誘拐×殺人

崎田毅駿

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6.決断:通報か放置か

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 洋氏は改めてドアノブをがちゃがちゃさせた。よく見るとほんの少し、扉は外側に開いているようだ。私の目の動きに気付いたのか、洋氏は補足をしてくれた。
「こういうときはできうる限り、正確を期さねばなるまいな。鍵は今でこそ解錠されているが、来たときは掛かっていた。構造はオートロックで、ドアをぴたりと閉めれば誰がやろうとロックされる。家政婦の脇尾さんに合鍵を持って来てもらって開けたんだが、この通り、中からドアチェーンまで掛かっている。放っておくと扉が閉じて、再び施錠されてしまうのでね、いちいち鍵で解錠するのも面倒だから、こうして――」
 と、洋氏はドアとドア枠の隙間を指し示す。二箇所に紙を噛ませている。
「――古い名刺を折り畳んで挟んだんだ」
「なるほど。それで中に吉平さんはおられるのでしょうか」
「いると思う。思うと言うのは、はっきりせんのだ。星名さん、隙間から覗いてくれるかな」
 洋氏と場所を代わった。その間に家政婦が噛ませてあった紙を迅速に取り除き、ドアを可能な限り開けた。
 私は少し腰をかがめながらドアと枠との間にできた隙間から、室内の様子を窺う。
「――あ。人がうつ伏せに倒れていますね?」
 ドア側に足を向けており、黒い靴下が見える。男性のようだが、顔は見えない。両手は銃を突きつけられて中途半端にホールドアップしたようなポーズになっている。
「一一九番は?」
 腰を伸ばし、元の姿勢に戻しながら尋ねた。当然、通報済みだという答が返ってくるものと思っての質問だったのだが。
「それなんだが」
 洋氏が苦しげに言った。
「実はまだなのだ。あなたを呼んだのは、通報していいものか相談したくてね」
「何ですって? どうして自分なんかに許可を取る必要があるのです?」
 意味が分からない。自然と声が大きくなった。
「許可ではない。相談だ。これまた厳密に言うなら、蹴鞠屋探偵に判断を仰いでもらいたいと思う」
「蹴鞠屋に。聞くことはできると思いますが、どうしてまた」
「今の状況で下手に救急車を呼んだら、警察の捜査員が変装して乗り込んできたと思われる恐れがある。そうは考えられないかね」
 捜査員が変装して……ああ! 分かった。自分の鈍さが情けない。
「誘拐の件があるからですね。分かりました。誘拐犯がこのお宅を見張っているとして、救急車を特別扱いしてくれる保証はどこにもない。このあと蹴鞠屋を招き入れることを考え合わせれば、余計な刺激を与えかねない行為は避けたい、という訳ですね」
 こちらの確認のための問い掛けに、黙って首肯した洋氏。
「しかし、弟さんの身が危ないかもしれませんよ? 命に関わる怪我を負っていて、一刻も早く手当てしなけれならないのかも」
「あれを見て生きていると感じましたか?」
「それは……難しいところですね」
 私は蹴鞠屋のワトソン役として、何度となく殺人現場に立っている。死亡して間もない遺体に遭遇したことも幾度かあるが、死んだ人間はときに独特の存在感を放つものだ。おかしな表現になるが、“そこにもう命は存在しない”という厳然たる事実が醸す存在感。それがドアの隙間を通してでも、室内のあの人体からは感じられる気がする。
「それではせめて、このチェーンを破って、安否確認をしませんか。きっと蹴鞠屋も同じ意見を口にするでしょう。救命の望みをかけて、ここは決断すべきです」
 進言すると、洋氏の答は早かった。
「分かった。では脇尾さん、このチェーンを切断できそうな工具類を持って来てくれ。ああ、選ぶのは面倒だから工具箱を一式まとめて頼む」
「はい、ただいま」
 脇尾という家政婦は、素早くきびすを返すと小走りになって廊下を進み、じきに視界から外れた。
「あの、輪ゴムなどを使えば、ドアチェーンを外からでも外せる場合があると思うので、調べさせていただけませんか。切断しないで済む方が蹴鞠屋や警察にとって都合がよいはずですから」
「それなら残念ながらこのドアチェーンでは不可能なんだ」
 きっぱりと、洋氏。だけど簡単に断言されても、こちらもそれだけではいそうですかとはならない。
「どういう理由で、そう言い切れるのでしょう?」

 続く
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