誘拐×殺人

崎田毅駿

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7.停滞:解放と開放への道程

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 私は自分の口調がややきついものになったのを自覚したが、洋氏は気を悪くした様子なしに、詳しく答えてくれた。
「以前、あなたが今思い描いているのと恐らく同じ手順で、ドアチェーンを外されたことがあるのだよ。と言っても泥棒に入られたとかではない。うちの琢馬がいたずら心から、テレビかネットで見知ったテクニックを試したのだ。まさしくこの部屋のドアチェーンに対してだ。弟は寝ていたが、跳ね起きるほど驚いたと聞く。もちろん琢馬は素直に謝り、弟も笑って許していたが、ドアチェーンをこのままにしていては不安だと言い出し、ちょっとした改良を加えた。チェーンはそのままだが、出っ張りのあるヘッドを壁側のスリットに落とし込む方式をやめ、壁に打ち付けた釘にチェーンをぐるぐる巻きにする仕組みにしたんだ。ワンタッチで外せなくなるから火事などの際に危ないかもしれんぞと注意したんだが、吉平の奴、聞く耳を持たなかった」
「仕組みはおおよそ想像できました、ありがとうございます。ただ、隙間から細長い棒を持って釘に届くようなら、チェーンを巻き付けたり解除したりできるかもしれません。それが不可能であることを確かめても?」
「かまわないが、この隙間からでは恐らく見えないぞ。手探りでチェーンをほどくのは棒の先にフックが付いていたとしても、無理なように思える」
 私は了解を得たものと受け取り、胸ポケットに差していたボールペンを抜き取った。ノブはドアの向かって右側に設置されている。ノブを引いてできた隙間からボールペンを差し込み、チェーンの高さに合わせて右側の壁を探ろうとする。
 すぐにこれは無理だと理解した。まず指がほとんど入っていかないので、実質ボールペンの長さ分しか届かない。もっと長い物、たとえば教師やテレビ番組司会者などが使う指し棒なら釘まで届くのだろうが、その釘の位置が視認できず、細かな作業は不可能と言ってよい。
「納得しました。失礼の段、お許しください」
 頭を下げる。洋氏は鷹揚に「問題ありません」と答えてくれた。
「何ごとも確かめようとする態度こそ、探偵助手にとって必要な資質なんでしょう。弟の件もそうだが、琢馬のことを頼みます」
 私の両手は洋氏の両手でしっかり握られ、さらに上下に何度か振られた。蹴鞠屋に寄せる信頼が伝わってくる。一方で、洋氏の言葉からは、弟の吉平が仮に死亡していても警察を呼ぶつもりはない意志が明瞭に感じられた。愛息の無事解放が全てに優先する。
 しかし……一つの懸念が生まれた。蹴鞠屋が来る前に、はっきりさせておいた方がいいだろうか。
「洋さん、蹴鞠屋に依頼をされるからには、意思疎通の必要があります」
「無論そうでしょうとも」
「基本的には依頼者の意向に沿いたいと思います。そこで前もってお伺いしたいのが、誘拐犯をどうしたいのかについてなんです」
「犯人をどうしたいか、だって?」
 そのようなことを聞かれると思ってもいなかったという体である。表情やボディランゲージには出ていないようだが、興奮の微少な兆候が声にのみ現れていた。
「可能であれば、目の前に引きずり出してもらって、この手で罰を与えてやりたい。が、私はこの国の人間だ。法は守る。一般人にも逮捕する権利は認められているはずだから、誘拐犯を捕まえるまでは好きにやらせてもらうとしよう」
 結構無茶を言っているが、敢えて否定はすまい。蹴鞠屋だって私だって、これまで事件の真相究明に当たる途上で、イリーガルな武器を手にして敵を退散させたことが数度ある。
「今の話、折を見て蹴鞠屋に伝えておきます」
「頼みますよ。して、探偵の到着はいつになるのだろうか」
 依頼主は当然の質問をしてきた。私は吉平が密室内で倒れているという予想外の事態を前にして動揺し、蹴鞠屋到着が遅れることを洋氏に伝えるのをすっかり失念していた。
「弟の身に何らかのハプニングが降り懸かってしまい、ざわついているが、誘拐犯がいつ動き出すかしれない。一刻も早く馳せ参じていただきたい」
「それについてなのですが」
 私はごく短時間での判断を迫られ、結局、ここは正直に打ち明けるほかないと理解した。ただし、簡略化して話す。
「蹴鞠屋に連絡を取ろうとしたところ、こちらへ向かう列車内で偶然にも事件が起き、巻き込まれたようなのです」
「何ですと、巻き込まれた? じゃあ、怪我でもなさったと」
 血の気が引いたように表情が白っぽくなる洋氏。よっぽど、蹴鞠屋を当てにしているのだなと伝わってきた。
「いえ。巻き込まれたとは、そのような意味で言ったのではありません。事件解決に手を貸したという意味です。そして彼は見事にあっという間に列車内の事件を解決しました。現在は再びこちらへ移動しています。具体的な時間をお伝えできないのが心苦しいのですが……」
「あー、いや、かまわない」
 蹴鞠屋が身体的に無事だと聞いて安心したのか、顔を両手で拭いつつ、洋氏が言う。
「来てくれればいいんだ。願わくば、誘拐犯が次の動きに出る前にと思っているが」
 そこまで話した洋氏は不意に腕まくりし、左手首の腕時計に視線を落とした。
「遅いな。脇尾さん、何をもたついているんだ」

 続く
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