栄尾口工はAV探偵

崎田毅駿

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AVにはまった、もとい、AV部門設置のきっかけ

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 栄尾口は前の仕事を辞めてから、独り身になったこともあって、次の職業に探偵を選んだ。子供の頃から憧れ、その延長でなった探偵なので、当然、扱う依頼は殺人事件を主とする凶悪犯罪を基本としたい。
 当たり前だが、これでは仕事にならない。少なくとも現代の日本においては。
 探偵を始めて一ヶ月ほどが経過した頃、盗難事件の依頼が舞い込んだことがあった。依頼者は元暴力団員の男で、警察に頼るのも癪だし、そもそも盗まれた物というのが法に沿わないデータの入ったDVDで、通報したくともできなかった。こんなレアなケース、何度もあるものじゃない。ちなみに依頼を受けて調査した結果、盗まれたというのは依頼人の勘違いで、ケースに入ったDVDは、冷凍食品の下にへばりついた形で、冷蔵庫の冷凍室から見付かった。
 このとき上乗せを含めて結構な謝礼をちょうだいしたこともあり、刑事事件専門の探偵としてやっていける望みがあると自信を持ったのが間違いの元。あとはさっぱりの鳴かず飛ばずだった。

 そんな状況下、打開策としてAV部門の設立という珍妙な案に至ったきっかけは、女性ばかり狙ったある連続絞殺事件の捜査で、刑事と関わったからだった。もちろん、捜査協力を依頼された訳ではない。刑事の方が、事情を聞きに事務所へやって来た。何でも、被害女性の一人が財布に栄尾口探偵事務所の真新しい名刺を入れていたという。
「この人に見覚えは」
 最初、刑事は名刺の件などおくびにも出さず、写真を示してきた。ただ、猛暑日の真っ昼間から、ほとんど役立ちそうにない聞き込みに回されて、二人組の刑事は頭がぼんやりしていたのか、被害者の遺体の写真を出すというミスを犯した。壁にもたれ掛かった絞殺死体の図に、栄尾口は「うぇっ?」と短く叫び、ぎょっとした顔つきになる。刑事らはすぐに誤りに気付き、写真を引っ込めた。
 本来の聞き込み用に用意された上半身の写真を見て、栄尾口は浮気調査の依頼に来た女性だと答えた。そして知る限りのことを正直に伝えた。
「ところで、最初の写真、もう一度見せてくれませんか」
「なに。何かあるの、あんた」
 きびすを返し掛けていた刑事の内、若い方が応じた。写真を出し間違えた張本人が彼だ。
「ええ、女性の姿格好がちょっと記憶に引っかかるというか。見せてもらえたら、はっきりすると思うんですが」
 そう言って再度、遺体の写真をじっくり見て、確信を持った。
「これって発見されたときのまんまですよね?」
「当然。それが?」
「できたら、犠牲になった他の方の遺体発見時の写真も見たいのですが」
「あんたね」
 明らかに業を煮やしていた若いのに代わって、ベテランとおぼしき方が手で相棒を制した。
「何か思い付いたんなら、そいつを先に言ってくれんとな、探偵さん。名を売りたくて、情報だけ抜き取ろうとする輩がいないとも限らん」
「えっと。じゃあ、お話しします。変なこと言うな、こいつ頭大丈夫かと思っても、最後まで聞いてください」
「分かった」
 年かさの方は腕組みをした。若い方は対照的に、いらいらと片足のつま先で床を踏みならし、額の汗を乱暴に拭う。
「では……えー、自分も若いときは人並みにアダルトビデオのお世話になりました」
「何だって?」
「AVです。人並みの線引きが難しいかもしれませんが、とにかくそれなりに見て、今でも印象深い作品があります」
「何を言い出すのやら……」
「見せてもらった被害者女性は、アダルトビデオのパッケージ写真を模倣している気がしたんです。記憶にある画像と、そっくりそのまま」
 問題の写真を指差し、栄尾口は続ける。
「ほら、ポーズを取らせている節がある。床に座り込み、大きく開脚した姿勢で胸を強調するかのように両腕で胸の下から自分自身を抱きしめている」
「言われてみりゃポーズっぽいが。しかし、こんなポーズ、アダルト物なら珍しくもないだろう」
「私の記憶にある作品のみのオリジナルとは言い切れませんが、服のデザインや色までそっくり、恐らく一致しているのは、偶然では片付けられないんじゃないかと思いまして。それに、殺人犯は何故、こんなポーズを取らせたのかの方がより重要では。首を絞めて殺害しただけなら、こんな格好にならない」

 つづく
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