誘拐×殺人

崎田毅駿

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2.宣言:クローズドサークルは突然に

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 邸宅内にいた者全員が集められ、広間のテーブルに着いた。いや、着いたと言うのは正確ではない。落ち着かない様子で貧乏揺すりをしたり、すぐに席を離れて歩き回ったりしている。突然の招集に、誰もが大なり小なり不満と不安を抱いたようだ。
 その場に現れた安生寺洋は問われるより先に、何が起きたのかを公言。これにざわつく皆を一喝して鎮めると、次いで警察への通報はしないと言い切った。
「な、何を考えているのです? 警察に報せないだなんて」
 洋の弟、吉平きっぺいは声が震え、あからさまに狼狽えている。
「決まっている。我が息子の身の安全だ」
「しかし、犯人の要求を丸呑みというのは、いただけないんじゃないかと。警察の力に頼った方がいいんじゃないかと」
 語尾のはっきりしない吉平の物言いに、洋は苛立ちを覗かせるもすぐに引っ込める。
「ならばおまえは責任を取れるというのか。警察任せにした結果、だめになったときの責任を」
「そ、そんなこと言われても」
 眉を八の字にして弱り顔をする吉平。反応があまりにステレオタイプで、下手な芝居のように見えなくもない。
 そんな彼に代わって、星名寛吾かんごが口を開く。二人の間にやんわりと割って入り、吉平に対してはここは任せてという風に手振りで示した。それから安生寺洋と対峙する。
「安生寺さん、今の台詞はあんまりですよ」
「何?」
 目を剥く安生寺に、星名は抑えてという仕種をしながら応じる。
「弟さんだって困ってらっしゃる。逆に問いたいでしょうにね。『だったら、警察に頼まなかったことが原因で、子供が無事に戻らなかったら、責任を取るつもりなのか』と」
「う……」
 安生寺洋は次の言葉が出ず、弟と目を見合わせる格好になった。
「すまん、吉平。言い過ぎた。気が立ってしまっていたようだ」
「い、いや、いいんだ。気持ちはとても分かる」
 兄弟の和解が素早くなされたところで、改めて星名が言った。
「他人の家のことに口出しするのはどうかとも思いましたが、それなりに深い付き合いをしてきたつもりですので言わせてもらいます。安生寺さん――名字だと紛らわしいですね――洋さんが誘拐の事実を僕らに伝えたということは、僕らを巻き込むつもりでいると見ていいんでしょうね」
「ああ、その通りだよ。理由なしにパーティを中止にして、君らを帰らせたら、何かと噂になるだろう。そうなったら、誘拐犯を刺激する恐れがなきにしもあらずだと思ったのだ」
 断固とした口ぶりで考えを述べる安生寺洋。星名は軽く首を傾げ、
「それなら仮病で、洋さん自身かお子さんのどちらかが急病になったことにでもしておけば」
 と、今さらながらの提案をした。対する洋は、間髪入れずに否定した。
「それも考えたが、同じことだ。嘘の理由でパーティを取り止めれば、君らとその周辺からあることないこと、噂が立つだろう。それは避けたかった。だから打ち明けた。聞いたからには、みんなには悪いが、最後まで付き合ってもらう」
「最後までって、いつまで?」
 千ヶ沼令子れいこが左手首を返して腕時計を見つつ、聞いた。
「お子さんが無事に戻って来るまでですか。それとも犯人が逮捕されて事件が解決するまで?」
「ことが決着するまでだと言いたいが、君達の口の堅さを信用して、当初の予定の時間が過ぎたら、出て行ってもいいことにする」
「つまり、あさっての午前中までは、少なくともこの屋敷にいてくれと仰るのですね」
「ああ、頼む。そしてここを出たあとも、当分の間、誘拐の件に関しては一切口外しないでもらいたい」
「もし破ったらどうなります?」
「……脅すようなことは言いたくない。今の私は、君達の心に訴えているのだ」
 仕事上のつながりでこの度安生寺邸を訪ねている者にとって、安生寺の会社との契約は大きい。そして力関係から言えば、圧倒的に弱い立場にある。
「分かりました。私は受け入れます」
 千ヶ沼は小さくお手上げのポーズをしたかと思うと、「この緊急事態に失礼をしました。あとはお任せします」と引き下がった。
「他に、異論のある者は?」
 安生寺洋が見得を切るように、この場の者達を睥睨する。
 ――寂として声なし。元々の予定とさして変わらない期間で帰れるのであればと、皆、納得したようだった。
「皆さん、ありがとう。心から感謝します」
 頭を深々と下げる安生寺洋。いつもの柔らかな物腰に近い口ぶりだった。
「警察に届けないことにしたのはまあしょうがない。あなたの判断だから。しかし、代わりに打つ手があるのかどうか」
 坂藤善一ぜんいちが、心配げに言った。汗をかいたようには見えないが、ハンカチを取り出してしきりに額の辺りを拭っている。
「あるにはある」
 意外にも、洋は即答かつ断言した。他の者達がそれは何だ?とばかりに注目する中、当の洋は視線を星名へと向けた。
「星名さん。あなたのお知り合いの彼には、かつて一度お世話になったが、たいした活躍ぶりだった。彼を呼んでもらえないだろうか」
「彼とは、もしかして蹴鞠屋けまりやのことですか」
 星名もまた即答で返した。実のところ、星名には蹴鞠屋の名が挙がることをほぼ予想できていた。

 続く
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