ミガワレル

崎田毅駿

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9.刑事来訪

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 何もかも、順調に運んでいる。まだ休学届けが受理されたばかりだが、誰も僕のことを疑ってはいない。それは間違いない。でも……。
 馬鹿だ。死んでしまうなんて、馬鹿としか言い様がない。
 双子だと言っても、いつ死ぬかなんて、突き詰めれば個人の勝手。それはそうに違いないんだが、こんなときに死ななくてもいいじゃないか――正。折角、おまえを利用して、様々な楽しみが生まれると期待していたのに、これではアイディアはどれも水の泡になってしまう。
 まあ、いい。悔やんでいる暇はない。幸い、父は、僕が正だと信じているようだ。が、僕が正だと名乗ったから、そう思い込んでいるに過ぎない。
 しかし、僕は進だ。受験に行ったのは、弟の正だった。
 父に言われたように、僕は替え玉になってやるつもりだった。だが、前日、深刻な顔をして正が僕に言った。「自分が受ける。不正はできない。自分の力でだめだったら、きっぱりとお父さんに言う」と。
 僕は戸惑ったが、瞬時に取るべき行動をはじき出した。弟がそう言うのなら、危ない橋を渡って替え玉になることはない。ただ、父に替え玉を行ったと思わせられたらよいのだ。それだけで、僕は父に対して優位に立てる。
 だから、あの日、『正の替え玉になった進』のふりをした正が受験に行き、僕は、替え玉の疑いを万一にも持たれぬよう、正として健康診断を受けに行った。全てはうまく行くはずだった。例え正が試験に落ちたとしても、裏事情を父に打ち明けると言っているのだから、僕には関係ない。もしも、正がそのときになって打ち明ける勇気をなくしてしまっても、試験なんて水物、僕が受けても落ちるときは落ちるとして言い逃れできる。そのはずだった。
 それなのに、正の奴、予想外に試験がうまく行って浮かれていたのか? それとも逆に自棄になっていたのか? 交通事故で逝ってしまいやがった……。
 自分が死んだと聞いたとき、さすがにおかしな気持ちになった。自分とはつまり、松坂進を名乗っていた正のことなのだ。僕はどう振る舞うべきか、悩んだ。そのための時間がほしくて、すぐには帰宅しなかったのである。
 結論は、『進』になりきろうという風に決めた。無論、これは母やその他の知り合いに対してで、父に対しては正として接する。思っていた通り、父は「今後、進になって生きろ」と、僕に命じてきた。思う壷だったので、すぐにも受け入れたかったが、それでは不自然だろうと思い直し、ああした態度に出てみた。あの小芝居で、父は僕が正だと思い込んだはずだ。
 父との相談では、『進になりきることに不安を覚える正』を演じるため、色々と泣き言を並べたが、実際は、何の不安もない。僕が僕になりきるのだから、何も演じる必要はない訳だ。これだけのことで、父をコントロールできるかと思うと、実に楽しくなれる。
 空想めいた思考を走らせていると、不意にノックの音が。
「おい」
 父の声だった。今でも、進と呼ぶか正と呼ぶか迷いがあるのだろう。最近、父は僕を名前で呼んでくれない。
「います」
 とだけ言った。すぐに扉が開かれる。
 父の顔は険しかった。扉を閉めると、僕の正面に座った。
「聞きたいことがある。吾川修一という奴を知っているか?」
 吾川修一と書いたメモを見せながら、父の目は僕をにらんでいる。
「吾川修一? 知らないな」
 嘘ではなかった。吾川なんて名前、聞いたこともない。クラスメイトの名前を、小学校時代から順に思い出してみたが、少なくとも記憶にはなかった。
「おかしいな」
 僕が首を横に振ると、父は怪訝そうな表情になった。
「一体、誰なんです、そいつ?」
「最初から話すぞ。今日、会社に刑事が来た」
「刑事?」
 日常的でない単語に、僕は思わず聞き返した。
「私が名指しで呼び出されてね。何事かと思ったよ。刑事は、殺人事件を捜査していると言った。その吾川修一という男が殺されたのだそうだ」
「お父さんの知っている人?」
「知らんよ。まあ、聞くんだ。刑事が言うには、『お宅のお子さん、松坂正君がこの吾川君と知り合いらしいんですね』ときた」
 僕は息を呑んだ。弟の知り合い? そう言えば、高校だったか中学だったか、弟のクラスに、こんな名前の奴がいたような。いつも、自分のことを目の敵にして来るんだとか言って、弟の奴、吾川を嫌っていたようだが。
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