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11.彼の成し遂げたこと
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今、終わった。
僕の足下には、男が一人、死んでいる。男の名は吾川修一。
僕、松坂正は満足だ。ようやく、こいつとの下らない関係に終止符を打てたのだから。
全く、揃って大学受験に失敗するとはね。僕が落ちるのを見越して、あいつも悪い点を取ったんじゃないだろうな。まさかね。
しかし、よりによって、同じ予備校に入るとは、腐れ縁もここまで来たかと笑いたくなったぐらいだ。予備校で争い、大学に入っても争い、社会に出てからも争うのかと思っただけで、うんざりしてしまう。
だけど、それも終わりだ。吾川、おまえの、死ぬ寸前、驚きの顔はなかなかよかった。愛嬌があったと言ってもいい。おまえとの別れが笑いで締めくくられるとは、思いもよらなかったが。
これからどうするかな。一時期は、おまえを殺すという行為がばれないよう、何かと知恵を絞ってみたが、どうもうまくない。今日、おまえを殺したのだって、計画なんてほとんどない。警察の捜査能力を考えると、自分が捕まらないようにする自信は持てなかった。
そこで、考え方を変えた。生きたまま、捕まらないでいようなんて考えるから、無理が生じる。犯行後、警察の手が伸びてこない内に、自分が死んでしまえばいい。死ねば、警察も僕を捕らえることはできない。僕は僕で、吾川に対して勝利できるのだから、それなりに満足だ。
ところが、自分の死を考えた途端に、新たな発想を得たのだから、不思議だよ。その発想とは、僕が殺したいと願う残りの二人――父と兄貴を少しばかり苦しめてやろうというもの。
受験の帰り、僕が死ねば、みんなはどう思うか? 替え玉受験のことを知らない人は、松坂正が死んだと考える。当たり前だ。
では、替え玉受験をさせたつもりの父は、どうか? 当然、松坂進が死んだと信じるだろう。優秀な息子の方を失っただけでも、父はショックを受けるに違いない。そういう人種だ、あの人は。
それなら、兄貴はどうするか? 『賢明な』我が兄貴のこと、父には松坂正として接し、他の者には松坂進として振る舞う道を選ぶ確率はかなりあると思う。今度の替え玉に関して、兄貴の狙いが、父に対して有利に立とうという気持ちにあるのぐらい、僕にも分かっていたんだよ。
どれほどの時間が必要なのか分からないが、いずれ、警察は『松坂正』に捜査の手を伸ばすはず。うろたえるのは、父と兄貴の二人だけ。父の外面には著しく傷がつくだろうし、兄貴にいたっては殺人の容疑から逃れるため、どうすべきか大いに混乱するに違いない。その様を、この目で見てやりたいぐらいだが、残念ながらそれはできない。まあ、僕が送られるのが天国になるか地獄になるかは知らないが、死後の世界からゆっくりと見物させてもらうことにするよ。
進が参考人として、刑事に連れて行かれた日。
美沙子は呆然とした感情のまま、家事に手が着かないでいた。
(正が……人を殺していたかもしれないなんて……。だからあの子、自殺するつもりで車道に飛び出したのかしら)
そこまで考えて、美沙子は首を激しく振った。
(ううん。そんなこと、あるはずないじゃない。あれは事故。今度の事件とは無関係よ。進だって、参考に話を聞かれるだけなのだから、何の心配もいらない)
自分を納得させてから、さあとばかり、立ち上がる美沙子。
そのとき、玄関のブザーが鳴った。
「はーい」
無理してでも軽やかな声を上げる。
ドアを開けると、郵便配達夫がいた。
「えっと、松坂正さんて方、こちらにおられますか」
正という名に、一瞬、過敏に反応してしまいそうになった。何とか感情を押し止め、美沙子は笑顔で応じる。
「はい」
「速達です」
小さな封筒だった。大学の名が記してある。
美沙子はそれを押しいただくように受け取ると、
「ご苦労様」
と配達夫を見送った。
ドアをきっちり閉めると、急いで開封する。慌ててしまって、封筒の中身がかさかさと音を立てた。
やっとのことで取り出した紙を広げる。
(……正ったら……よく頑張ったわね)
そこには大きく印刷されていた。
合格。
――終わり
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