ミガワレル

崎田毅駿

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5.善後策

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 言いながら、生き残ったもう一人の息子は、美沙子の横をすり抜けるようにして居間に入った。
「どうしていたんだ?」
 美沙子の予想していたよりもずっと静かな口調で、夫が聞いた。もっと怒ると思っていたのだが……。外からは窺い知れないが、この人にも正を失ったショックが渦巻いているのだろうか。美沙子はそんな心配を抱いていた。
「やあ、江崎さん……君も来ていたの」
 夫の言葉――息子からすれば絶対的であるはずの父親の言葉を無視して、双子の片割れは言った。目は江崎優佳の方を向いている様子。彼女の方は、戸惑ったような表情から、黙礼を送った。
 やがて視線を戻すと、彼は震える声で答えた。
「弟……正が死んだと聞いて、凄くショックを受けて……。受けたというか、衝撃みたいな感覚が、身体の中を貫いたような……。それがさ、実は、事故の連絡を受ける前に、感じていたんだよ。あとで聞いたら、その時間、正が交通事故にあった時刻と重なっているんだ」
「す、進……」
「双子だけにある、精神感応とかシンクロニシティとかいうやつなのかな……。今まで信じちゃいなかったけれど、実際に体験して、初めて信じそうになってる。
 どうしていたのか、だっけ。何だか分からないんだけど、ずっと身体に伝わるものがあって……帰るに帰れなかった。さっきも言った、精神感応だと思うんだ。弟の声が聞こえる気がして……『置いて行かないでほしい』って」
「どこにいたの? 健康診断のあと」
「色々と……日の高い内は公園にいた。それから図書館に行ったり、喫茶店に入ったり。さすがに映画館には入る気になれなかったよ」
 ため息混じりに言うと、彼はついと居間を出て行こうとした。
「待って、明日の話とか」
「もうしばらく、一人でいさせて」
 美沙子の言葉に、息子は冷たい声で応じた。話している言葉は決して冷たくないのだが、その口調は……。
 美沙子は仕方なくなって、夫の方を見た。
 彼は、うむという風にうなずくと、子供の背に声をかけた。
「進」
「……何、お父さん」
 振り返った息子の目は、光が感じられず、まるで精気が抜けてしまったようであった。
「気が向いたらでいい。あとで部屋に来なさい。話がある」
「……分かった」
 ゆるゆると意志表示をすると、彼はまた背を向け、これもゆっくりとした足取りで階段を上がり始める。
 黙って見送るしかない美沙子。
「……進君、大丈夫でしょうか」
 その姿が見えなくなるのを待っていたように、江崎が言った。
「え? ええ」
 反応できたのは美沙子だった。無理に取り繕って小さな笑みを浮かべると、美沙子は答えた。
「きっと……大丈夫よ。ね、江崎さん。今日は本当にありがとう。助かったわ。もう、ここまででいいわ。あんまり遅くなると、何かと大変だし」
「はい……」
 この重苦しい雰囲気から解き放たれて救われたような、その一方で後ろ髪を引かれるような、そんな二つの感情。その二つが入り交じったような、複雑な表情で江崎は帰って行った。
 美沙子と夫、二人だけになる。互いに顔を見合わせるも、すぐには会話は再開されない。
 美沙子は逡巡していた。これからの話をすべきだろうか、正の思い出を語るべきだろうか。他にもしなければならない話がいくらでもある気がして、頭の中がまとまらない。
「疲れた」
 不意に、夫がぽつりと言う。
「部屋で休ませてもらおう。進が来るだろうしな」
 それだけ言い置くと、彼はさっさと立ち上がった。
 美沙子も疲れている自分を意識したので、別に止めようとはしなかった。

 自分の部屋、明かりはいつもより一段階、落としていた。立派な机に両肘をついて頭を抱えるようにしているところへ、ノックの音がした。
「入れ」
 ぶっきらぼうな調子で言う。それでものろのろと振り返ると、ドアを後ろ手に閉めている息子の姿を見た。
「お父さん」
 その声はうわずっている。しかし、目はしっかりとこちらを見据えている。
「……正、なんだな?」
 自分で指示したこととはいえ、自信がなかった。目の前にいる双子の片割れがうなずいてくれたおかげで、ようやく安心できた。
「とにかく……座ったらどうだ」
 突っ立っている正――今や一人しかいなくなってしまった息子に、そう言葉をかけた。素直に応じてくれた。
「どうするんです、お父さん」
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