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4.障壁:名探偵の行くところ事件あり
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遊び盛りの小学生に、外で遊ぶなと言ってそれを守る保証はどこにもない。友達の家からほど近い河原に出掛けて遊んでいた紅緒は、何者かに連れ去られた。
見知らぬ男?から友達へと手渡された手紙によって、身代金目的の誘拐と判明。文面には、警察には知らせるな、知らせたら娘の命はないものと思えというお決まりの文句があったが、太輔はすぐさま警察に通報した。要求された金は用意できるが、それでも警察の力がないと娘は戻ってこないと信じていたのだ。
しかし、犯人は警察の介入にじきに気付き、一度は取引終了を伝えてきた。犯人側も金がほしいはずだと、警察は一旦撤収するふりをしたところ、再び犯人側からの連絡があり、どうにかつなぎ止める。あとから思えば、この段階で警察には本当にお帰りいただくべきであった。
警察の捜査は後手に回り、身代金受け取りに現れた犯人を取り逃がした上に、存在をまたも気付かれた。これが決定打となった。金は奪われ、紅緒は遺体となって発見され、犯人は捕まらないでいるという最悪の結末を迎え、事件は収束してしまった。
以来、安生寺の本家では警察を信用しなくなった。その信条は、大輔が隠居し、安生寺洋に代替わりしてからも一向に揺るがなかった。一歩間違えれば紅緒ではなく自分が誘拐され、命を奪われていたかもしれない洋氏にとって、それは当たり前のことだった。
安生寺家に用意してもらった個室にこもり、これから起きるであろう事件のメモを兼ねて、小文をまとめているところへ、自分の携帯端末が鳴った。
ディスプレイに表示されたのは、蹴鞠屋の名前。こちらに向かっている道中のはず。何か特筆事項が起きない限り、無駄に連絡をよこすキャラクターではないと知っている私は、電話に出るや開口一番、「どうしたっ?」と気負い気味に言った。
「すまない」
返って来たのは唐突な謝罪の言葉。謝ること自体が、蹴鞠屋という男にとって珍しい行為なので、非常に面食らった。どっきり番組でパイをぶつけられると思ったら、ピザだった、ぐらいに意外だ。
「そちらに向かう列車の中でちょっとした事件が起きて、結果的に足止めを食らってしまった」
「何だって? 列車の事件て、痴漢か何かか」
「いや、殺人。毒殺だ」
毒殺だって? 頭の中に疑問符が一気に増殖した。
「訳が分からんのだけど。新幹線とか豪華寝台に乗ってるんじゃないだろ?」
「無論、在来線だ。結果が分かった上でかいつまんで説明するとだね、乗り合わせた車両内で、一人の中年男性がハンバーガーとコーヒーを取り出して、食べ始めた。それに対し、周りにいた乗客の一人、若い男が苦情を言う。二人は言い合いになり、やがて小競り合いに発展。コーヒーを掛けられた若い男が激高して、中年男を殴り倒した」
えらく荒々しい展開だが、毒はどこへ行ったんだろう?
「中年男は床にぶっ倒れて、動かなくなった。最初は遠巻きにしていた他の乗客も、ぴくりともしない中年男性が心配になったのか、一人の中年女性が近付いて声を掛けるも、反応なし。別の比較的若い女性が水を飲ませるか掛けてみたらと、バッグからペットボトルの飲料水を手渡して、中年女性が倒れた男に飲ませる。ようやく呻き声がこぼれ出たが、じきに聞こえなくなる。その間にも電車はホームに滑り込み、駅員へ報せが行く。外へ運び出された男の容態を救急隊員が見るが、中年男はすでに事切れており、口からの臭いで青酸系毒物摂取の可能性が疑われた」
「そこで毒が出てくるのか。と言うことは、ハンバーガーかコーヒーに毒が」
「まあ、待て。実はこの時点で、僕は一人の男を拘束していた。そいつはほぼ隠し撮りのような格好で、起こった出来事を一部始終、収めているのが分かったからね。いわゆる動画職人という人種だ。問い詰めると、当初、『列車内で飲食する人物が周りの乗客の一人と悶着を起こし、殴り倒される』という絵を撮ろうとしていたんだと主張した。全部芝居で、すべて演じきったあと、殴り倒された男がむくりと起き上がって、みんなを驚かせ、笑いを取ろうという趣旨だ、とね」
なるほど、そういう背景があったのなら、これはよくあるパターンの変形かな?
続く
見知らぬ男?から友達へと手渡された手紙によって、身代金目的の誘拐と判明。文面には、警察には知らせるな、知らせたら娘の命はないものと思えというお決まりの文句があったが、太輔はすぐさま警察に通報した。要求された金は用意できるが、それでも警察の力がないと娘は戻ってこないと信じていたのだ。
しかし、犯人は警察の介入にじきに気付き、一度は取引終了を伝えてきた。犯人側も金がほしいはずだと、警察は一旦撤収するふりをしたところ、再び犯人側からの連絡があり、どうにかつなぎ止める。あとから思えば、この段階で警察には本当にお帰りいただくべきであった。
警察の捜査は後手に回り、身代金受け取りに現れた犯人を取り逃がした上に、存在をまたも気付かれた。これが決定打となった。金は奪われ、紅緒は遺体となって発見され、犯人は捕まらないでいるという最悪の結末を迎え、事件は収束してしまった。
以来、安生寺の本家では警察を信用しなくなった。その信条は、大輔が隠居し、安生寺洋に代替わりしてからも一向に揺るがなかった。一歩間違えれば紅緒ではなく自分が誘拐され、命を奪われていたかもしれない洋氏にとって、それは当たり前のことだった。
安生寺家に用意してもらった個室にこもり、これから起きるであろう事件のメモを兼ねて、小文をまとめているところへ、自分の携帯端末が鳴った。
ディスプレイに表示されたのは、蹴鞠屋の名前。こちらに向かっている道中のはず。何か特筆事項が起きない限り、無駄に連絡をよこすキャラクターではないと知っている私は、電話に出るや開口一番、「どうしたっ?」と気負い気味に言った。
「すまない」
返って来たのは唐突な謝罪の言葉。謝ること自体が、蹴鞠屋という男にとって珍しい行為なので、非常に面食らった。どっきり番組でパイをぶつけられると思ったら、ピザだった、ぐらいに意外だ。
「そちらに向かう列車の中でちょっとした事件が起きて、結果的に足止めを食らってしまった」
「何だって? 列車の事件て、痴漢か何かか」
「いや、殺人。毒殺だ」
毒殺だって? 頭の中に疑問符が一気に増殖した。
「訳が分からんのだけど。新幹線とか豪華寝台に乗ってるんじゃないだろ?」
「無論、在来線だ。結果が分かった上でかいつまんで説明するとだね、乗り合わせた車両内で、一人の中年男性がハンバーガーとコーヒーを取り出して、食べ始めた。それに対し、周りにいた乗客の一人、若い男が苦情を言う。二人は言い合いになり、やがて小競り合いに発展。コーヒーを掛けられた若い男が激高して、中年男を殴り倒した」
えらく荒々しい展開だが、毒はどこへ行ったんだろう?
「中年男は床にぶっ倒れて、動かなくなった。最初は遠巻きにしていた他の乗客も、ぴくりともしない中年男性が心配になったのか、一人の中年女性が近付いて声を掛けるも、反応なし。別の比較的若い女性が水を飲ませるか掛けてみたらと、バッグからペットボトルの飲料水を手渡して、中年女性が倒れた男に飲ませる。ようやく呻き声がこぼれ出たが、じきに聞こえなくなる。その間にも電車はホームに滑り込み、駅員へ報せが行く。外へ運び出された男の容態を救急隊員が見るが、中年男はすでに事切れており、口からの臭いで青酸系毒物摂取の可能性が疑われた」
「そこで毒が出てくるのか。と言うことは、ハンバーガーかコーヒーに毒が」
「まあ、待て。実はこの時点で、僕は一人の男を拘束していた。そいつはほぼ隠し撮りのような格好で、起こった出来事を一部始終、収めているのが分かったからね。いわゆる動画職人という人種だ。問い詰めると、当初、『列車内で飲食する人物が周りの乗客の一人と悶着を起こし、殴り倒される』という絵を撮ろうとしていたんだと主張した。全部芝居で、すべて演じきったあと、殴り倒された男がむくりと起き上がって、みんなを驚かせ、笑いを取ろうという趣旨だ、とね」
なるほど、そういう背景があったのなら、これはよくあるパターンの変形かな?
続く
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