ミガワレル

崎田毅駿

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7.入れ替わる

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「仮定の話として考えてみよう。その価値はありそうだな。……問題はあるが、いなくなるのはいいとしよう。その間、おまえはどこに身を隠すのだ?」
「どうにでもなる、そう考えてますよ。まあ、いなくなるときの状況設定によるかな。仮定の話として考えるにしても、そこから始めないと何も出てこないですよ、お父さん」
「そ、そうだな」
 本当ならば、実際の計画として議論したいぐらいなのだが、それをあっさりと口にするのははばかられた。どうにかして、万人に知られてもよいような優れた解決案を出せないものか……。しかし、そんな案があるはずもなかった。今は、正の言う方法を煮詰めるしかない。
「最初に確認しておきたい。おまえは、進として生きる気はないのだな?」
「ほんの一時期ならともかく、一生なんて、できる訳がないと思っているもの」
 しれっとして言う正。この様子なら、もしかすると納得させられるかもしれない。
「どうしてだ? **大の二回生として振る舞えばいい。それだけじゃないか」
「それだけって、勉強が追いつけないよ」
「いや、大学の授業ってものは、講義単位だからな。さほど気にしなくてもいいはずだ」
「……仮にそうだとしても、人間関係はどうするの? 誰とどんな風に付き合っていたのか、ほとんど知らない。僕と違って兄さんは交友範囲が広い」
「それぐらい、頭に叩き込めばいい」
「それができるぐらいなら、浪人していない。暗記は嫌いだ」
「……休学すればいい。弟の死にショックを受けたとかいう理由で、表向きは立つ。進の人間関係を覚えてから復学するんだ」
「……」
「それに一年も休学すれば、人間ががらりと入れ替わるからな。覚えるべき人数も絞れるはずだ。いっそのこと三年休学してしまえば、知っている連中は皆卒業だ」
「そんなに休学、できやしないよ。やめさせられる」
「大丈夫なんだ。大学に籍を置く期間は、最大で八年間とされている。まあ、これは最終手段だが」
「……」
 いくらか迷う様子を見せるようになった正。あと一押しとばかりに、言い添える。
「おまえがさっき言ったやり方では、おまえの戸籍がなくなってしまう。何だかんだと不便が出てくるに決まっているんだ。分かり易い部分を言えば、結婚できないとか、車の免許が取れないとかな。
 それに比べれば、進になりすます方が遥かに楽だ。名前の一文字が違うだけで、他は一緒だ」
「絶対にばれない? 指紋とか血液型とか」
「ばれるものか。指紋なんて調べる奴、どこにもいやしない。血液型については全く問題ない。双子――一卵性双生児の場合、血液型は全く同じだ。私にはよく分からんのだが、DNAも全く同一の成り立ちをしているそうだ。だから区別の着けようがない」
「じゃあ……本当に問題なのは、兄貴と知り合いの人達だけか」
 ぽつりと言った正。もはや、入れ替わる考えに傾いている。そうに違いないと確信した。
「こちらの方法にしてくれないか。もし、おまえの言った方法を採れば、私はともかく、母さんは子を二人とも失うことになる。そりゃ、いつかは真実を告げる日も来るんだろうが、それまで騙すのは心苦しい」
 どちらにしろ、騙すことには変わらないのだが。心的ショックを大きくしてまで騙すか、このまま一生騙し通すかの違いだ。
 そんな私の気持ちを嘲るように、正が口を開いた。
「へえ、お父さんにもそんな気持ちがあったんだ。家族を大切にってね」
「正?」
「それ、本心? だったら、もっと早く、僕達のことを顧みて欲しかったな。お父さんがそうしてくれてたら、こんな面倒にはならなかったかもしれない」
「この……」
 手が出そうになったが、何とか思いとどまる。正が大学に合格できないから、こうなったのだ。私は悪くない。――この台詞も、喉の奥で押し止めることに、どうにか成功した。
「正、決めるんだ。早い方がいい」
「……じゃあ、入れ替わってもいいかな」
 ふざけたような口ぶり。これ以上ないほどの分岐点だというのに、自分の息子が何を考えているのか分からない。
「それでいいんだな?」
「いいよ。これが失敗しそうになったら、僕――『松坂進』が失踪すればいいんだから。二段構えの作戦になっていい」
「そんな失敗した場合なんて、一切、考えるな。とにかく、おまえは進になりきるんだ。いいな」
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