた。
「驚かないでいいですよ。念のためです。二人揃って一つの魔法とか、そういう事例も皆無ではないので」
「わっかりました」
いそいそと立ち上がり、メロウ巡査部長の隣の席にちょこんと腰掛けるビッツ。緊張しているのが手に取るように分かった。おかげで、こっちの緊張はほぐれた気がする。
落ち着いたところで、メロウ巡査部長は例の望遠鏡型器具に手を伸ばし、いくつかあるつまみの一つを捻った。
何の変化も起きなかったようだけど、「さあ、始めてください」と言われたので、まずはカード一組を取り出した。ちなみに枚数は五十五枚。四種の印の付されたカードが各十三枚で五十二枚と、それにプラスして天・地・水の三枚がある。トランプに酷似しているが、天と地の二枚が合わさって火になるとか、変わった決め事もあるらしい。
話がややこしくならないよう、三枚の特殊カードを取りのけて、五十二枚を使うことを最初に宣言した。
「ごく普通のカードです。調べてください」
「あ、今はいいです。お好きに進めてかまいません」
うーん、マジックの段取りとしては、ここで調べてもらうのが当然なんだけどな。調子が狂う。リズムを取り戻す意味も込めて、私はシャッフルした。
このシャッフルを見て、メロウ巡査部長がどんな反応を示すか注目してたのだけれど、ビッツとはちょっと違った。
「あちらの世界の人は、そのような混ぜ方をするのが普通なんだ? いや、噂には聞いていましたが、こういうのとは」
そっか。これまでにもこっちに飛ばされた人がいて、このカードを扱うとなったら、同じようにシャッフルするだろうなあ。
ともかく、ビッツに見せたのと同じマジックをやってみせる。
カードの束をテーブルに置き、トップのカードをめくって表を見せる。○の1だった。それを一度裏返し、軽く振ってから再度、表に。△の3が現れた。
元いた世界ではこんなに上手には行かなかったのに、こっちに来てからはほんと、うまくなった気がする。これが魔法の効果と言われたら、微妙~って苦笑したくなるけど。
つづく
早い時間帯のせいか、昨日は時間を取ったリーベンデールの店はまだ開いてなくて素通り。行き交う人や馬車なんかも、少なめに感じる。おかげで、ちょうど受付が始まる時刻に到着となった。
「あっ」
私の顔を見るなり、サウス巡査補はカウンターの向こう側で何かのボタンを押したみたい。さらに、二人ほど並んでいるというのに、「ちょっとお待ちくださいね」と言い置いて、こちら側に出て来た。
「こんなに早くお越しいただいたということは、何かあったんですね」
「はい。あの、いいんですか、並んでる人達が増えてますよ」
「手短に済ませます。昨日のことを上に報告したところ、興味を持った者がおりまして、ぜひ自分が担当したいと言い出しまして、その要するに交代です。受付は彼にお願いします」
巡査補が後ろを振り向く。奥の部屋から、背の高い男性職員?が出て来たところだった。
「サウス巡査補、窓口に戻って。あとは僕が」
やや渋めのイケメンボイスで囁くように言いいながら、彼自身はカウンターをぐるっと回って足早にやって来た。サウス巡査補と立ち位置を文字通り交代する。
「はじめまして。僕の名前はアントン・メロウ。階級は巡査部長です」
手を差し出されたので握手で返す。手の温度は冷たいが、やわらかく包んでくれる気遣いを感じた。小さな丸眼鏡がとぼけた雰囲気を出しているものの、近くで見ると爽やか系の美男子で前髪のふわ、さら、とした様が、それだけでお洒落なイメージを強める。
「紀野宏実と言います。確認ですけど、巡査部長というのは、巡査補よりも当然上の方ですよね。いくつ上なんでしょう?」
「間に巡査長と巡査があるので、三つですね。あ、僕は今度の警部補昇進試験を受ける予定ですが」
何の話までしてるんだ。丸眼鏡の印象通り、おとぼけキャラなのか。
「そちらは付き添いのビッツ・クレインさんですね」
彼はビッツを手で示しつつ言った。ビッツは口をぱくぱくさせ、結局何も言わずにうなずいた。もしやこれは、一目惚れしたのかも。
「退屈でしょうが、お待ちください。それとも、紀野さんがかまわないのであれば、お友達の同席を認めることも可能ですよ」
「ぜひお願いします」
ビッツと声が揃った。
「では、こちらへ」
メロウ巡査部長が笑顔で先頭を切って案内してくれた。昨日と同じ部屋に入るのかと思っていたら、そこのドアの前はスルーして、一番奥の部屋に通された。中は、機能の予備テストの部屋とは違って、太めの望遠鏡みたいな器具が中央やや奥にでんと置かれている。床に固定されているみたい。他にも書物の詰まった棚や、血液検査に使いそうな注射器とシリンダーなんかが目に留まる。
「あ、しっかり確認しない内に来ちゃいましたけど、魔法らしきものが発現したんですよね?」
ドアを閉める動作をストップして、メロウ巡査部長が聞いてきた。
「そのつもりなんですが、魔法かどうかまだ確証がないです」
「いや、絶対あれ魔法だって」
ビッツが横合いから言った。今までに比べたら、急に子供っぽくなった印象を受けるんだけど、巡査部長に一目惚れして興奮しているのかな。
ドアを閉めたメロウ巡査部長は、「とりあえず、お二人ともお座りください」と促してきた。昨日私が記入した書類を取り出して、何やら確かめる風に黙読しつつ、彼も目の前の席に収まる。予備テストのときと同じようにテーブルと椅子があるのだけれど、応接用の低いそれとは違って、事務机である。事務机には、私達の側と巡査部長の側とを区分けするかの如く、真ん中に黄色っぽい線が引かれていた。
先程言及した太い望遠鏡っぽい器具は、その先端が机の表面に向いていた。もしかして、記録のためのカメラ撮影? この世界にもあるのかしらん。クレイン家にテレビはなかったと思うけど。
「早速ですが、やってみせてくれますか、この限られた部屋で行うには支障があるようでしたら、場所を移しますが」
「いえ、問題ないです。あの、クレインさんの家から持って来た物を使っても?」
「ひとまずかまいません。あ、そうだ。クレインさんは、こちら側に来てもらいます」
「え?」
絵に描いたみたいにドギマギしているビッツ。段々、かわいらしく見えてきた。
「驚かないでいいですよ。念のためです。二人揃って一つの魔法とか、そういう事例も皆無ではないので」
「わっかりました」
いそいそと立ち上がり、メロウ巡査部長の隣の席にちょこんと腰掛けるビッツ。緊張しているのが手に取るように分かった。おかげで、こっちの緊張はほぐれた気がする。
落ち着いたところで、メロウ巡査部長は例の望遠鏡型器具に手を伸ばし、いくつかあるつまみの一つを捻った。
何の変化も起きなかったようだけど、「さあ、始めてください」と言われたので、まずはカード一組を取り出した。ちなみに枚数は五十五枚。四種の印の付されたカードが各十三枚で五十二枚と、それにプラスして天・地・水の三枚がある。トランプに酷似しているが、天と地の二枚が合わさって火になるとか、変わった決め事もあるらしい。
話がややこしくならないよう、三枚の特殊カードを取りのけて、五十二枚を使うことを最初に宣言した。
「ごく普通のカードです。調べてください」
「あ、今はいいです。お好きに進めてかまいません」
うーん、マジックの段取りとしては、ここで調べてもらうのが当然なんだけどな。調子が狂う。リズムを取り戻す意味も込めて、私はシャッフルした。
このシャッフルを見て、メロウ巡査部長がどんな反応を示すか注目してたのだけれど、ビッツとはちょっと違った。
「あちらの世界の人は、そのような混ぜ方をするのが普通なんだ? いや、噂には聞いていましたが、こういうのとは」
そっか。これまでにもこっちに飛ばされた人がいて、このカードを扱うとなったら、同じようにシャッフルするだろうなあ。
ともかく、ビッツに見せたのと同じマジックをやってみせる。
カードの束をテーブルに置き、トップのカードをめくって表を見せる。○の1だった。それを一度裏返し、軽く振ってから再度、表に。△の3が現れた。
元いた世界ではこんなに上手には行かなかったのに、こっちに来てからはほんと、うまくなった気がする。これが魔法の効果と言われたら、微妙~って苦笑したくなるけど。
つづく
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