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8.二つを一つに
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「分かったよ。当分、家にこもっていればいいんでしょ?」
「あ、ああ、そうだ。進の友達なんかが来ても、応対に出るな。電話もそうだ。ごまかすに限る」
「はいはい」
「それから、少しずつでいいから、進に関することを覚えるんだ。喋り方とか動きの癖なんかは、今はいい。気が動転してと言って、どうにでもごまかせるからな。服や食べ物の好みとか、勉強とか、そういった方から進に合わせるようにするんだ」
「やってみるよ。着る物は?」
「そうだな。なるべく、進のを着るのが利口だろう。下手をしたら、母さんが気付くかもしれんからな。靴もだ。靴とか帽子はサイズが大きく違うかもしれないから、もしそうであれば、早めに取り替えておくのがいい」
「面倒そうだ」
「面倒でもやるしかない。そうだ。あの江崎って子はどうなんだ」
「どうって……」
口ごもる正。
「……兄貴と共通の友達ってところだよ」
「持って回った言い方はせん。進かおまえのどちらか、彼女と関係を持った経験はあるのか?」
「僕はないよ」
ここだけは、まるっきり子供めいた言い方。何かほっとしながら、さらに聞く。
「進はどうだったんだ?」
「知るもんか」
正は、ガムでも吐き捨てるかのように答えた。その様子からでは、本当に知らないのかどうか、分からない。
「進むが何か言ってはいなかったか」
「さあねえ? 同じ大学だから、仲良くはしていたみたいだけれど」
「付き合っていたのか?」
「知らないって。たださあ、僕の感覚で言えば、浪人の僕を応援しておいて、その一方、兄貴と寝られるものか疑問だっていうのはあるよ」
息子の言葉は理屈が通っているようで、どこか妙な感じもあった。
「だいたい、彼女、今日、僕のつもりで兄貴と一緒に試験会場に行ったんでしょ? 深い関係にあったんなら、気付かれていると思う」
「なるほどな」
今度は割に、素直に承伏できる。
「確かに、あの子、死んだのはおまえの方だと信じていた」
「一つ、心配なのは、兄貴、あれで結構、芝居っ気があるから……。本当にうまく、僕を演じたのだとしたら、寝たかどうかなんて関係なしに、騙してしまうかもしれないってことかな」
「そこまで憂慮していたら、話が一つも進まなんぞ。ここしばらくは、彼女については、当たり障りのない態度にとどめておくのがいい。どうせ、精神的にショックを受けた云々でカバーできるだろう」
「困ったときの『ショック』頼みって訳か。便利でいいや」
「ふざけてるんじゃない。……そうだ、おまえについても聞いておく。おまえ、好きな子はいるのか」
「……一応」
何だかはっきりしない答だ。一応とはどういう意味なのだと、問い質してやりたいぐらいだが、そんなことに時間を使う余裕はない。
「その子が目の前に現れて、冷静でいられるか?」
「何なんです、お父さん? 生活指導の先生じゃあるまいし」
面食らったように口を丸くしている正。
「いいから、真面目に答えるんだ。進でいられるかと聞いているんだ」
「……そのときになってみないと。感極まって、抱きついちゃうかもね」
おどける正。
「どういうつもりなんだ。いいか、絶対に気持ちをセーブしろ。進になりきれ。その子が好きなら、進として接近し、最初からやり直せ」
こちらが必死に言っているのに、正はぷっと吹き出す始末。
「おい、正、いい加減にするんだ」
「……ごめんなさい。でも、あんまりにも、お父さんが、らしくないことを言うから……。それぐらいのこと、僕も心得てるよ。とにかく、家に閉じこもっているから、その点は当分、心配いらない」
「なら、いいんだが」
言ってはみたものの、不安は拭いきれない。替え玉受験はほんの半日だが、こちらは残る一生、ずっとなりすまさねばならない。どうしても不安が残る。
「休学の手続きは、私がやっておこう。下手に大学に行って、事務員に不審感を持たれてもまずいだろうからな」
「そうか……兄貴が知らない内に、顔見知りになっている人もいるかもしれないんだ。厄介な感じ」
「しばらく休学したって、事務員は覚えているかもしれんな……。休学届けを出す際、どの事務員が進について知っているかどうかを、なるべく調べてみよう。それが分かれば、そいつに近付かないようにすることで何とかなる」
「もし、どうしても入れ替われそうにないとなったら? つまり、兄貴が、あまりにたくさんの人に知られていたら」
「そのときは……大学をやめるしかないだろうな。やめてしまえば、ほぼ一からのやり直しが利く。だが、これは飽くまでも最後の手だ。やめなくてすむ策を第一に考えているんだからな」
それからも細々とした点について話し合ってみた。が、いずれも、現時点では明確な方針が打ち出せないものだった。先のことはもう、行き当たりばったりで窮地をしのいでいくしかない。
「あ、ああ、そうだ。進の友達なんかが来ても、応対に出るな。電話もそうだ。ごまかすに限る」
「はいはい」
「それから、少しずつでいいから、進に関することを覚えるんだ。喋り方とか動きの癖なんかは、今はいい。気が動転してと言って、どうにでもごまかせるからな。服や食べ物の好みとか、勉強とか、そういった方から進に合わせるようにするんだ」
「やってみるよ。着る物は?」
「そうだな。なるべく、進のを着るのが利口だろう。下手をしたら、母さんが気付くかもしれんからな。靴もだ。靴とか帽子はサイズが大きく違うかもしれないから、もしそうであれば、早めに取り替えておくのがいい」
「面倒そうだ」
「面倒でもやるしかない。そうだ。あの江崎って子はどうなんだ」
「どうって……」
口ごもる正。
「……兄貴と共通の友達ってところだよ」
「持って回った言い方はせん。進かおまえのどちらか、彼女と関係を持った経験はあるのか?」
「僕はないよ」
ここだけは、まるっきり子供めいた言い方。何かほっとしながら、さらに聞く。
「進はどうだったんだ?」
「知るもんか」
正は、ガムでも吐き捨てるかのように答えた。その様子からでは、本当に知らないのかどうか、分からない。
「進むが何か言ってはいなかったか」
「さあねえ? 同じ大学だから、仲良くはしていたみたいだけれど」
「付き合っていたのか?」
「知らないって。たださあ、僕の感覚で言えば、浪人の僕を応援しておいて、その一方、兄貴と寝られるものか疑問だっていうのはあるよ」
息子の言葉は理屈が通っているようで、どこか妙な感じもあった。
「だいたい、彼女、今日、僕のつもりで兄貴と一緒に試験会場に行ったんでしょ? 深い関係にあったんなら、気付かれていると思う」
「なるほどな」
今度は割に、素直に承伏できる。
「確かに、あの子、死んだのはおまえの方だと信じていた」
「一つ、心配なのは、兄貴、あれで結構、芝居っ気があるから……。本当にうまく、僕を演じたのだとしたら、寝たかどうかなんて関係なしに、騙してしまうかもしれないってことかな」
「そこまで憂慮していたら、話が一つも進まなんぞ。ここしばらくは、彼女については、当たり障りのない態度にとどめておくのがいい。どうせ、精神的にショックを受けた云々でカバーできるだろう」
「困ったときの『ショック』頼みって訳か。便利でいいや」
「ふざけてるんじゃない。……そうだ、おまえについても聞いておく。おまえ、好きな子はいるのか」
「……一応」
何だかはっきりしない答だ。一応とはどういう意味なのだと、問い質してやりたいぐらいだが、そんなことに時間を使う余裕はない。
「その子が目の前に現れて、冷静でいられるか?」
「何なんです、お父さん? 生活指導の先生じゃあるまいし」
面食らったように口を丸くしている正。
「いいから、真面目に答えるんだ。進でいられるかと聞いているんだ」
「……そのときになってみないと。感極まって、抱きついちゃうかもね」
おどける正。
「どういうつもりなんだ。いいか、絶対に気持ちをセーブしろ。進になりきれ。その子が好きなら、進として接近し、最初からやり直せ」
こちらが必死に言っているのに、正はぷっと吹き出す始末。
「おい、正、いい加減にするんだ」
「……ごめんなさい。でも、あんまりにも、お父さんが、らしくないことを言うから……。それぐらいのこと、僕も心得てるよ。とにかく、家に閉じこもっているから、その点は当分、心配いらない」
「なら、いいんだが」
言ってはみたものの、不安は拭いきれない。替え玉受験はほんの半日だが、こちらは残る一生、ずっとなりすまさねばならない。どうしても不安が残る。
「休学の手続きは、私がやっておこう。下手に大学に行って、事務員に不審感を持たれてもまずいだろうからな」
「そうか……兄貴が知らない内に、顔見知りになっている人もいるかもしれないんだ。厄介な感じ」
「しばらく休学したって、事務員は覚えているかもしれんな……。休学届けを出す際、どの事務員が進について知っているかどうかを、なるべく調べてみよう。それが分かれば、そいつに近付かないようにすることで何とかなる」
「もし、どうしても入れ替われそうにないとなったら? つまり、兄貴が、あまりにたくさんの人に知られていたら」
「そのときは……大学をやめるしかないだろうな。やめてしまえば、ほぼ一からのやり直しが利く。だが、これは飽くまでも最後の手だ。やめなくてすむ策を第一に考えているんだからな」
それからも細々とした点について話し合ってみた。が、いずれも、現時点では明確な方針が打ち出せないものだった。先のことはもう、行き当たりばったりで窮地をしのいでいくしかない。
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