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6.善後策その二
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普段の口調だ。だが、大声で詰問されるよりも嫌なものがあった。
「まあ、待て」
手で制してから、言うべき台詞を考える。こちらも頭の中が混乱しており、思考にまとまりがない。
「……健康診断のとき、変に思われなかったか?」
「ああ、あの医者なら、兄貴と僕の見分けなんて、元々できていないよ。進だと言えば進で通ります」
正は、どうでもいいというように、早口で答えた。
「それよりも、これからどうなるんですか」
「……今さら、本当のことを明かす訳にもいくまい」
それだけ言うのが精一杯で、あとは足を組む動作で、気持ちを曖昧に隠す。
「じゃ、じゃあ」
呆気に取られたような目で、正は私を責める。
「これからずっと、兄さんとして生きろと言うんですか? 松坂正を殺し、松坂進として生きろと?」
「それしかない」
一転、強く出る。いつもの威厳を保たねばならない。そうしなければ、丸め込めるはずもない。
「冗談!」
声を高めた正を、すぐにたしなめる。外に声が漏れてはまずいのだ。
すると今度は、言葉遣いが荒くなった。こんな話し方をする正を見た記憶は、全くない。
「……どういうつもりなんだよ……」
「正……」
「そっちの勝手で入れ替わらされて、もう戻れないって? 全く、冗談じゃないよ」
「……」
強く出るつもりだったのだが、言葉が出ない。
「そっちは替え玉させていたことがばれなきゃ、それでいいんだろう? だったら、こうしようよ。今度のことは、僕と兄さんの間だけで成立していたことだってね。そうしたら、そちらには影響がない」
「馬鹿な。そこまでできるか」
口ではこう言ったものの、心では、そういう道もあったなと考えていた。しかし、正の言う方法を採ったにしても、私への影響はゼロでは決してない。替え玉受験をするような子供を育てた親だとか、それほどまでに子供達を追い詰めた親だとか、とにかく悪い風に書き立てられるかもしれない。その可能性は大いにある。
「おまえ……」
相手の矛先をかわそうと試みた。
「帰って来るのが遅かったが、まさか、この秘密、誰彼となく言い触らしてはいないだろうな」
「この秘密って替え玉のこと? 当たり前だよ。何でも父さんに相談しないとできない性分だからね、僕は」
皮肉な調子だった。とにかく、自棄になっていないことだけは分かった。
「なあ、考えてくれ」
今度は懐柔策めいてきた。ころころと変わる自分の口調がおかしい。
「替え玉をやったのがばれたら、自分達はおしまいなんだぞ。誰が計画したかなんて、この際、関係ないんだ。命がけでもこのことは秘密にする必要がある」
「命がけ、ね」
軽蔑するような態度が見られた。かまわずに続ける。
「秘密にするためにはどうすればいいか。おまえが進になる、それしかないんだ」
続けようとしたところへ、正の言葉が重なってきた。
「もう一つ、あるよ」
「何?」
思わず、目を剥いてしまう。他に方法があるというのか? 目で続けるよう、息子を促す。
「僕が死ねばいい」
驚くべき言葉。正の口から発せられたそれの持つ意味は、衝撃的な見えない光を放っている。
「な、何を言っている。分かって言っているんだろうな?」
「分かってるさ、お父さん」
射すくめるような視線。知っている息子の目ではなかった。
「僕が死ねば、何もかも解決するよ。双子の兄も弟も死んでしまえば、双子の入れ替わりなんて意味がなくなるんだ。替え玉受験があったなんて、考える人はいなくなる。僕も、不自然な入れ替わり生活をする苦労から開放され、楽になれる。これほどの名案は他にない」
「……」
絶句。
何か言おうと、口を動かしてみるが、空気を噛むばかりだ。
「どうしたの、お父さん? 一つの考え方ではあるだろ」
「――自殺する気か、この馬鹿者が」
これが違う状況であれば、思い切り怒鳴りつけた上、手も出しているかもしれない。しかし、今は騒ぐに騒げない。静かにたしなめるがごとく、叱る。
「やだなあ、お父さん」
正の表情が変わった。まさか、冗談のつもりで今の意見を言ったのか。真面目に受け取っては、愚かな目に遭いかねない……?
「じょ、冗談なんだな」
「いえ、意見としては大真面目ですよ、お父さん」
いちいち気に障る言い方をするようになった正。だが、それを注意している暇はいっさいない。
「では、どういうつもりなんだ」
「僕が死んだことにすればいい。実際に死ななくてもいいんです。僕がいなくなれば、同じ結果が期待できる」
ちょっとした死角にあった方法。正が言ってくれたその方法を、噛みしめるように考える。
「まあ、待て」
手で制してから、言うべき台詞を考える。こちらも頭の中が混乱しており、思考にまとまりがない。
「……健康診断のとき、変に思われなかったか?」
「ああ、あの医者なら、兄貴と僕の見分けなんて、元々できていないよ。進だと言えば進で通ります」
正は、どうでもいいというように、早口で答えた。
「それよりも、これからどうなるんですか」
「……今さら、本当のことを明かす訳にもいくまい」
それだけ言うのが精一杯で、あとは足を組む動作で、気持ちを曖昧に隠す。
「じゃ、じゃあ」
呆気に取られたような目で、正は私を責める。
「これからずっと、兄さんとして生きろと言うんですか? 松坂正を殺し、松坂進として生きろと?」
「それしかない」
一転、強く出る。いつもの威厳を保たねばならない。そうしなければ、丸め込めるはずもない。
「冗談!」
声を高めた正を、すぐにたしなめる。外に声が漏れてはまずいのだ。
すると今度は、言葉遣いが荒くなった。こんな話し方をする正を見た記憶は、全くない。
「……どういうつもりなんだよ……」
「正……」
「そっちの勝手で入れ替わらされて、もう戻れないって? 全く、冗談じゃないよ」
「……」
強く出るつもりだったのだが、言葉が出ない。
「そっちは替え玉させていたことがばれなきゃ、それでいいんだろう? だったら、こうしようよ。今度のことは、僕と兄さんの間だけで成立していたことだってね。そうしたら、そちらには影響がない」
「馬鹿な。そこまでできるか」
口ではこう言ったものの、心では、そういう道もあったなと考えていた。しかし、正の言う方法を採ったにしても、私への影響はゼロでは決してない。替え玉受験をするような子供を育てた親だとか、それほどまでに子供達を追い詰めた親だとか、とにかく悪い風に書き立てられるかもしれない。その可能性は大いにある。
「おまえ……」
相手の矛先をかわそうと試みた。
「帰って来るのが遅かったが、まさか、この秘密、誰彼となく言い触らしてはいないだろうな」
「この秘密って替え玉のこと? 当たり前だよ。何でも父さんに相談しないとできない性分だからね、僕は」
皮肉な調子だった。とにかく、自棄になっていないことだけは分かった。
「なあ、考えてくれ」
今度は懐柔策めいてきた。ころころと変わる自分の口調がおかしい。
「替え玉をやったのがばれたら、自分達はおしまいなんだぞ。誰が計画したかなんて、この際、関係ないんだ。命がけでもこのことは秘密にする必要がある」
「命がけ、ね」
軽蔑するような態度が見られた。かまわずに続ける。
「秘密にするためにはどうすればいいか。おまえが進になる、それしかないんだ」
続けようとしたところへ、正の言葉が重なってきた。
「もう一つ、あるよ」
「何?」
思わず、目を剥いてしまう。他に方法があるというのか? 目で続けるよう、息子を促す。
「僕が死ねばいい」
驚くべき言葉。正の口から発せられたそれの持つ意味は、衝撃的な見えない光を放っている。
「な、何を言っている。分かって言っているんだろうな?」
「分かってるさ、お父さん」
射すくめるような視線。知っている息子の目ではなかった。
「僕が死ねば、何もかも解決するよ。双子の兄も弟も死んでしまえば、双子の入れ替わりなんて意味がなくなるんだ。替え玉受験があったなんて、考える人はいなくなる。僕も、不自然な入れ替わり生活をする苦労から開放され、楽になれる。これほどの名案は他にない」
「……」
絶句。
何か言おうと、口を動かしてみるが、空気を噛むばかりだ。
「どうしたの、お父さん? 一つの考え方ではあるだろ」
「――自殺する気か、この馬鹿者が」
これが違う状況であれば、思い切り怒鳴りつけた上、手も出しているかもしれない。しかし、今は騒ぐに騒げない。静かにたしなめるがごとく、叱る。
「やだなあ、お父さん」
正の表情が変わった。まさか、冗談のつもりで今の意見を言ったのか。真面目に受け取っては、愚かな目に遭いかねない……?
「じょ、冗談なんだな」
「いえ、意見としては大真面目ですよ、お父さん」
いちいち気に障る言い方をするようになった正。だが、それを注意している暇はいっさいない。
「では、どういうつもりなんだ」
「僕が死んだことにすればいい。実際に死ななくてもいいんです。僕がいなくなれば、同じ結果が期待できる」
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