誘拐×殺人

崎田毅駿

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12.仮説:好機到来だったのか

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「何のボタンかの説明書きは一切ない。なので星名さんの言った通りでいいと思う」
「今日、というか現在ここに滞在している方の中で、センサー及びボタンについて知っているのはどのくらいおられます?」
「さあて……吉平に任せていたからな。口止めしていた訳じゃないし」
 首を捻る洋氏。その斜め後ろから、千ヶ沼が声を上げる。
「あの、ちょっとよろしいですか」
「どうぞ遠慮なく。何でしょう?」
「星名さんは吉平さんをあんな風にした人間が、私達の中にいるとお考えなのですね?」
「ええ、まあ。状況から見て、それが妥当かと。あ、もちろんこれは私の考えであって、蹴鞠屋はもしかすると別の意見を持つかもしれませんが」
 内心、それはないだろうと思いながらも念のため、予防線を張っておく。千ヶ沼は「やっぱり」と呟いてから、「この場に居合わせたという以外に、何か根拠はありますか?」と質問を重ねてきた。
「うーん、そうですね。根拠と呼べるほど立派なもんじゃありませんが……外部の人間を殺人犯だと想定するには、無理があるかなと思ったので。仮に外部犯だとして、現時点でこの家にとどまっているのか脱出済みかはこの際問題にしませんが、少なくとも犯人は家に侵入する必要がある。それが可能でしょうか」
 千ヶ沼に説明すると言うよりも、洋氏に見解を求める口ぶりで言った。
「いや、無理だ。現実的でない。琢馬がさらわれたと分かって以降、ぴりぴりしているのは私だけじゃないはずだ。そんな中に忍び込む奴がいたら、絶対に気が付く」
 屋敷の主は力強く言い切った。千ヶ沼は悩ましげにため息をついた。
「誘拐事件の発生で足止めされるだけでなく、吉平さん殺害の容疑者にもなるんですね……動機がない、ということで容疑の圏外においてはもらえないのかしら」
「自分には判断しかねますが、現状、動機が本当にないことを証明するのは無理でしょう。それに誘拐事件発生という状況下では、思わぬことが殺害の動機になるかもしれない」
 後半はまったくの勘で言ってみた。論理的には説明できないが、誘拐と殺人が立て続けに起こって、完全に無関係とは考えづらい。同一人物が犯人なんてことはまずないにしても、間接的に二つの事件は影響を及ぼすんじゃないかと思う。
 この話に食い付いてきたのは洋氏だ。
「誘拐と関係あるかもしれないと? た、たとえばどんな風に」
 お子さんの身の安全が懸かっているだけあって、必死さが伝わってくる。私は軽々しく勘を声にしたことを後悔した。
「えっと、犯人が同じかどうかは分かりませんよ」
「それでもいい。たとえば、何かあるでしょう?」
「……まだ思い付きの段階ですので、他の人には言わないと約束してください。千ヶ沼さんも」
「分かった」
「承知しました」
 二人から約束を取り付けるその短い間に、私は一つの例を思い付いていた。
「琢馬君が誘拐されたことを聞いた人物が、これはチャンスだと思ったのかもしれません。つまり、今この屋敷で人を殺しても警察への通報はできまい。捜査開始が遅れれば遅れるほど有利になる、といった風に」
「そうか。まさしく、私の今採っている方針が、弟殺害を誘発したかもしれないと」
「あ、いえ、決してあなたを責める意味で言ったのではありません。あくまで、可能性の一つとして……」
 語尾を濁して、私は頭を下げた。こんな調子ではいけない。もっとうまく、オブラートに包んだような話し方ができるようになりたい。

 とにもかくにも蹴鞠屋へ電話だ。
 部屋のチェーンロックの状態についても観察して、伝えようと思ったのだが、あまり現場をいじるのも問題がありそうだ。迷った挙げ句、写真を撮って送るだけに止めるとする。この部屋を破ってすぐに撮った物に、改めて別角度から写した分を追加しておく。
「――君か。もうじき着くと思うが、バッテリー残量が乏しくなりつつあるのに電話を掛けて寄越すとは、何か大きな進展があったのかな?」
 電話に出た蹴鞠屋は物凄い早口でしゃべった。古くさいたとえになるが、録音したテープの早回しみたいだ。それでいて聞き取りやすいのは、私の慣れだろうか。
「実は別個の犯罪が発生した。子供の誘拐と同等に大事おおごとだ」
「殺しか」
「ああ。安生寺洋氏の弟、吉平が亡くなった。それも密室状態の自室でだ。明らかに他殺と分かる方法でやられているのに、何故密室状態にしたのか分からない上に、その密室を破るために工具箱を使おうとしたら――」
「待った。時間が掛かりそうだな。メールにして送ってくれ。君が重要と思う資料があれば添付して」
「あ、そうか」
 これは迂闊だった。一刻も早く蹴鞠屋の指示を仰ぐには、直に電話でやり取りするのが一番だと思い、メールでまとめて知らせることを思い付かないなんて……情けない。
「星名君からのメールを見て、もしそちらに着くまでに何かすべきことを思い付いたら、指示を送るか電話する」
「バッテリーは大丈夫かい?」
「分からない。いざとなったら、近くにいる人に借りてでも伝えるさ」
 言われてみればこれまた当たり前の応急策。電車の遅延に巻き込まれていない私の方が、よほど焦っているな、落ち着かねばと反省した。
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