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8.恋と友情その二

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             *           *

「それがおばあちゃんの後悔?」
 案外、短い時間で終わったんじゃない?と思いながら、確認のために聞いた。
「そう。一つ目の後悔よ」
「一つ目? じゃあ、後悔っていくつもあるの? 最初の口ぶりだと、一つだけという風に聞こえたけれども」
「大きく見れば一つになるかしら。柏葉君とのことという括りで」
「そういう意味かぁ」
「なかなか私の言う後悔が出て来なくて、退屈?」
「そんなことない。普通にどきどきして聞いてる。できたら椅子の上から落ちてキャッチされたとき、どんな雰囲気になったのかをもっと詳しく聞きたいくらいだわ」
「あのときは、すぐに先生が現れたから、その場では特に何もなかったわね。でも、思い出す度に顔が赤くなるのを意識したものよ」
「相手の男の人がどんな気持ちだったのかは、分からないのね」
「それが後日、といっても一年前後経ってからだったと思うけれども、話す機会があったわ。確か……『受け止めたとき、スカートの中に手が入りそうで焦った』とか」
「へえ~、そんな姿勢になってたんだ?」
 おばあちゃんの子供の頃を想像するのは割と簡単だけれども、今聞いたようなきわどい格好はちょっと描きにくい。
「スカートといっても丈は長かったから、間違ってもめくれるようなことはないはずないんだけれど、柏葉君も私のことを気になっていたそうだから、過敏になっていたのね」
「ふうん。……あれ? 柏葉って人もおばあちゃんのことを気になっていたって、つまり、好きだってこと?」
「ふふふ、そうよ。あとで聞いた話だけれども」
 幸せそうに微笑むおばあちゃん。私の方は少し混乱していた。
「おっかしいなあ。おばあちゃんも柏葉さんが好きなら、何にも問題ないじゃないの。ほんとに後悔するような話になる?」
「ふふ。恋の道はままならぬものなのね」

             *           *

 結局、富岡さんはすぐさま柏葉君に告白するようなことはなかった。するつもりだったけれども最後の踏ん切りがつかなかったようね。
 それからは恋愛どうこうとは関係なしに、私自身に大きな変化があった。前に、芸能のお仕事をするようになったきっかけは撮影現場を見学させてもらったことだって話をしたでしょ。あれって、柏葉君のお母様がそういう広告宣伝の仕事をなさっていたからなの。
小学校から割と近い距離の川縁でロケがあるから見学に来ないかって、柏葉君が誘ってくれたわけ。私だけじゃなく、クラスのみんなにね。
 当時、お母様は独り身で柏葉君を懸命に育てていて、でも仕事の場では一切そういう雰囲気を感じさせない。とても格好よく見えたわ。憧れるくらいに。そんな人からモデルをしてみないと言われた私は、気恥ずかしさよりも嬉しさが上回って、挑戦してみる気になったののよ。
 その後、モデルやコマーシャルの仕事をしたけれども、ほんとに仲のいい友達以外には話さなかった。だからさして有名にはならなかった。でも自信は付いたわね。
 仕事は柏葉君のお母様を通じて来ていたから、自然と柏葉君の家のあるマンションに行くようになった。もちろん、仕事の話をする場に柏葉君はいないんだけれども、何度か行く内にちょっとずつ彼の私生活が見えてくるの。特に印象に残ったのは、ピアノを習っていること。マンションの部屋だからピアノが置いてあるわけじゃなくて、教則本があるのを私が見付けて、聞いてみたの。そうしたら個別指導を受けているって。学校ではまったくそんなそぶりを見せていなかったから、びっくりした。柏葉君の弾くピアノをいつか聴いてみたいとリクエストしたのだけれども、そのときははぐらかされたわ。少しあと、中学に入ってから、学校のピアノを使って弾いてくれた。とっても元気づけられる弾き方だったのを覚えている。

 ああ、話が逸れちゃったわね。このままだとずっと柏葉君のいいところを話し続けることになりそうだから、切り替えないと。そうね、中学に入ってからの話にしましょう。
 恋バナ的には大きな進展のないまま小学校を卒業して、中学に入ると、柏葉君の人気が目に見えて上がり出した。よその小学校だった子達が彼の魅力を見逃すはずなかったってところかしら。
 当然、富岡さんや沖田さんは焦る。私も密かにね。小学生のとき一年間一緒だっただけの現状を、ちょっとでもいい方向に変えようという気持ちになって、三人で話してたら、東沢幹彦ひがしざわみきひこ君という男子に立ち聞きされてね。そこから話が動き出すの。
 東沢君は校区の違いで小学校は別々だったけれども、沖田さんとは家が近くて顔馴染みだった。そのことも理由なのか、彼の方から持ち掛けてきたのよ、グループデートをしないかって。
 そもそも東沢君は軽い感じはするけれども二枚目で、話が面白くて女子にもてていたの。そんな東沢君にとって柏葉君は手強いライバルの一人。こいつのことをよく知ろう、あわよくば弱点を見付けてやろうと近付いたのが、いつの間にか親友になっていたって。
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