扉の向こうは不思議な世界

崎田毅駿

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4.だれ?

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「ちょ、ちょっと。中途半端に終わっていることは認めるけれども、高石さんを踏み台にしたんじゃないからね」
「踏まれた側の気持ちは、踏んだ側には分からない」
 いえ、だから踏み台にしてないって。注釈をいちいち入れても聞きそうにない。一通り最後まで聞いた方が早そうだ。
 その後、高石の演説は確実に十分以上あった。その端々に、当人は読者モデルをやったり、高校の演劇部で主役を張ったりと自慢めいた話を散りばめてくるところが、おかしくもかわいらしい。
「ということは、高石さんもチャンスがあれば、まだ芸能界に」
 傍で聞いていた男子の初芝はつしばが、聞きにくいことをすんなり尋ねた。
(初芝君、昔からこうだったな。影は薄いけど、聞き上手というか、相手の懐に入って行くのが上手かったっけ)
 みんな変わってないことを肌で実感して、表情が自然とほころぶ。
「未練なんてないわよ。さっき言わなかったかしら。余剰食糧から燃料を作る研究が面白くなってきたって」
「聞いた聞いた。あれ、仕事にするつもりなんだ?」
「なれればね。今さらかもしれないけど、町おこしにつながっていく可能性だってあるし」
 彼女の父親は一度の落選を挟み、現在も町長を務めている。こちらの方は変化しない方がいいのかどうか。ただ、町を取り巻く諸々の環境は昔より悪くはなっていない気がする。
 しばらく高石が現在大学で師事する教授の研究について聞いていたが、徐々に専門用語が増えてきて、分かりづらくなってきた。離脱する。
 ちょうどそのときだった。
 柏田が声を上げた。
「おっと、ラストの一人がご到着だ」
 反射的に出入り口の方を見やる。襖を開けて入って来たのは、肩まである長髪に茶色のサングラス、中肉中背の引き締まった身体をした男だった。一昔か二昔前なら、フォークソングをやるか、SFにでも没頭していそうなタイプだと言えそう。
(……誰?)
 菱川は最後の参加者の顔をちらちら窺ってみたが、思い出せなかった。記憶に引っ掛かるものが何もない。
「おお、城ノ内か。これはまたでかくなったものだ」
 先生のところへ挨拶に行って、そんな反応を返されている。小学生のときは背が低かったようだ。誰だったっけ……。
 いや、それ以前に。
(城ノ内君……そんな名前の人がクラスにいた……覚えがないわ)
 菱川は心中でしきりに首を傾げ、記憶のノートのページを繰ったが、一向に見付からない。

「城ノ内君、結構格好よくなったのね」
「やせっぽちだったのが、ちょっと鍛えただけであんなになるなんて、喧嘩したら確実に負ける」
 そうこうする内に、城ノ内が近くまで来た。空いている席は、菱川の隣の一つだけなのだから、当然である。
(ど、どうしよう。みんなはちゃんと思い出せているみたいだけど、私ったら。うわぁ、困った)
 焦りを覚える菱川の隣に、城ノ内が腰を下ろした。あぐらをかくため、ちょっと幅を取る。菱川が少しだけ距離を取ると、「あ、失礼」と声を掛けてきた。
「あれ? こいつは光栄だなあ。一番遅れてきたのに、氷川光莉さんこと菱川さんの隣に座れるなんて。久しぶり」
「え、ええ」
 如才なく笑うつもりが、ぎこちなくなってしまった。間近に来たことで、見たことあるような気がするのは確かだった。しかし、細かい状況をちっとも思い出せない。
 菱川はウーロン茶をもらってそれを飲むことで、落ち着きを取り戻した。探りを入れながら、記憶が甦るように努力してみよう。そう考えて――話は冒頭につながる。
「小学生のときは、自分が役者として舞台立つなんて、夢にも思わなかったな。せいぜい、背景と化す木か、村人3~4号が関の山」
 そう言うからには、小学生時代、劇をやったときは裏方だったのだろう。菱川はその頃のことを記憶の抽斗から引っ張り出そうとした。
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