6 / 7
6.からくり
しおりを挟む
また一つ、新たな可能性を思い付いた。全く別の角度からの発想だ。
(一か八か、やってみよう)
菱川は城ノ内が別の男子との会話を終えるのを待って、話し掛けた。
「ねえ、城ノ内君。実はなかなか思い出せなくて焦っていたんだけれども、やっと思い出せたことがあったわ」
「え、何?」
「五年生のとき、城ノ内君達と裏の山に、理科の自然学習で出掛けたこと、あったわよね」
「あったと思うけど、誰と行ったかまでは覚えてないなあ」
これまで抜群の記憶力を見せ、ほぼ淀みなく答えてきた城ノ内が、初めて曖昧な返事をした。あるならある、ないならないときっぱり言いそうなものだ。手応えを感じた菱川は、口角が上がるのを抑えて次の矢を放つ。
「おっかしいな。強く印象に残るはずなんだけどなぁ」
「いや……あの頃は内向的で、理科は好きでも外は苦手だったから、忘れようとしてたのかも」
城ノ内はいくらかへどもどしつつ、菱川とは反対側に座る男子に声を掛けた。助けを求めているかのように見える。
「忘れようたって、忘れられないはずよ。古い時代のお金が地面の下から出て来て、班のみんなだけの秘密にしておこうって、隠したんだから」
「ええ? そうだったっけ」
上擦った声で応える城ノ内。さっきまでの余裕たっぷりのクールな態度は見る影もない。菱川は確信を得て、一つ頷いた。
「柏田君!」
「はいはい」
飛んで来た幹事が、何事かと心配そうな目を向けてきた。
「席、変わってもいいでしょ?」
「え、それは……立って移動して、また戻って来るのじゃだめ?
「だめ。じっくり話したい人がいるの」
「だったら、隣を交代してもらうよ」
「何で?」
「そ、それは、やっぱり華のある菱川さんには真ん中に座っていてほしいなと」
「華なら、高石さん一人で充分でしょ。――そうだよね?」
菱川が当の高石に同意を求めて声を掛ける。高石は急なことに慌てた表情を見せつつも、「え、ええ」とまんざらでもない様子で肯定した。
「そういうことだから」
「えーっと。どこに移りたいのかな」
「出口に一番近いとこ。ここから見れば右側の、ちょっと影になってる席ね。木船君が座ってる。彼だった快く交代してくれるでしょ」
「分かった。聞いてくる。ただ、ちょっと待ってて。その、手洗いに行きたくなったので」
「いいわよ」
笑顔で柏田を送り出し、その笑みを城ノ内に向けた。そんな菱川の肩を、高石がちょんちょんと触れて、振り向かせる。
「あのね、菱川さん」
「ちょうどよかった。高石さんは城ノ内君のことで、何か覚えてる? 今までに出た以外の、私も知っていそうな話」
「理科と算数の点がよかった、とか」
「そういうんじゃなくって、学校生活でのエピソードみたいなやつ。――もうネタ切れかしら?」
問い掛ける菱川から視線を外した高石は、そのまま出入り口の戸の方を見やった。菱川もそちらへ向き直る。
ちょうど柏田が、扉の隙間から上半身だけ覗かせ、左右の人差し指で×を作るのが見て取れた。
「――菱川さん、あなたってそんなに底意地が悪かったっけ?」
「ん? 何のこと? 芸能界で多少は鍛えられて、そうなったかもしれないけれども」
「とぼけなくていいわ。途中で気付いたんでしょう?」
「ということは、今の×が合図なのね。ドッキリ番組の仕掛けだと私に勘付かれたとき、続行か中止かを決める」
菱川がずばり聞くと、高石はかすかに首を縦に振り、あとは彼に聞いてとばかりに、城ノ内の方へ顎を振った。
「最初は真剣に、記憶がきれいに消されたか、ちょっとずれた世界に迷い込んだのかと思った。一瞬だけど」
「それが狙いですから」
柏田が丁寧な口ぶりで言って、頭を下げた。
この企画、そもそもは彼の年の離れた叔父――テレビ番組製作会社勤務――が担当したという。さっきその叔父も姿を見せ、平身低頭して、しかし軽い調子で菱川に謝罪した。今姿が見えないのは、折角撮った素材をどうするか、上と協議するためだとか。
「同窓会に一人、全然知らない人物がいる。でも他のみんなはそいつが誰だか覚えているらしい――そんな状況に置かれたら、どんな反応をするかなっていう」
(一か八か、やってみよう)
菱川は城ノ内が別の男子との会話を終えるのを待って、話し掛けた。
「ねえ、城ノ内君。実はなかなか思い出せなくて焦っていたんだけれども、やっと思い出せたことがあったわ」
「え、何?」
「五年生のとき、城ノ内君達と裏の山に、理科の自然学習で出掛けたこと、あったわよね」
「あったと思うけど、誰と行ったかまでは覚えてないなあ」
これまで抜群の記憶力を見せ、ほぼ淀みなく答えてきた城ノ内が、初めて曖昧な返事をした。あるならある、ないならないときっぱり言いそうなものだ。手応えを感じた菱川は、口角が上がるのを抑えて次の矢を放つ。
「おっかしいな。強く印象に残るはずなんだけどなぁ」
「いや……あの頃は内向的で、理科は好きでも外は苦手だったから、忘れようとしてたのかも」
城ノ内はいくらかへどもどしつつ、菱川とは反対側に座る男子に声を掛けた。助けを求めているかのように見える。
「忘れようたって、忘れられないはずよ。古い時代のお金が地面の下から出て来て、班のみんなだけの秘密にしておこうって、隠したんだから」
「ええ? そうだったっけ」
上擦った声で応える城ノ内。さっきまでの余裕たっぷりのクールな態度は見る影もない。菱川は確信を得て、一つ頷いた。
「柏田君!」
「はいはい」
飛んで来た幹事が、何事かと心配そうな目を向けてきた。
「席、変わってもいいでしょ?」
「え、それは……立って移動して、また戻って来るのじゃだめ?
「だめ。じっくり話したい人がいるの」
「だったら、隣を交代してもらうよ」
「何で?」
「そ、それは、やっぱり華のある菱川さんには真ん中に座っていてほしいなと」
「華なら、高石さん一人で充分でしょ。――そうだよね?」
菱川が当の高石に同意を求めて声を掛ける。高石は急なことに慌てた表情を見せつつも、「え、ええ」とまんざらでもない様子で肯定した。
「そういうことだから」
「えーっと。どこに移りたいのかな」
「出口に一番近いとこ。ここから見れば右側の、ちょっと影になってる席ね。木船君が座ってる。彼だった快く交代してくれるでしょ」
「分かった。聞いてくる。ただ、ちょっと待ってて。その、手洗いに行きたくなったので」
「いいわよ」
笑顔で柏田を送り出し、その笑みを城ノ内に向けた。そんな菱川の肩を、高石がちょんちょんと触れて、振り向かせる。
「あのね、菱川さん」
「ちょうどよかった。高石さんは城ノ内君のことで、何か覚えてる? 今までに出た以外の、私も知っていそうな話」
「理科と算数の点がよかった、とか」
「そういうんじゃなくって、学校生活でのエピソードみたいなやつ。――もうネタ切れかしら?」
問い掛ける菱川から視線を外した高石は、そのまま出入り口の戸の方を見やった。菱川もそちらへ向き直る。
ちょうど柏田が、扉の隙間から上半身だけ覗かせ、左右の人差し指で×を作るのが見て取れた。
「――菱川さん、あなたってそんなに底意地が悪かったっけ?」
「ん? 何のこと? 芸能界で多少は鍛えられて、そうなったかもしれないけれども」
「とぼけなくていいわ。途中で気付いたんでしょう?」
「ということは、今の×が合図なのね。ドッキリ番組の仕掛けだと私に勘付かれたとき、続行か中止かを決める」
菱川がずばり聞くと、高石はかすかに首を縦に振り、あとは彼に聞いてとばかりに、城ノ内の方へ顎を振った。
「最初は真剣に、記憶がきれいに消されたか、ちょっとずれた世界に迷い込んだのかと思った。一瞬だけど」
「それが狙いですから」
柏田が丁寧な口ぶりで言って、頭を下げた。
この企画、そもそもは彼の年の離れた叔父――テレビ番組製作会社勤務――が担当したという。さっきその叔父も姿を見せ、平身低頭して、しかし軽い調子で菱川に謝罪した。今姿が見えないのは、折角撮った素材をどうするか、上と協議するためだとか。
「同窓会に一人、全然知らない人物がいる。でも他のみんなはそいつが誰だか覚えているらしい――そんな状況に置かれたら、どんな反応をするかなっていう」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

劇場型彼女
崎田毅駿
ミステリー
僕の名前は島田浩一。自分で認めるほどの草食男子なんだけど、高校一年のとき、クラスで一、二を争う美人の杉原さんと、ひょんなことをきっかけに、期限を設けて付き合う成り行きになった。それから三年。大学一年になった今でも、彼女との関係は続いている。
杉原さんは何かの役になりきるのが好きらしく、のめり込むあまり“役柄が憑依”したような状態になることが時々あった。
つまり、今も彼女が僕と付き合い続けているのは、“憑依”のせいかもしれない?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ミガワレル
崎田毅駿
ミステリー
松坂進は父の要請を受け入れ、大学受験に失敗した双子の弟・正のために、代わりに受験することを約束する。このことは母・美沙子も知らない、三人だけの秘密であった。
受験当日の午後、美沙子は思い掛けない知らせに愕然となった。試験を終えた帰り道、正が車にはねられて亡くなったという。
後日、松坂は会社に警察の訪問を受ける。一体、何の用件で……不安に駆られる松坂が聞かされたのは、予想外の出来事だった。

せどり探偵の事件
崎田毅駿
ミステリー
せどりを生業としている瀬島は時折、顧客からのリクエストに応じて書籍を探すことがある。この度の注文は、無名のアマチュア作家が書いた自費出版の小説で、十万円出すという。ネットで調べてもその作者についても出版物についても情報が出て来ない。希少性は確かにあるようだが、それにしてもまったく無名の作家の小説に十万円とは、一体どんな背景があるのやら。

観察者たち
崎田毅駿
ライト文芸
夏休みの半ば、中学一年生の女子・盛川真麻が行方不明となり、やがて遺体となって発見される。程なくして、彼女が直近に電話していた、幼馴染みで同じ学校の同級生男子・保志朝郎もまた行方が分からなくなっていることが判明。一体何が起こったのか?
――事件からおよそ二年が経過し、探偵の流次郎のもとを一人の男性が訪ねる。盛川真麻の父親だった。彼の依頼は、子供に浴びせられた誹謗中傷をどうにかして晴らして欲しい、というものだった。

籠の鳥はそれでも鳴き続ける
崎田毅駿
ミステリー
あまり流行っているとは言えない、熱心でもない探偵・相原克のもとを、珍しく依頼人が訪れた。きっちりした身なりのその男は長辺と名乗り、芸能事務所でタレントのマネージャーをやっているという。依頼内容は、お抱えタレントの一人でアイドル・杠葉達也の警護。「芸能の仕事から身を退かねば命の保証はしない」との脅迫文が繰り返し送り付けられ、念のための措置らしい。引き受けた相原は比較的楽な仕事だと思っていたが、そんな彼を嘲笑うかのように杠葉の身辺に危機が迫る。

伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷では不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる