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1.おかしな夢
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中学生になったその日の朝、おかしな夢を見て目が覚めた。
ありがちなことに、夢の中身は起きてしばらくするとほとんど忘れちゃった。覚えているのは夢を見たという事実と、
<十二年間いい子にしてきた褒美に一つだけ、何でも願いを叶えてやるぞい。願いを思い付いたら、*******と唱えてみよ。いつでも現れて叶えてみせようぞい。>
という風な耳障りな声が語ったフレーズ。
私は小学四年生の中頃からずっと現実的な考え方をするようになっていた、と思う。だからこんな夢のお告げなんて、気にも留めずに忘れるのがいつものコース。そのはずだったのに、何故だか脳裏にこびりついた。
それなら一度試して、ほらやっぱり何も起きなかったと笑い飛ばせばいいのかもしれない。けれどね、試したくても肝心の呪文の部分がすとんと抜け落ちていたの。記憶に残っていないのか、それとも夢の中でも聞き取れなかったのかしら。
結局、何の対処もできないまま記憶に残り、一年と四ヶ月が経った夏休み明けまでずっと覚えていた。その間、誰にも話さなかった。馬鹿らしいから秘密にしておこうと思ったのではなくって、ただ何となく。
でも、夏休みの宿題の一つとして、「不思議な体験」をテーマにした作文を書くように言われてたから、ちょうどいいわって。私は一年数ヶ月前の夢について書き、提出した。“試してみたら本当に実現しました!”みたいな嘘を盛り込んでもよかったのかもしれないけれど、空しいので、ほぼありのままに綴り、“いつか、本当に叶えたい夢が見付かったら、試してみたいです”という風に締めくくった。
そして九月になり二学期が始まって三日目くらいだったかな。ホームルームが終わってさあ帰ろうとしたら、担任の今村先生に名前を呼ばれ、このあと職員室に来るようにって言われた。
何だろう、叱られるようなことしたっけ?という疑問がわいたことはわいた。けれども、それ以上に私を戸惑わせたのは、名前を呼ばれたのが私だけじゃなかったこと。
私の他にもう一人、クラスの男子が呼ばれた。
「一体何だってんだろうね、吾妻さん」
今村先生が廊下に出てから、その男子、岸本桂君は私に顔を向けてきた。彼の苦笑と困惑の混ざった表情は、なかなか見られない。そんな判定ができるくらいに、私は普段から岸本君のことを気にしている。
「心当たりある?」
「私には全然ないわよ。そっちはたまに大きないたずら仕掛けては怒られてきた“前歴”があるでしょうけどね」
「はは、厳しいな。でも確かに、吾妻さんとセットで呼ばれるなんて、何が原因なのやら想像が付かない」
「叱られるとは限らないし、そもそも私と岸本君とで同じ用事なのかどうかも、決め付ける根拠はないでしょ。別々の用件なのかも」
「なるほど。で、僕は叱られて、君は褒められる?」
「そこは確定にしてもいいかな」
なんていう会話で気を紛らわせて、それでも内心ではどきどきしつつ、二人して職員室に向かった。近付くに従って口数が少なくなったから、岸本君のきっと同じ思いだったんだわ。そう考えると、逆に何だか嬉しくなる。
「失礼します」
夏場の職員室は扉が開け放たれているため、ノックは不要。その代わり、他の季節よりも大きめの声で挨拶をして入って行く。
今村先生の机まで行くと、こちらが声を出す前に、先生は回転椅子に座ったままぐるっと向きを換えた。
「おう、来たか」
にかっと白い歯を覗かせた先生は、怒っているようには見えない。夏休みの間、わずかでも時間を見付けては海に山にと遊びに出掛けているという噂の今村先生だが、その肌はほとんど日焼けしていなかった。そういう体質なのか、実際は遊びに行く暇なんてなかったのかしら。
「時間あるか?」
「僕は大丈夫です。吾妻さんは、ひょっとしたら塾のある日?」
「ううん。夏休みの特別講習があったから、今週はちょっと変更。――なので、私も大丈夫です」
岸本君との会話を引き継ぐ形で、先生への答にすると、今村先生はほんの少ししかめっ面になった。え、何で?
「よく知ってるな」
先生は岸本君に向けて言った。
「何がでしょう?」
「吾妻さんの塾の曜日を知っているってことは、もしかして二人は――特に仲がいいのか」
ちょっぴり言い淀んで、語尾が詰まる今村先生。恐らく「付き合っているのか」という言葉を飲み込み、妙な言い回しに変えたんだろうなって思った。付き合っていたら嬉しいのだけれども、残念、そこまでの関係には全然届いていない。小学校のときからの幼馴染みレベルなんです、はい。
「だったらいいんですけどねー、現実はそううまく行かないもので。普通の友達です。――だよね?」
岸本君はへらへら笑って否定し、私に同意を求めた。私は曖昧に笑って小さくうなずいておく。
岸本君の台詞はどこからが本気で、どこまでが冗談なのか、その境界線がぼやけて見えない。ぼかした言い回しに、私の気持ちはちょっと翻弄される。
ありがちなことに、夢の中身は起きてしばらくするとほとんど忘れちゃった。覚えているのは夢を見たという事実と、
<十二年間いい子にしてきた褒美に一つだけ、何でも願いを叶えてやるぞい。願いを思い付いたら、*******と唱えてみよ。いつでも現れて叶えてみせようぞい。>
という風な耳障りな声が語ったフレーズ。
私は小学四年生の中頃からずっと現実的な考え方をするようになっていた、と思う。だからこんな夢のお告げなんて、気にも留めずに忘れるのがいつものコース。そのはずだったのに、何故だか脳裏にこびりついた。
それなら一度試して、ほらやっぱり何も起きなかったと笑い飛ばせばいいのかもしれない。けれどね、試したくても肝心の呪文の部分がすとんと抜け落ちていたの。記憶に残っていないのか、それとも夢の中でも聞き取れなかったのかしら。
結局、何の対処もできないまま記憶に残り、一年と四ヶ月が経った夏休み明けまでずっと覚えていた。その間、誰にも話さなかった。馬鹿らしいから秘密にしておこうと思ったのではなくって、ただ何となく。
でも、夏休みの宿題の一つとして、「不思議な体験」をテーマにした作文を書くように言われてたから、ちょうどいいわって。私は一年数ヶ月前の夢について書き、提出した。“試してみたら本当に実現しました!”みたいな嘘を盛り込んでもよかったのかもしれないけれど、空しいので、ほぼありのままに綴り、“いつか、本当に叶えたい夢が見付かったら、試してみたいです”という風に締めくくった。
そして九月になり二学期が始まって三日目くらいだったかな。ホームルームが終わってさあ帰ろうとしたら、担任の今村先生に名前を呼ばれ、このあと職員室に来るようにって言われた。
何だろう、叱られるようなことしたっけ?という疑問がわいたことはわいた。けれども、それ以上に私を戸惑わせたのは、名前を呼ばれたのが私だけじゃなかったこと。
私の他にもう一人、クラスの男子が呼ばれた。
「一体何だってんだろうね、吾妻さん」
今村先生が廊下に出てから、その男子、岸本桂君は私に顔を向けてきた。彼の苦笑と困惑の混ざった表情は、なかなか見られない。そんな判定ができるくらいに、私は普段から岸本君のことを気にしている。
「心当たりある?」
「私には全然ないわよ。そっちはたまに大きないたずら仕掛けては怒られてきた“前歴”があるでしょうけどね」
「はは、厳しいな。でも確かに、吾妻さんとセットで呼ばれるなんて、何が原因なのやら想像が付かない」
「叱られるとは限らないし、そもそも私と岸本君とで同じ用事なのかどうかも、決め付ける根拠はないでしょ。別々の用件なのかも」
「なるほど。で、僕は叱られて、君は褒められる?」
「そこは確定にしてもいいかな」
なんていう会話で気を紛らわせて、それでも内心ではどきどきしつつ、二人して職員室に向かった。近付くに従って口数が少なくなったから、岸本君のきっと同じ思いだったんだわ。そう考えると、逆に何だか嬉しくなる。
「失礼します」
夏場の職員室は扉が開け放たれているため、ノックは不要。その代わり、他の季節よりも大きめの声で挨拶をして入って行く。
今村先生の机まで行くと、こちらが声を出す前に、先生は回転椅子に座ったままぐるっと向きを換えた。
「おう、来たか」
にかっと白い歯を覗かせた先生は、怒っているようには見えない。夏休みの間、わずかでも時間を見付けては海に山にと遊びに出掛けているという噂の今村先生だが、その肌はほとんど日焼けしていなかった。そういう体質なのか、実際は遊びに行く暇なんてなかったのかしら。
「時間あるか?」
「僕は大丈夫です。吾妻さんは、ひょっとしたら塾のある日?」
「ううん。夏休みの特別講習があったから、今週はちょっと変更。――なので、私も大丈夫です」
岸本君との会話を引き継ぐ形で、先生への答にすると、今村先生はほんの少ししかめっ面になった。え、何で?
「よく知ってるな」
先生は岸本君に向けて言った。
「何がでしょう?」
「吾妻さんの塾の曜日を知っているってことは、もしかして二人は――特に仲がいいのか」
ちょっぴり言い淀んで、語尾が詰まる今村先生。恐らく「付き合っているのか」という言葉を飲み込み、妙な言い回しに変えたんだろうなって思った。付き合っていたら嬉しいのだけれども、残念、そこまでの関係には全然届いていない。小学校のときからの幼馴染みレベルなんです、はい。
「だったらいいんですけどねー、現実はそううまく行かないもので。普通の友達です。――だよね?」
岸本君はへらへら笑って否定し、私に同意を求めた。私は曖昧に笑って小さくうなずいておく。
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