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16.岸本君の願い

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 すると部屋は全体が薄暗くなり、床が抜けて宙に浮いている感覚に囚われた。
「すごっ……まじで本当の話だったんだ」
 坂口や吾妻が先に体験しているとはいえ、夢のお告げをまだ信じ切ってはいなかった。それだけに、この非日常的な現象を味わっただけでもすでに興奮した。
 でも、のんびりと感激と興奮に浸っている場合ではない。岸本は暗い空間に向けて呼び掛けた。
「おーい! ミカマサさん? 願いを早く叶えたい!」
 反応は即座にあった。一年と数ヶ月前に聞いたのと同じ声で言う。
「早くしろというのなら、急ぐとしようぞ。岸本君だったな。願い事は何だ?」
「えーっと、吾妻静香さんとその家族を助けるために必要な能力を、僕にください。ずっと、どんな場合にでも使える力」
「なるほどなるほど。そう来たかい。どんな力がいるのかいちいち考えていたら間に合わなくなる、だからわしにすべてを預けると」
「ええ。制約には引っ掛かっていない。無理じゃないはずだ」
 向こうとされてなる物かと、ほとんどにらみつけるような目でミカマサを凝視する。
「分かった。その願い、叶えて進ぜよう。面白い発想をした褒美に、吾妻さんのいる時空までひとっ飛びにしてやる。そのつもりで心構えをせよ」
「え、い、今すぐに?」
「その通り。急かしたのはおまえさんだぞ。戻って来られるのは今から十二時間後の世界だから、そのつもりで。ああ、現地ではおまえさんは岸本ではなく、東沢幹彦として振る舞うことになる」
「だ、誰なんですか、その人」
「吾妻さんのおばあちゃんの同級生だ。ついでに吾妻さんは同じく同級生、沖田史香という子になっておる。では、くれぐれも気を付けてな。無事の帰還を願っておいてやるぞ」
 思っていたよりも乱暴だなー、でも我慢だ。
 よく分からぬまま、身体に力を入れて身構えた岸本は、次の瞬間、足下にぽっかり穴が空くのを感じた。
(う、わ)
 声も出せずに落下する感触に包まれた。

 何十年か前の世界に、そのままどすんと尻餅でもつくのかと、次の衝撃を予想して身構えていた岸本だったが、そのようなことにはならなかった。はっと気が付いたときには自分は詰め襟の学生服を着て、ほうきを持って階段のステップを掃いていた。すぐ目の前が踊り場で、その先にある窓からはオレンジ色の光が差し込んできている。夕方らしい。
(……もしかしてやばい?)
 中学生の告白と言ったら放課後の学校が定番。そのイメージが浮かんだ。
(あの神様、まさに吾妻さんのおばあちゃんが告白される時間に僕を送り込んだのか? もう少し余裕が欲しかった!)
 ほうきを手にしたまま、うろうろきょろきょろして他の人を探す。踊り場まで上がると、上の階段で同じようにほうきを使っている男子生徒がいた。同じクラスの本日の掃除係だと思われるが、当然、名前が分からない。
「おーい、そこの君」
「……俺のこと?」
 その男子生徒は振り返り、びっくり眼で見返してきた。
「東沢、どうした。階段から転げ落ちて頭でも打ったか」
 どうやら彼は、岸本が今入り込んでいる生徒、東沢と親しいクラスメートで、東沢のしゃべりに違和感を持ったらしい。
「こ、これはお芝居の練習だ、ぜ。今度、町内会主催の劇に出るのだ。だから気にするな」
「あ、ああ」
「それよりも教えてくれ。吾妻、じゃないや、えっとー沖田さんはどこにいるか分かる?」
「沖田、さん? やっぱり変だぞ。おまえ、沖田さんのこと俺らの前では下の名前で呼び捨てにしてたくせに」
「罰ゲームさせられてるんだ。あいつと、いや、沖田さんとなぞなぞで勝負して負けた。丸一日、呼び捨て禁止なんだよ。いいから早く教えてくれ、頼む」
 我ながらよくこんな口から出任せの理由付けがすらすらと出て来るものだと、感心する。
「沖田さんなら確か、榊原さんと一緒に下りていったのを見た。柏葉の奴が呼び出していたみたいだから、中庭の東側だろうな、多分」
「中庭の東だな。ありがとう」
「――やっぱ気味悪ぃぞ、東沢」
 こういうときにありがとうなんて言わないキャラなのか、東沢っていうのは。気になったが、最早相手をしている暇はない。今度は「サンキュ」と言い置き、一階に向けて階段を駆け下りる。
「お、おい、掃除当番は?」
 先ほどの男子生徒の声が響いた。


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