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11.発見:手掛かり?
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「いえ、大したことではありません。弟さんの手の形が、紐状の凶器で首を絞められたときによくある抵抗のスタイルの一つになっていたので」
恐らく凶器そのものを掴んで、首を絞められないよう必死の抵抗を見せたんだろう。だがそれも空しく、手から力が抜け、絞め殺されてしまった……。
「ともかく、この調子で頼みます。蹴鞠屋探偵がお越しになるまでは、あなたが頼りだ。どうかよろしくお願いします」
私を上に見ているのか下に見ているのか、言葉遣いが安定しない感のある洋氏だが、そんな依頼人からでもこうして認められるのは悪い気分ではない。
この機に乗じて、吉平氏が殺された件を速やかに警察へ届けるべきだと進言したいのだが、残念ながら私には難しいようだ。自分は弁が立つ方ではない。筆の方が若干ましだから、蹴鞠屋の探偵仕事の記録係を買って出ているが、それとて聞き役に徹するからこそこなせているだけのこと。それに殺人まで発生したとなると、改めて蹴鞠屋に知らせ、判断を仰ぐ必要がありそうだ。
と、変に気を回している間に、またしても千ヶ沼が遠慮なく洋氏に言った。
「先ほどとは状況が若干、変わりましたけれども、これでもまだ警察には通報なさらないおつもりですか」
「それは――しょうがあるまい。吉平は死んでしまった。死んだ者はもうそれまでだ。だが、琢馬は生きている。誘拐犯からあの子を取り返すためには、警察を呼ぶ訳にはいかん。かつての過ちを繰り返したくないのだ、私は」
「お気持ちは理解できます。その上で、気を悪くせずに聞いていただきたいんですけれども、やりようがあると思うんです。警察の方にこれこれこういう状況にあると詳細に説明すれば、向こうも分かってくれるんじゃないですか。ちゃんと対応して、それぞれの事件の捜査に当たるものと私は信じます」
「だから千ヶ沼さん。私達の一族はかつて警察を信じたおかげで、後悔することになったんだよっ。分かってくれ」
「すみません……」
大声で言われてしゅんとなる千ヶ沼。肩をすぼめて小さくなっている。気の毒に思えてきた。がんばって弁を尽くしてみることにする。
「あの、私も個人的には通報できないものかと考えてるんですが、ああ、もちろん強要はしません。この家でのことは主である安生寺さんが決めるのが当然です」
一瞬、目を剥いた洋氏を宥めつつ、言葉を取捨選択していく。
「ただ、お願いがあります」
「何ですかな」
「このあとすぐにでも蹴鞠屋にもう一度連絡を取り、新たな事件が起きたと伝えます。きっと彼は何らかの指示を出してくる。それには従って欲しいんです」
「……やむを得まい。連絡をしてきてください」
「あっ、その前に現場である部屋の様子を、もっと見ておきたいのですが。それとできれば写真で記録もしておきたい。情報不足のまま、蹴鞠屋に事の次第を伝えても無駄になってしまいます」
「それもそうだ。では千ヶ沼さんも加えて三人で見て回る。これでよいですかな?」
「かまいません。千ヶ沼さんは?」
「大丈夫です。私も異存はありません」
彼女の表情を見ると、青ざめるというような悪い方への変化は見られず、かといって妙に昂ぶっているなんて気配もない。見掛け以上に肝が据わっているようだ。
その後、主に私が先頭を切って、安生寺吉平の部屋を見て回った。と言っても無闇矢鱈に触ったり、物を動かしたりしないように、あるいは毛髪や唾などを現場に落としてしまう可能性を極力低くするため、短時間で効率的にやる必要があった。具体的には人が隠れ潜む空間がないこと、部屋から消えた物がないことを確かめ、部屋には元はなかったが今はある物の有無についても洋氏に尋ねた(分からない、ざっと見た限りではないとのことだった)。そして肝心要の窓を見てみる段になって、ちょっと意外な事実が判明した。
おや、と呟いた洋氏に私と千ヶ沼が注目すると、洋氏は続けて言った。
「吉平の奴、センサーを切っていたようだ」
「センサーとは、さっき仰っていた窓ガラスを破られたときに反応するという?」
「ええ。この部屋にあるボタン一つで回路を入り切りできるようになっていましてな。子供らが外で柔らかいボールでキャッチボールをするときなんかは、ボールがガラスに当たっただけでもセンサーが反応する可能性があるので、一時的に停止できるようになっている。だが、今日はそんなことをする理由がない」
現在、このお屋敷に子供はいないのだから……とは誰も口にしなかった。もちろん、その点を抜きにしても、防犯上の観点からセンサーは入れておく方がいいに決まっている。
「センサーを切る心当たりはないのですね?」
私が再確認を取ると、洋氏は黙ったまま頷いた。
「もしもセンサーを切ったのが犯人――弟さんを殺めた犯人の仕業だと仮定すると、その人物はこのお宅の構造や設備を把握していることになりそうですが、そう認識してかまいませんか」
「あ、ああ。ボタン自体はご覧の通り、目に付く場所にある」
彼が顎を振りつつ差し示したのは、窓のすぐ横の壁を這うように巡らせてある柱。その肩の高さ辺りに蓋付きの黒いボタンが設置されていた。
恐らく凶器そのものを掴んで、首を絞められないよう必死の抵抗を見せたんだろう。だがそれも空しく、手から力が抜け、絞め殺されてしまった……。
「ともかく、この調子で頼みます。蹴鞠屋探偵がお越しになるまでは、あなたが頼りだ。どうかよろしくお願いします」
私を上に見ているのか下に見ているのか、言葉遣いが安定しない感のある洋氏だが、そんな依頼人からでもこうして認められるのは悪い気分ではない。
この機に乗じて、吉平氏が殺された件を速やかに警察へ届けるべきだと進言したいのだが、残念ながら私には難しいようだ。自分は弁が立つ方ではない。筆の方が若干ましだから、蹴鞠屋の探偵仕事の記録係を買って出ているが、それとて聞き役に徹するからこそこなせているだけのこと。それに殺人まで発生したとなると、改めて蹴鞠屋に知らせ、判断を仰ぐ必要がありそうだ。
と、変に気を回している間に、またしても千ヶ沼が遠慮なく洋氏に言った。
「先ほどとは状況が若干、変わりましたけれども、これでもまだ警察には通報なさらないおつもりですか」
「それは――しょうがあるまい。吉平は死んでしまった。死んだ者はもうそれまでだ。だが、琢馬は生きている。誘拐犯からあの子を取り返すためには、警察を呼ぶ訳にはいかん。かつての過ちを繰り返したくないのだ、私は」
「お気持ちは理解できます。その上で、気を悪くせずに聞いていただきたいんですけれども、やりようがあると思うんです。警察の方にこれこれこういう状況にあると詳細に説明すれば、向こうも分かってくれるんじゃないですか。ちゃんと対応して、それぞれの事件の捜査に当たるものと私は信じます」
「だから千ヶ沼さん。私達の一族はかつて警察を信じたおかげで、後悔することになったんだよっ。分かってくれ」
「すみません……」
大声で言われてしゅんとなる千ヶ沼。肩をすぼめて小さくなっている。気の毒に思えてきた。がんばって弁を尽くしてみることにする。
「あの、私も個人的には通報できないものかと考えてるんですが、ああ、もちろん強要はしません。この家でのことは主である安生寺さんが決めるのが当然です」
一瞬、目を剥いた洋氏を宥めつつ、言葉を取捨選択していく。
「ただ、お願いがあります」
「何ですかな」
「このあとすぐにでも蹴鞠屋にもう一度連絡を取り、新たな事件が起きたと伝えます。きっと彼は何らかの指示を出してくる。それには従って欲しいんです」
「……やむを得まい。連絡をしてきてください」
「あっ、その前に現場である部屋の様子を、もっと見ておきたいのですが。それとできれば写真で記録もしておきたい。情報不足のまま、蹴鞠屋に事の次第を伝えても無駄になってしまいます」
「それもそうだ。では千ヶ沼さんも加えて三人で見て回る。これでよいですかな?」
「かまいません。千ヶ沼さんは?」
「大丈夫です。私も異存はありません」
彼女の表情を見ると、青ざめるというような悪い方への変化は見られず、かといって妙に昂ぶっているなんて気配もない。見掛け以上に肝が据わっているようだ。
その後、主に私が先頭を切って、安生寺吉平の部屋を見て回った。と言っても無闇矢鱈に触ったり、物を動かしたりしないように、あるいは毛髪や唾などを現場に落としてしまう可能性を極力低くするため、短時間で効率的にやる必要があった。具体的には人が隠れ潜む空間がないこと、部屋から消えた物がないことを確かめ、部屋には元はなかったが今はある物の有無についても洋氏に尋ねた(分からない、ざっと見た限りではないとのことだった)。そして肝心要の窓を見てみる段になって、ちょっと意外な事実が判明した。
おや、と呟いた洋氏に私と千ヶ沼が注目すると、洋氏は続けて言った。
「吉平の奴、センサーを切っていたようだ」
「センサーとは、さっき仰っていた窓ガラスを破られたときに反応するという?」
「ええ。この部屋にあるボタン一つで回路を入り切りできるようになっていましてな。子供らが外で柔らかいボールでキャッチボールをするときなんかは、ボールがガラスに当たっただけでもセンサーが反応する可能性があるので、一時的に停止できるようになっている。だが、今日はそんなことをする理由がない」
現在、このお屋敷に子供はいないのだから……とは誰も口にしなかった。もちろん、その点を抜きにしても、防犯上の観点からセンサーは入れておく方がいいに決まっている。
「センサーを切る心当たりはないのですね?」
私が再確認を取ると、洋氏は黙ったまま頷いた。
「もしもセンサーを切ったのが犯人――弟さんを殺めた犯人の仕業だと仮定すると、その人物はこのお宅の構造や設備を把握していることになりそうですが、そう認識してかまいませんか」
「あ、ああ。ボタン自体はご覧の通り、目に付く場所にある」
彼が顎を振りつつ差し示したのは、窓のすぐ横の壁を這うように巡らせてある柱。その肩の高さ辺りに蓋付きの黒いボタンが設置されていた。
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