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降りてきた何か
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「およ。予想していた以上に早かったね」
廊下の角を曲がったところで、こちらの姿に気付いたビッツが、長椅子から勢いよく立ち上がった。そのまま近寄ってくる。
「どうだった?」
「っていうかビッツ、あなたはこの予備テストについて知っているんだよね。うまくはぐらかされたなあ」
「だってそれが規則なんだもの。守らなかったら怒られる」
「もしかしてだけど、このウサ耳」
自分の頭を指差しながら、確かめる。
「万が一にも、魔法の力がもうすでに出ちゃったときに備えた安全装置みたいな物なんじゃあ?」
着けたままテストを受けたかのだら、魔法を完全に封じる器具ってことはないんだろうけど、何か関係あるはず。
「そうだよ。紀野は勘がいいね。丸一日、魔法の力を減退させる効果があるんだって。異人専用だから、私らにはさっぱりぴんと来ないんだけどさ。きっと手錠と似たような物だと思ってる」
この世界で警察が使う手錠には、魔法を減じる力があるのか。確かにそういった道具でもなきゃ、逮捕後に拘束するのは物凄く大掛かりなことになりそう。
「一日中取れないっていうのは、効き目がなくなるまで引っ付いてるってことで、効果が切れたあとは、また別の耳を着けなくちゃいけないの?」
「いや、多分大丈夫じゃないかなあ。一日あればどんな魔法が発現したのか、判定が出るはずだから。サウス巡査補に聞きなよ」
彼女にはとりあえず最後の質問をしてしまったから、聞きにくいのだ。別のことなんだから、聞いたら教えてくれるとは思うんだけど。
と、その当人がやって来て、切符のような物を渡してくれた。
「これが受付証になります。何かあったら速やかに知らせるか、またはここに足を運んでください。明日の、そうですねお昼までに何もなかったときも、こちらに来てください。怠った場合は、こちらから伺いに行くことになります。破ると軽い罰も充分あり得ますから、くれぐれも忘れないように」
「分かりました。――結局、足を運ぶのは二度になるのか」
私はビッツを横目でじろっと見てやったが、素知らぬ風に短く口笛を吹いていた。予備テストの間にちょうど魔法が発現する人なんて、滅多にいないんじゃないか。
「帰りは買い物だよ。服を受け取るのも忘れないようにしないとね」
ビッツは先導する形で、建物を出た。遅れぬよう、こっちも早足で着いていく。
帰ってから、着替えたり食事をいただいたり家事を手伝ったりと、普通に過ごしていると、時折、波のようなものが身体の内に起きる感覚があった。ほんの一瞬、意識が遠退いてふわっとして、次にずんと沈むような。
クレイン家の人達に話すと、きっと魔法が発現し掛かってるんだろうと言われた。
「思うまま、感じたままに振る舞うのがいいって聞くよ。何か欲しい物はないかい?」
まるで親戚のお産に初めて立ち会うかのごとく、おろおろしながらビッツが言った。
「うーん……カードのことが頭に浮かぶ」
「カードってのは、予備テストやギャンブルによく使われるカードのこと?」
ヤッフはテーブルの表面を念入りに拭きながらも、会話はしっかり聞いている。
「そうです」
ギャンブルに使うかどうかは知らなかったけれども、予備テストと言うからにはあれのことだろう。
「ビッツ。家にあるのを貸しておやり」
「分かった」
軽快な足音を立てて食堂を出て行った彼女は、すぐに戻って来た。その手には木製と思われる箱があって、サイズから推測するに例のカードの束が入っているみたい。
「これでいいかい? 警察で見たのとは表も裏もデザインがちょっと違うよ」
ビッツの言う通り、今日の予備テストで使われたのは、裏面は白一色、表はその白地に黒い線を引いただけという代物だった。対照的に、ビッツの貸してくれた物はとても派手だった。裏は熱帯地方の花や植物をモチーフにしたような赤とオレンジの図案が、放射状に描かれていて、上下の区別は付かない。表の方は数字に変わって、楔のような矢尻のような図形で数を表していた。何故か私でも一見すれば、いくつを表現しているのかすぐに読み取れる。四隅にある印については、陰影を施して立体感を出していた。家庭用、商業用ということで、華美なデザインになっているのだろう。
「ありがとう。これで充分。ちょっとの間だけ、カードを使って試したいことがあるんだけれど……」
「いいよいいよ。ただ、一人になれる部屋ってのがどこかあるかな」
クレイン家の間取りは、親子三人それぞれの個室に食堂、台所、トイレ、風呂、物置、応接間を兼ねたリビングルームに、ご先祖様をまつるため専用の部屋といった具合。個室を借りるのは無理だし、ご先祖の部屋は恐れ多くてもっと無理。
「皆さんが使わないのであれば、お風呂場を借りたいです」
ヤッフも聞いていることを意識して、私は頼んでみた。
「日中は使わないから全然問題ないけど、何を試そうって言うんだい?」
「えーと、分かりません。カードを触っていれば、何かできそうな予感が湧いたとしか」
つづく
廊下の角を曲がったところで、こちらの姿に気付いたビッツが、長椅子から勢いよく立ち上がった。そのまま近寄ってくる。
「どうだった?」
「っていうかビッツ、あなたはこの予備テストについて知っているんだよね。うまくはぐらかされたなあ」
「だってそれが規則なんだもの。守らなかったら怒られる」
「もしかしてだけど、このウサ耳」
自分の頭を指差しながら、確かめる。
「万が一にも、魔法の力がもうすでに出ちゃったときに備えた安全装置みたいな物なんじゃあ?」
着けたままテストを受けたかのだら、魔法を完全に封じる器具ってことはないんだろうけど、何か関係あるはず。
「そうだよ。紀野は勘がいいね。丸一日、魔法の力を減退させる効果があるんだって。異人専用だから、私らにはさっぱりぴんと来ないんだけどさ。きっと手錠と似たような物だと思ってる」
この世界で警察が使う手錠には、魔法を減じる力があるのか。確かにそういった道具でもなきゃ、逮捕後に拘束するのは物凄く大掛かりなことになりそう。
「一日中取れないっていうのは、効き目がなくなるまで引っ付いてるってことで、効果が切れたあとは、また別の耳を着けなくちゃいけないの?」
「いや、多分大丈夫じゃないかなあ。一日あればどんな魔法が発現したのか、判定が出るはずだから。サウス巡査補に聞きなよ」
彼女にはとりあえず最後の質問をしてしまったから、聞きにくいのだ。別のことなんだから、聞いたら教えてくれるとは思うんだけど。
と、その当人がやって来て、切符のような物を渡してくれた。
「これが受付証になります。何かあったら速やかに知らせるか、またはここに足を運んでください。明日の、そうですねお昼までに何もなかったときも、こちらに来てください。怠った場合は、こちらから伺いに行くことになります。破ると軽い罰も充分あり得ますから、くれぐれも忘れないように」
「分かりました。――結局、足を運ぶのは二度になるのか」
私はビッツを横目でじろっと見てやったが、素知らぬ風に短く口笛を吹いていた。予備テストの間にちょうど魔法が発現する人なんて、滅多にいないんじゃないか。
「帰りは買い物だよ。服を受け取るのも忘れないようにしないとね」
ビッツは先導する形で、建物を出た。遅れぬよう、こっちも早足で着いていく。
帰ってから、着替えたり食事をいただいたり家事を手伝ったりと、普通に過ごしていると、時折、波のようなものが身体の内に起きる感覚があった。ほんの一瞬、意識が遠退いてふわっとして、次にずんと沈むような。
クレイン家の人達に話すと、きっと魔法が発現し掛かってるんだろうと言われた。
「思うまま、感じたままに振る舞うのがいいって聞くよ。何か欲しい物はないかい?」
まるで親戚のお産に初めて立ち会うかのごとく、おろおろしながらビッツが言った。
「うーん……カードのことが頭に浮かぶ」
「カードってのは、予備テストやギャンブルによく使われるカードのこと?」
ヤッフはテーブルの表面を念入りに拭きながらも、会話はしっかり聞いている。
「そうです」
ギャンブルに使うかどうかは知らなかったけれども、予備テストと言うからにはあれのことだろう。
「ビッツ。家にあるのを貸しておやり」
「分かった」
軽快な足音を立てて食堂を出て行った彼女は、すぐに戻って来た。その手には木製と思われる箱があって、サイズから推測するに例のカードの束が入っているみたい。
「これでいいかい? 警察で見たのとは表も裏もデザインがちょっと違うよ」
ビッツの言う通り、今日の予備テストで使われたのは、裏面は白一色、表はその白地に黒い線を引いただけという代物だった。対照的に、ビッツの貸してくれた物はとても派手だった。裏は熱帯地方の花や植物をモチーフにしたような赤とオレンジの図案が、放射状に描かれていて、上下の区別は付かない。表の方は数字に変わって、楔のような矢尻のような図形で数を表していた。何故か私でも一見すれば、いくつを表現しているのかすぐに読み取れる。四隅にある印については、陰影を施して立体感を出していた。家庭用、商業用ということで、華美なデザインになっているのだろう。
「ありがとう。これで充分。ちょっとの間だけ、カードを使って試したいことがあるんだけれど……」
「いいよいいよ。ただ、一人になれる部屋ってのがどこかあるかな」
クレイン家の間取りは、親子三人それぞれの個室に食堂、台所、トイレ、風呂、物置、応接間を兼ねたリビングルームに、ご先祖様をまつるため専用の部屋といった具合。個室を借りるのは無理だし、ご先祖の部屋は恐れ多くてもっと無理。
「皆さんが使わないのであれば、お風呂場を借りたいです」
ヤッフも聞いていることを意識して、私は頼んでみた。
「日中は使わないから全然問題ないけど、何を試そうって言うんだい?」
「えーと、分かりません。カードを触っていれば、何かできそうな予感が湧いたとしか」
つづく
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