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5.ふたりでひとり

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『素直でよろしい。質問についてだけれど、私にもよく分かりません。言えるのは、私の身体の中にあなたが入っているということ」
「ええっ」
 ということは、声の主はノアル・シェイクフリード? だったら声が似ていると感じたのは当然かも。完全に一致しているとは感じられなかったのは、録音した自分の声を聞いたら違和感があるっていうあれよね、きっと。ただ、彼女が喋っている間、この身体の口が勝手に動くことはなかったんですけど。
『あなた、先ほどから驚き通しのようだから、先に私の状況を伝えることにします。よく聞いていなさい』
「はい」
 命令調に、居住まいを正したい気持ちにさせられた。あいにく、左足首の痛みのせいで、思うようには身体が動かなかったけれども。
『分かっていること・言えることの二つ目。私の身体を私の意思では動かせない。腹立たしいことにね』
「そ、そうなんですか」
『そうよ。ああ、大事なことを聞きます。あなた、女性よね?』
「はい?」
 一瞬、問いの意味が分からず、悪役“令嬢”に対して無礼な返しをしてしまった。けど、相手が怒り出すよりも早く、状況を理解できた。私とノアルはお互いの存在を声でのみ感じているのだ。そしてノアルからすれば、彼女の身体に入り込んだのが男か女かは知りようがないんだわ。彼女自身の声が喋っても、それが女によるものなのか男によるものか、判断する材料はほとんどない。せいぜい、言葉遣いがあるくらいで、それとて生物的な意味での男女の判定にはつながらない。
「女です。名前は安生悠子。日本人で年齢は――」
『待ちなさい。女と聞いてほっとしたのもあるけれど、それ以上に耳慣れない固有名詞が飛び出して、聞き損ねたわ。名前はアン? ジョー?』
「アンジョーです、アンジョー、ユーコ」
 外国人が話す片言の日本語口調で言ってみた。そういえば私が話しているのはいつも通りの日本語だけれど、通じているんだよね。ノアルの言葉も日本語に聞こえるし。文字はどうなのかな? まだ目にしていないから想像するしかないけど、知らない外国語なのに私でも読めるのか、知らない外国の文字でも日本語に見えるのか……。
『アンジョーとは珍しい名前ですこと。まるで二人いるみたいね』
 続けて、ふふふと笑い声が聞こえた。それ以上の説明はなかったけれども、多分、アンとジョーで二人って意味かしら。
『とにかく、女性で何よりだわ。それでアン。大事なことをもう一つ。念のための確認なのだけれど、私が思ったことはあなたに伝わっていないようね?』
「え?」
『今の反応でだいたい分かりました。私が心の中で思ったこと、考えたことがあなたにそのまま伝わっていたらどうしようと思っていましたが、そうでないのならいいです。ああ、ちなみに、あなたの頭の中の考えが私に伝わっていないことは、言うまでもありませんね?』
「あ、はい、分かりました」
 抑えた声で話す内に、私はちょっとした違和感を覚えるようになっていた。
 小説で読んだときに抱いたイメージと、ちょっとずれがある。ノアル・シェイクフリードはもっと高飛車で高慢ちきで高圧的の“3高”で、ついでに計算高くて人に取り入るのがうまい。ところが今、接しているノアルは、上から目線な部分はあるものの、さほど嫌な感じは受けない。貴族ならこのくらいは当たり前ではと思える範囲に収まっている。彼女からすれば私の身分が分からないから、見定めようとしている時間なのかしら。
『私から今話せるのは、これくらいね。さあ、次はそちらの番』
「といわれても、少し前に意識が戻って、よく分からないことばかりで……」
『ならばよく分かっていることから話せばいいじゃない。たとえば、最前より左足がとても痛いのだけれども、心当たりは?』
「あ、それなら」
 私は夜の公園でのいきさつを伝えた。詳しく話すと説明しなくちゃいけないことがかえって増えてややこしくなりそうだったから、かいつまんで簡単に。するとノアルからは「あなたは理由もなく、暗い中、丸みを帯びた細長い金属の棒の上で踊る癖があるの? おかしな人ね」と言われてしまった。続けて、ちゃんと話なさいという無言の圧力を感じたため、今度は詳細を話すことにする。
「――ていう顛末だったのですが……分かりました?」
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