誘拐×殺人

崎田毅駿

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13.返信:探偵の指示

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 一旦電話を切って電子メールで伝えるべき文面を考え、こしらえてからすぐさま送信した。もちろん、写真も忘れずに添えて。
 一連の作業を終えてからも私はしばらく一人でいた。蹴鞠屋からの返事を持ち帰らないと、他の人達に合わせる顔がない気がしたためだ。
 と、五分足らずで返信があった。
 彼からのメールは、箇条書きで以下のようなことが記してあった。


・通報しないのは賢明な判断とは言えない。できれば洋氏を翻意させよ。難しければかまわない。

・密室に関して思うところあり。巻き付いたままのチェーンを解いて、観察。

・考えすぎかもしれないが念のため、吉平氏の部屋や持ち物を詳しく調べること。洋氏が気を悪くする恐れあり、要注意。


 バッテリー残量と相談して、なるべく短い文にしたのだろう。かなり要領よくまとめてあるとは思うものの、そう考えるに至った理由を聞いてみたい箇所もちらほらある。特に三番目の、亡くなった吉平の部屋や持ち物を調べろとは、いったいどういう狙いがあっての指示なのだろうか。吉平の部屋そのものは先ほど、ざっとではあるが見てみたが、警報スイッチの件を除けば、特段、変わった点は見付からなかったが。
 二番目の件は密室トリックについてなんだろう。どこをどう注意せよ云々と細かく書かれていないのは、バッテリーの問題と言うよりも、見れば一目で分かるトリックであるのかもしれない。
 最初の通報するしないは、蹴鞠屋の到着を待つのがよさそうだ。三番目のこととの兼ね合いもある。いくら蹴鞠屋の手足となって探偵業務をこなすとしても、屋敷の主で依頼人でもある洋氏の意思は尊重せねばならない。いざとなったら警察に通報せぬまま、蹴鞠屋が独力で事件の真相解明に臨むことも充分あり得る。依頼する側からすれば、それができてこその探偵という期待があるに違いない。
 とりあえず、着手しやすいのは密室について観察することだな。巻き付いたチェーンを解くのは現場保存の観点から好ましくない気もするが、写真を多めに、かつ様々な角度から撮影しておけばいい。これまでに携わった事件で、同様の措置を執った経験があるが、問題にはならなかった。
 が、何にしても洋氏の許可を得る必要はある。さっき「蹴鞠屋からの指示があれば従う」との言質を取ってはいるが、礼儀というものがある。
 私は大まかな方針を立て、皆への報告に向かった。
 吉平の部屋の前を通ったが、既にそこには誰の姿もない。現場をこうして放置するのは決して望ましい状況ではないが、やむを得まい。今は進行形の事件、誘拐の対処を優先すべきなのだ。
 釘やチェーンを詳しくチェックしたい誘惑に駆られたものの、家の主の承諾を得てからだと首を横に振り、急ぐ。洋氏がいるとすれば、きっと広間だ。固定電話がある。電話で誘拐犯から連絡が入るとしても、洋氏の携帯端末に掛かってくるとは限るまい。そういえば、まさか再び郵便受けに投函するなんてことはないだろうな? 警察の介入がないからといって、そこまで大胆な振る舞いに出る犯罪者はさすがにあり得ない、はずだ。
 広間に入ると、誘拐の件を知る面々が揃っていた。ふと見ると、坂藤の指には白い包帯が巻いてある。案外深い傷だったらしい。手当に使ったと思しき救急箱を持って、脇尾が席を離れようとしている。
「あ、脇尾さん、すみませんがここにいてもらえますか。全員の動きが分かる方がありがたいので」
「……承知いたしました」
 救急箱を戻しに行くだけなのに、という不満が顔に出ていたが、敢えて無視する。というのも、洋氏が早く話を聞きたがっているのがびんびん伝わってきたからだ。
「どうでしたか星名さん。蹴鞠屋探偵は何と?」
 腰を浮かす彼に、「どうか落ち着いて。きちんと話しますから」と座り直してもらった。私自身は立ったまま、全員に向けてしゃべり始める。
「最初にお断りしておくと、やり取りはメールで行いました。と言いますのも、蹴鞠屋の携帯端末のバッテリー残量に不安があるためです。それ故、多少言葉足らずな返答になった部分があるやもしれませんが、私の責任でお伝えします。まず、吉平氏の死亡事件については、やはり通報が望ましいと考えているのですが、無理強いはしません。洋さん、念のためにお伺いしますが――」
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