4 / 13
4.障壁:名探偵の行くところ事件あり
しおりを挟む
遊び盛りの小学生に、外で遊ぶなと言ってそれを守る保証はどこにもない。友達の家からほど近い河原に出掛けて遊んでいた紅緒は、何者かに連れ去られた。
見知らぬ男?から友達へと手渡された手紙によって、身代金目的の誘拐と判明。文面には、警察には知らせるな、知らせたら娘の命はないものと思えというお決まりの文句があったが、太輔はすぐさま警察に通報した。要求された金は用意できるが、それでも警察の力がないと娘は戻ってこないと信じていたのだ。
しかし、犯人は警察の介入にじきに気付き、一度は取引終了を伝えてきた。犯人側も金がほしいはずだと、警察は一旦撤収するふりをしたところ、再び犯人側からの連絡があり、どうにかつなぎ止める。あとから思えば、この段階で警察には本当にお帰りいただくべきであった。
警察の捜査は後手に回り、身代金受け取りに現れた犯人を取り逃がした上に、存在をまたも気付かれた。これが決定打となった。金は奪われ、紅緒は遺体となって発見され、犯人は捕まらないでいるという最悪の結末を迎え、事件は収束してしまった。
以来、安生寺の本家では警察を信用しなくなった。その信条は、大輔が隠居し、安生寺洋に代替わりしてからも一向に揺るがなかった。一歩間違えれば紅緒ではなく自分が誘拐され、命を奪われていたかもしれない洋氏にとって、それは当たり前のことだった。
安生寺家に用意してもらった個室にこもり、これから起きるであろう事件のメモを兼ねて、小文をまとめているところへ、自分の携帯端末が鳴った。
ディスプレイに表示されたのは、蹴鞠屋の名前。こちらに向かっている道中のはず。何か特筆事項が起きない限り、無駄に連絡をよこすキャラクターではないと知っている私は、電話に出るや開口一番、「どうしたっ?」と気負い気味に言った。
「すまない」
返って来たのは唐突な謝罪の言葉。謝ること自体が、蹴鞠屋という男にとって珍しい行為なので、非常に面食らった。どっきり番組でパイをぶつけられると思ったら、ピザだった、ぐらいに意外だ。
「そちらに向かう列車の中でちょっとした事件が起きて、結果的に足止めを食らってしまった」
「何だって? 列車の事件て、痴漢か何かか」
「いや、殺人。毒殺だ」
毒殺だって? 頭の中に疑問符が一気に増殖した。
「訳が分からんのだけど。新幹線とか豪華寝台に乗ってるんじゃないだろ?」
「無論、在来線だ。結果が分かった上でかいつまんで説明するとだね、乗り合わせた車両内で、一人の中年男性がハンバーガーとコーヒーを取り出して、食べ始めた。それに対し、周りにいた乗客の一人、若い男が苦情を言う。二人は言い合いになり、やがて小競り合いに発展。コーヒーを掛けられた若い男が激高して、中年男を殴り倒した」
えらく荒々しい展開だが、毒はどこへ行ったんだろう?
「中年男は床にぶっ倒れて、動かなくなった。最初は遠巻きにしていた他の乗客も、ぴくりともしない中年男性が心配になったのか、一人の中年女性が近付いて声を掛けるも、反応なし。別の比較的若い女性が水を飲ませるか掛けてみたらと、バッグからペットボトルの飲料水を手渡して、中年女性が倒れた男に飲ませる。ようやく呻き声がこぼれ出たが、じきに聞こえなくなる。その間にも電車はホームに滑り込み、駅員へ報せが行く。外へ運び出された男の容態を救急隊員が見るが、中年男はすでに事切れており、口からの臭いで青酸系毒物摂取の可能性が疑われた」
「そこで毒が出てくるのか。と言うことは、ハンバーガーかコーヒーに毒が」
「まあ、待て。実はこの時点で、僕は一人の男を拘束していた。そいつはほぼ隠し撮りのような格好で、起こった出来事を一部始終、収めているのが分かったからね。いわゆる動画職人という人種だ。問い詰めると、当初、『列車内で飲食する人物が周りの乗客の一人と悶着を起こし、殴り倒される』という絵を撮ろうとしていたんだと主張した。全部芝居で、すべて演じきったあと、殴り倒された男がむくりと起き上がって、みんなを驚かせ、笑いを取ろうという趣旨だ、とね」
なるほど、そういう背景があったのなら、これはよくあるパターンの変形かな?
続く
見知らぬ男?から友達へと手渡された手紙によって、身代金目的の誘拐と判明。文面には、警察には知らせるな、知らせたら娘の命はないものと思えというお決まりの文句があったが、太輔はすぐさま警察に通報した。要求された金は用意できるが、それでも警察の力がないと娘は戻ってこないと信じていたのだ。
しかし、犯人は警察の介入にじきに気付き、一度は取引終了を伝えてきた。犯人側も金がほしいはずだと、警察は一旦撤収するふりをしたところ、再び犯人側からの連絡があり、どうにかつなぎ止める。あとから思えば、この段階で警察には本当にお帰りいただくべきであった。
警察の捜査は後手に回り、身代金受け取りに現れた犯人を取り逃がした上に、存在をまたも気付かれた。これが決定打となった。金は奪われ、紅緒は遺体となって発見され、犯人は捕まらないでいるという最悪の結末を迎え、事件は収束してしまった。
以来、安生寺の本家では警察を信用しなくなった。その信条は、大輔が隠居し、安生寺洋に代替わりしてからも一向に揺るがなかった。一歩間違えれば紅緒ではなく自分が誘拐され、命を奪われていたかもしれない洋氏にとって、それは当たり前のことだった。
安生寺家に用意してもらった個室にこもり、これから起きるであろう事件のメモを兼ねて、小文をまとめているところへ、自分の携帯端末が鳴った。
ディスプレイに表示されたのは、蹴鞠屋の名前。こちらに向かっている道中のはず。何か特筆事項が起きない限り、無駄に連絡をよこすキャラクターではないと知っている私は、電話に出るや開口一番、「どうしたっ?」と気負い気味に言った。
「すまない」
返って来たのは唐突な謝罪の言葉。謝ること自体が、蹴鞠屋という男にとって珍しい行為なので、非常に面食らった。どっきり番組でパイをぶつけられると思ったら、ピザだった、ぐらいに意外だ。
「そちらに向かう列車の中でちょっとした事件が起きて、結果的に足止めを食らってしまった」
「何だって? 列車の事件て、痴漢か何かか」
「いや、殺人。毒殺だ」
毒殺だって? 頭の中に疑問符が一気に増殖した。
「訳が分からんのだけど。新幹線とか豪華寝台に乗ってるんじゃないだろ?」
「無論、在来線だ。結果が分かった上でかいつまんで説明するとだね、乗り合わせた車両内で、一人の中年男性がハンバーガーとコーヒーを取り出して、食べ始めた。それに対し、周りにいた乗客の一人、若い男が苦情を言う。二人は言い合いになり、やがて小競り合いに発展。コーヒーを掛けられた若い男が激高して、中年男を殴り倒した」
えらく荒々しい展開だが、毒はどこへ行ったんだろう?
「中年男は床にぶっ倒れて、動かなくなった。最初は遠巻きにしていた他の乗客も、ぴくりともしない中年男性が心配になったのか、一人の中年女性が近付いて声を掛けるも、反応なし。別の比較的若い女性が水を飲ませるか掛けてみたらと、バッグからペットボトルの飲料水を手渡して、中年女性が倒れた男に飲ませる。ようやく呻き声がこぼれ出たが、じきに聞こえなくなる。その間にも電車はホームに滑り込み、駅員へ報せが行く。外へ運び出された男の容態を救急隊員が見るが、中年男はすでに事切れており、口からの臭いで青酸系毒物摂取の可能性が疑われた」
「そこで毒が出てくるのか。と言うことは、ハンバーガーかコーヒーに毒が」
「まあ、待て。実はこの時点で、僕は一人の男を拘束していた。そいつはほぼ隠し撮りのような格好で、起こった出来事を一部始終、収めているのが分かったからね。いわゆる動画職人という人種だ。問い詰めると、当初、『列車内で飲食する人物が周りの乗客の一人と悶着を起こし、殴り倒される』という絵を撮ろうとしていたんだと主張した。全部芝居で、すべて演じきったあと、殴り倒された男がむくりと起き上がって、みんなを驚かせ、笑いを取ろうという趣旨だ、とね」
なるほど、そういう背景があったのなら、これはよくあるパターンの変形かな?
続く
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/mystery.png?id=41ccf9169edbe4e853c8)
劇場型彼女
崎田毅駿
ミステリー
僕の名前は島田浩一。自分で認めるほどの草食男子なんだけど、高校一年のとき、クラスで一、二を争う美人の杉原さんと、ひょんなことをきっかけに、期限を設けて付き合う成り行きになった。それから三年。大学一年になった今でも、彼女との関係は続いている。
杉原さんは何かの役になりきるのが好きらしく、のめり込むあまり“役柄が憑依”したような状態になることが時々あった。
つまり、今も彼女が僕と付き合い続けているのは、“憑依”のせいかもしれない?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/mystery.png?id=41ccf9169edbe4e853c8)
籠の鳥はそれでも鳴き続ける
崎田毅駿
ミステリー
あまり流行っているとは言えない、熱心でもない探偵・相原克のもとを、珍しく依頼人が訪れた。きっちりした身なりのその男は長辺と名乗り、芸能事務所でタレントのマネージャーをやっているという。依頼内容は、お抱えタレントの一人でアイドル・杠葉達也の警護。「芸能の仕事から身を退かねば命の保証はしない」との脅迫文が繰り返し送り付けられ、念のための措置らしい。引き受けた相原は比較的楽な仕事だと思っていたが、そんな彼を嘲笑うかのように杠葉の身辺に危機が迫る。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/mystery.png?id=41ccf9169edbe4e853c8)
せどり探偵の事件
崎田毅駿
ミステリー
せどりを生業としている瀬島は時折、顧客からのリクエストに応じて書籍を探すことがある。この度の注文は、無名のアマチュア作家が書いた自費出版の小説で、十万円出すという。ネットで調べてもその作者についても出版物についても情報が出て来ない。希少性は確かにあるようだが、それにしてもまったく無名の作家の小説に十万円とは、一体どんな背景があるのやら。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/mystery.png?id=41ccf9169edbe4e853c8)
ミガワレル
崎田毅駿
ミステリー
松坂進は父の要請を受け入れ、大学受験に失敗した双子の弟・正のために、代わりに受験することを約束する。このことは母・美沙子も知らない、三人だけの秘密であった。
受験当日の午後、美沙子は思い掛けない知らせに愕然となった。試験を終えた帰り道、正が車にはねられて亡くなったという。
後日、松坂は会社に警察の訪問を受ける。一体、何の用件で……不安に駆られる松坂が聞かされたのは、予想外の出来事だった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/mystery.png?id=41ccf9169edbe4e853c8)
それでもミステリと言うナガレ
崎田毅駿
ミステリー
流連也《ながれれんや》は子供の頃に憧れた名探偵を目指し、開業する。だが、たいした実績も知名度もなく、警察に伝がある訳でもない彼の所に依頼はゼロ。二ヶ月ほどしてようやく届いた依頼は家出人捜し。実際には徘徊老人を見付けることだった。憧れ、脳裏に描いた名探偵像とはだいぶ違うけれども、流は真摯に当たり、依頼を解決。それと同時に、あることを知って、ますます名探偵への憧憬を強くする。
他人からすればミステリではないこともあるかもしれない。けれども、“僕”流にとってはそれでもミステリなんだ――本作は、そんなお話の集まり。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
江戸の検屍ばか
崎田毅駿
歴史・時代
江戸時代半ばに、中国から日本に一冊の法医学書が入って来た。『無冤録述』と訳題の付いたその書物の知識・知見に、奉行所同心の堀馬佐鹿は魅了され、瞬く間に身に付けた。今や江戸で一、二を争う検屍の名手として、その名前から検屍馬鹿と言われるほど。そんな堀馬は人の死が絡む事件をいかにして解き明かしていくのか。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる