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10.開放:要警戒の中
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「スパナは残っていましたよ。これで力いっぱい叩けば、チェーンを壊せるかもしれない」
「そうですね」
チェーンと言っても猛獣をつなぐようなごつい鎖ではない。あくまでもドアをつなぎ止めるための物であり、スパナなら行けそうな気がしてきた。
「その叩く役目をお願いできますかな。若いあなたの方がパワーがある」
「分かりました」
腕っ節に自信がない訳ではなかった。蹴鞠屋の探偵業に付き添う内に、身を守る必要性を痛感した私はそれなりに身体を鍛えているし、得物の扱いもそれなりに手練れのつもりだ。ただし、その多くは技に頼っており、パワーとなると多少劣るのだが、ここは失地回復を期して尽力を惜しむまい。
ドアを今一度なるべく引いてもらうと、拳一個分にやや足りない程度の隙間ができた。これならどうにかスパナを力強く振り下ろせそうだ。幾度か素振りをしたあと、今度は隙間にうまくスパナが入るように角度や高さなどを考え、リハーサル。時間を掛けてもいられないので、感覚的によしこれでうまく行く!と思えた瞬間に、本番に移った。
が。
思い切り叩いたつもりだったのに、チェーンは一発では壊せなかった。びぃん、という短く振動するような音がして、弾かれた感触があった。
「すみません、もう一度」
「謝る必要はない。ほら、さっきよりもドアが開くようになった」
洋氏の言う通り、ドアと壁との間にできるスペースは若干横に広がり、室内がより覗けるようになっていた。チェーンがわずかながら緩んだということに違いない。さらに、隙間が広くなったことで、叩きやすくなったとも言える。
私は最前のインパクトの瞬間、手にしびれが来たことを思い出しつつ、その衝撃に次はもう負けないようにとスパナを握り直した。
今度こそ!という思いを込めて、得物を振り下ろす。この場における適切な表現とは言い難いのは承知の上で敢えて記すと、人が人を撲殺するときはこんな具合なのだろうかと想像した。
さっきとは違い、がちゃんという音とともに、ドアが開いた。ずっと引いていた洋氏は、勢い余って転がり、尻餅をつく。
「大丈夫ですか」
「うむ」
腰をさすりさすり、起き上がる洋氏。
「これから洋さんと私の二人で弟さんの様子を見に行きますが、その前に一つだけ。チェーンロックの撮影を」
言いながら私は承諾を得る前に、破られたばかりのチェーンロックとその機構をさっさと写真に収めた。
「行きましょう。何ごとも複数人で行動する方が確実です」
「その通りですな」
私は背後のドアの方にも意識を払いつつ、洋氏と並んで部屋の奥へと進んだ。広い部屋ではあるが、気が急いて大股になっていたためか、数歩で俯せに倒れている人の脇まで達した。
「吉平! 吉平!」
間を開けて二度、兄が呼び掛けた。だが、弟からは生存を示すシグナルは何ら返って来ない。床に横たわり、ぴくりともしない。その一方で、どこにも外傷は見当たらないようである。無論、吉平氏の身体の下に血の染みが広がっているようなこともない。
「弟さんで間違いありませんか」
「ああ、確かだ。横顔が見えたからな」
弟の遺体を目の当たりにして若干取り乱し気味の洋氏。言葉遣いもいくらか粗野になったようだ。
「言い出しにくいのですが、生死の確認と死因の特定をしても?」
「もちろんいいとも。こっちはさっさとやってもらいたいくらいだよ。誘拐のことが、息子のことが頭を離れない」
私は手早くチェックしていった。遺体を大きく動かしたり、べたべた触ったりできないので死因はまだ手掛かり一つ見付けられない。脇の下に小細工をして生きているのに死んだように見せ掛ける有名なトリックがあるが、それもこの吉平氏の遺体には無縁であった。
体温はまだ下がりきっていない。これだけを下に判断するなら、死後一時間といったところだろうか。
診ている内に、ふっと目に留まったものがある。吉平氏の両手の指の曲がり具合である。当初は、襲われた恐怖で床をひっかいたのかと思っていたのだが、どうやら外れのようだ。曲げた角度これでは、指は床に沿わない気がする。いわゆる猫の手のような形に五指を曲げ、そこから指を甲側に反らしている。床をひっかくのであれば、この反らす行為は余計だと思えたのだ。
「もしかして」
私は呟きながら、遺体の身につけているシャツの襟を立ててみた。そこには薄くではあるが縄目のような痕跡が見て取れた。
「洋さん、見てくださいこれ」
「うん? 襟の上にロープ状の模様がある。吉平は絞め殺されたというのか」
「その可能性が高そうです。紐状の凶器が直に首に触れておらず、衣服越しであったため、発見するのが遅れました」
「いや、気にしないでいい。むしろ見直した。さすが蹴鞠屋探偵と行動を共にしてきただけのことはありますな」
続く
「そうですね」
チェーンと言っても猛獣をつなぐようなごつい鎖ではない。あくまでもドアをつなぎ止めるための物であり、スパナなら行けそうな気がしてきた。
「その叩く役目をお願いできますかな。若いあなたの方がパワーがある」
「分かりました」
腕っ節に自信がない訳ではなかった。蹴鞠屋の探偵業に付き添う内に、身を守る必要性を痛感した私はそれなりに身体を鍛えているし、得物の扱いもそれなりに手練れのつもりだ。ただし、その多くは技に頼っており、パワーとなると多少劣るのだが、ここは失地回復を期して尽力を惜しむまい。
ドアを今一度なるべく引いてもらうと、拳一個分にやや足りない程度の隙間ができた。これならどうにかスパナを力強く振り下ろせそうだ。幾度か素振りをしたあと、今度は隙間にうまくスパナが入るように角度や高さなどを考え、リハーサル。時間を掛けてもいられないので、感覚的によしこれでうまく行く!と思えた瞬間に、本番に移った。
が。
思い切り叩いたつもりだったのに、チェーンは一発では壊せなかった。びぃん、という短く振動するような音がして、弾かれた感触があった。
「すみません、もう一度」
「謝る必要はない。ほら、さっきよりもドアが開くようになった」
洋氏の言う通り、ドアと壁との間にできるスペースは若干横に広がり、室内がより覗けるようになっていた。チェーンがわずかながら緩んだということに違いない。さらに、隙間が広くなったことで、叩きやすくなったとも言える。
私は最前のインパクトの瞬間、手にしびれが来たことを思い出しつつ、その衝撃に次はもう負けないようにとスパナを握り直した。
今度こそ!という思いを込めて、得物を振り下ろす。この場における適切な表現とは言い難いのは承知の上で敢えて記すと、人が人を撲殺するときはこんな具合なのだろうかと想像した。
さっきとは違い、がちゃんという音とともに、ドアが開いた。ずっと引いていた洋氏は、勢い余って転がり、尻餅をつく。
「大丈夫ですか」
「うむ」
腰をさすりさすり、起き上がる洋氏。
「これから洋さんと私の二人で弟さんの様子を見に行きますが、その前に一つだけ。チェーンロックの撮影を」
言いながら私は承諾を得る前に、破られたばかりのチェーンロックとその機構をさっさと写真に収めた。
「行きましょう。何ごとも複数人で行動する方が確実です」
「その通りですな」
私は背後のドアの方にも意識を払いつつ、洋氏と並んで部屋の奥へと進んだ。広い部屋ではあるが、気が急いて大股になっていたためか、数歩で俯せに倒れている人の脇まで達した。
「吉平! 吉平!」
間を開けて二度、兄が呼び掛けた。だが、弟からは生存を示すシグナルは何ら返って来ない。床に横たわり、ぴくりともしない。その一方で、どこにも外傷は見当たらないようである。無論、吉平氏の身体の下に血の染みが広がっているようなこともない。
「弟さんで間違いありませんか」
「ああ、確かだ。横顔が見えたからな」
弟の遺体を目の当たりにして若干取り乱し気味の洋氏。言葉遣いもいくらか粗野になったようだ。
「言い出しにくいのですが、生死の確認と死因の特定をしても?」
「もちろんいいとも。こっちはさっさとやってもらいたいくらいだよ。誘拐のことが、息子のことが頭を離れない」
私は手早くチェックしていった。遺体を大きく動かしたり、べたべた触ったりできないので死因はまだ手掛かり一つ見付けられない。脇の下に小細工をして生きているのに死んだように見せ掛ける有名なトリックがあるが、それもこの吉平氏の遺体には無縁であった。
体温はまだ下がりきっていない。これだけを下に判断するなら、死後一時間といったところだろうか。
診ている内に、ふっと目に留まったものがある。吉平氏の両手の指の曲がり具合である。当初は、襲われた恐怖で床をひっかいたのかと思っていたのだが、どうやら外れのようだ。曲げた角度これでは、指は床に沿わない気がする。いわゆる猫の手のような形に五指を曲げ、そこから指を甲側に反らしている。床をひっかくのであれば、この反らす行為は余計だと思えたのだ。
「もしかして」
私は呟きながら、遺体の身につけているシャツの襟を立ててみた。そこには薄くではあるが縄目のような痕跡が見て取れた。
「洋さん、見てくださいこれ」
「うん? 襟の上にロープ状の模様がある。吉平は絞め殺されたというのか」
「その可能性が高そうです。紐状の凶器が直に首に触れておらず、衣服越しであったため、発見するのが遅れました」
「いや、気にしないでいい。むしろ見直した。さすが蹴鞠屋探偵と行動を共にしてきただけのことはありますな」
続く
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