ベッド×ベット

崎田毅駿

文字の大きさ
上 下
19 / 24

降りてきた何か

しおりを挟む
「およ。予想していた以上に早かったね」
 廊下の角を曲がったところで、こちらの姿に気付いたビッツが、長椅子から勢いよく立ち上がった。そのまま近寄ってくる。
「どうだった?」
「っていうかビッツ、あなたはこの予備テストについて知っているんだよね。うまくはぐらかされたなあ」
「だってそれが規則なんだもの。守らなかったら怒られる」
「もしかしてだけど、このウサ耳」
 自分の頭を指差しながら、確かめる。
「万が一にも、魔法の力がもうすでに出ちゃったときに備えた安全装置みたいな物なんじゃあ?」
 着けたままテストを受けたかのだら、魔法を完全に封じる器具ってことはないんだろうけど、何か関係あるはず。
「そうだよ。紀野は勘がいいね。丸一日、魔法の力を減退させる効果があるんだって。異人専用だから、私らにはさっぱりぴんと来ないんだけどさ。きっと手錠と似たような物だと思ってる」
 この世界で警察が使う手錠には、魔法を減じる力があるのか。確かにそういった道具でもなきゃ、逮捕後に拘束するのは物凄く大掛かりなことになりそう。
「一日中取れないっていうのは、効き目がなくなるまで引っ付いてるってことで、効果が切れたあとは、また別の耳を着けなくちゃいけないの?」
「いや、多分大丈夫じゃないかなあ。一日あればどんな魔法が発現したのか、判定が出るはずだから。サウス巡査補に聞きなよ」
 彼女にはとりあえず最後の質問をしてしまったから、聞きにくいのだ。別のことなんだから、聞いたら教えてくれるとは思うんだけど。
 と、その当人がやって来て、切符のような物を渡してくれた。
「これが受付証になります。何かあったら速やかに知らせるか、またはここに足を運んでください。明日の、そうですねお昼までに何もなかったときも、こちらに来てください。怠った場合は、こちらから伺いに行くことになります。破ると軽い罰も充分あり得ますから、くれぐれも忘れないように」
「分かりました。――結局、足を運ぶのは二度になるのか」
 私はビッツを横目でじろっと見てやったが、素知らぬ風に短く口笛を吹いていた。予備テストの間にちょうど魔法が発現する人なんて、滅多にいないんじゃないか。
「帰りは買い物だよ。服を受け取るのも忘れないようにしないとね」
 ビッツは先導する形で、建物を出た。遅れぬよう、こっちも早足で着いていく。

 帰ってから、着替えたり食事をいただいたり家事を手伝ったりと、普通に過ごしていると、時折、波のようなものが身体の内に起きる感覚があった。ほんの一瞬、意識が遠退いてふわっとして、次にずんと沈むような。
 クレイン家の人達に話すと、きっと魔法が発現し掛かってるんだろうと言われた。
「思うまま、感じたままに振る舞うのがいいって聞くよ。何か欲しい物はないかい?」
 まるで親戚のお産に初めて立ち会うかのごとく、おろおろしながらビッツが言った。
「うーん……カードのことが頭に浮かぶ」
「カードってのは、予備テストやギャンブルによく使われるカードのこと?」
 ヤッフはテーブルの表面を念入りに拭きながらも、会話はしっかり聞いている。
「そうです」
 ギャンブルに使うかどうかは知らなかったけれども、予備テストと言うからにはあれのことだろう。
「ビッツ。家にあるのを貸しておやり」
「分かった」
 軽快な足音を立てて食堂を出て行った彼女は、すぐに戻って来た。その手には木製と思われる箱があって、サイズから推測するに例のカードの束が入っているみたい。
「これでいいかい? 警察で見たのとは表も裏もデザインがちょっと違うよ」
 ビッツの言う通り、今日の予備テストで使われたのは、裏面は白一色、表はその白地に黒い線を引いただけという代物だった。対照的に、ビッツの貸してくれた物はとても派手だった。裏は熱帯地方の花や植物をモチーフにしたような赤とオレンジの図案が、放射状に描かれていて、上下の区別は付かない。表の方は数字に変わって、楔のような矢尻のような図形で数を表していた。何故か私でも一見すれば、いくつを表現しているのかすぐに読み取れる。四隅にある印については、陰影を施して立体感を出していた。家庭用、商業用ということで、華美なデザインになっているのだろう。
「ありがとう。これで充分。ちょっとの間だけ、カードを使って試したいことがあるんだけれど……」
「いいよいいよ。ただ、一人になれる部屋ってのがどこかあるかな」
 クレイン家の間取りは、親子三人それぞれの個室に食堂、台所、トイレ、風呂、物置、応接間を兼ねたリビングルームに、ご先祖様をまつるため専用の部屋といった具合。個室を借りるのは無理だし、ご先祖の部屋は恐れ多くてもっと無理。
「皆さんが使わないのであれば、お風呂場を借りたいです」
 ヤッフも聞いていることを意識して、私は頼んでみた。
「日中は使わないから全然問題ないけど、何を試そうって言うんだい?」
「えーと、分かりません。カードを触っていれば、何かできそうな予感が湧いたとしか」

 つづく
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

コイカケ

崎田毅駿
大衆娯楽
いわゆる財閥の一つ、神田部家の娘・静流の婚約者候補を決める、八名参加のトーナメントが開催されることになった。戦いはギャンブル。神田部家はその歴史において、重要な場面では博打で勝利を収めて、大きくなり、発展を遂げてきた背景がある。故に次期当主とも言える静流の結婚相手は、ギャンブルに強くなければならないというのだ。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

アベルとフランク ~ 魔玉を巡る奇譚 ~

崎田毅駿
ファンタジー
科学者のエフ・アベルは、一から人間を造り出そうとしていた。人の手によらぬ異界の物の力を利して。そしてそれは成った。 数年後、街では夜な夜な、女性をターゲットにした猟奇的な殺人が発生し、市民を恐怖させ、警察も解決の糸口を掴めず翻弄されていた。“刻み屋ニック”と呼ばれるようになった殺人鬼を追って、アベルが動き出す。

たまに目覚める王女様

青空一夏
ファンタジー
苦境にたたされるとピンチヒッターなるあたしは‥‥

江戸の検屍ばか

崎田毅駿
歴史・時代
江戸時代半ばに、中国から日本に一冊の法医学書が入って来た。『無冤録述』と訳題の付いたその書物の知識・知見に、奉行所同心の堀馬佐鹿は魅了され、瞬く間に身に付けた。今や江戸で一、二を争う検屍の名手として、その名前から検屍馬鹿と言われるほど。そんな堀馬は人の死が絡む事件をいかにして解き明かしていくのか。

異世界で生き残る方法は?

ブラックベリィ
ファンタジー
第11回ファンタジー大賞が9月30日で終わりました。 投票してくれた方々、ありがとうございました。 200人乗りの飛行機で、俺達は異世界に突入してしまった。 ただし、直前にツアー客が団体様でキャンセルしたんで、乗客乗務員合わせて30名弱の終わらない異世界旅行の始まり………。 いや、これが永遠(天寿を全うするまで?)のサバイバルの始まり? ちょっと暑さにやられて、恋愛モノを書くだけの余裕がないので………でも、何か書きたい。 と、いうコトで、ご都合主義満載の無茶苦茶ファンタジーです。 ところどころ迷走すると思いますが、ご容赦下さい。

観察者たち

崎田毅駿
ライト文芸
 夏休みの半ば、中学一年生の女子・盛川真麻が行方不明となり、やがて遺体となって発見される。程なくして、彼女が直近に電話していた、幼馴染みで同じ学校の同級生男子・保志朝郎もまた行方が分からなくなっていることが判明。一体何が起こったのか?  ――事件からおよそ二年が経過し、探偵の流次郎のもとを一人の男性が訪ねる。盛川真麻の父親だった。彼の依頼は、子供に浴びせられた誹謗中傷をどうにかして晴らして欲しい、というものだった。

処理中です...