ベッド×ベット

崎田毅駿

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ベッドから落ちたら

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 宙に浮いた感覚が一瞬あって、あとはいつものようにどすんと落ちた。
 新居に引っ越して以来、ベッドで寝るようになったけれども、一ヶ月以上経ってもまだ慣れない。いや、落ちることに慣れたかな。近頃じゃ「痛てて……」の呟きさえ出さなくなり、ただただ腰をさするのみ。
 とりあえず時刻を確かめよう。目をこすりながら、目覚まし時計のある方向――斜め左、勉強机の上辺りを振り返る。
 が、顔がチクチクするのに気付いて、手を引っ込めた。薄暗がりの中、目を凝らす。手のひらや甲に藁くずみたいな物がまとわりついている。学校帰りに付いた小さなゴミをそのまま部屋まで持ち込んでしまっていた? 落ちた拍子にそのゴミが再び手に付いたと。
 そう納得しようとしたものの、様子が変だ。改めて床をまさぐろうとして、びくりとなる。床がフローリングじゃなくなっている。土と草。地べただ。
 やっとはっきり目が覚めた。汚れた手をはたくのもそこそこに、立ち上がる。薄暗いのは部屋の中だからじゃなくて、夜の野外だから。ベッドがあるはずの右手を振り返るが、そこにはベッドも布団もなかった。
 あるのは、静かに流れる幅の広い川。空に月も星もなく、周囲に外灯の類もないため、しかとは見えないけれども、向こう岸まで五十メートル以上ありそう。
 自分の立っている方を観察すると、河原が際限なく広がっているようだ。川を右にして上流を向く。緩やかなカーブは左に折れており、そこから先は堤防の影になって見えない。堤防は地肌剥き出しだが、自然にできたにしては整っている。人工物なのは間違いない。ただ、それにしては住居が見当たらない。
 階段のない堤防を前屈みになって上り、てっぺんに出てみる。道があったが、これまた舗装されていない。相当な田舎らしい。空の端っこがぼんやりと白み始め、視界が徐々に明るくなった。
 家があった。ぽつんぽつんと散らばっているが、三軒は確認できた。どれもこれも山小屋って風情で、電信柱やアンテナが一切ないのは気になるが、助けを求めるのに贅沢を言ってられない。幸い、三軒はどれも灯りが点っている。
 川とは反対側に駆け下りる。汗ばんでくるのを感じた。日本は三月末で、昨夜パジャマ姿でベッドに潜り込んだときはそこそこ肌寒さを覚えたが、ここは夏が近いのかもしれない。……ここって外国?
 こうなったいきさつはともかく、まず言葉の心配が出て来たけれども、躊躇していても始まらない。迷惑は承知で、一番近い家を目指す。と、足の裏に痛みが走った。土手が終わって草っ原が途切れていた。そこから先は小石の目立つ土が続く。裸足なのを忘れるくらい、足元がふかふかだったのは、草と藁のおかげらしかった。
「我慢して行くしかないか」
 独り言がこぼれた。いつもの声とちょっと違って聞こえる。空気の乾燥にやられたかな。
 そうして地面を注視しながら一歩を踏み出そうとしたとき、いきなり声を掛けられた。
「おまえ、何してるん?」
 呑気な調子で敵意はなさそう。びっくりして早くなった鼓動を、胸に片手を宛てがうことで落ち着かせつつ、笑顔を作った。
 近寄ってくる相手は女性で、頭巾の下は金髪、素朴を絵に描いたような野良着姿だが、こちらを見つめる瞳の虹彩の色は緑できれいだ。――え?
「あの、ここはどこでしょう?」
「トレスソンだけど。ははあ、おまえさん、あっちの世界から来たんだね」
 慣れっこになっているのか、笑い声を立てる女性。言葉遣いのせいで中年と思っていたが、近くでよくよく見ると若い。同世代かも。
「あっちの世界、ですか?」
「そう。この辺に現れるのは日本とかいう国の人が多いけれども、おまえさんも?」
「そ、そうです。日本の高校生で、紀野宏実きのひろみという名前で、朝起きたらこうなってたんですが」
「まあ落ち着いて。私も第一発見者になるのは初めてだし、親に知らせてくるわ。私の名前はビッツ。おまえさん、悪人じゃないよね?」
 その質問に「いえ、悪人です」と答える正直者がいるのかどうか。戸惑いつつも、「真っ当な高校生です」と答えた。
「なら、このまま付いてくる? 足、痛いんだったら履き物持って来るけど」
「付いていきたいです」
 待たされるのは心細さが増すだけ。見捨てられる可能性だってゼロじゃない。そんな気がして、即座に答えた。

 つづく
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