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歩きながらちょっと振り返り、また視線を前に戻すクラステフ。
「まずいとはどういう意味?」
「文字通り、食事の味についてです。がまんしてこちらの食堂に行くというのでしたら、仕事の話は封印してでも、外の食事処を利用するのがよいのではないかと」
「ああ、そういうこと。ううん、まずくはないわよ。ただ、メニューが代わり映えしないから、ちょっと飽きが来ているってこと。分かった?」
「理解しました。でも飽きが来ているのなら、なおのこと目先を変えた方がよいかと思いますよ。食事は人生の中の楽しみの一つでしょう。それを一度でも棒に振るのはもったいない」
「棒に振るは言い過ぎ。食堂の係のおばさんたちが聞いたら、怒り出すわね、きっと。でもまあ、あなたの話にも一理あるのは確か。仕事以外のおしゃべりで間を保たせる自信がある? ならば店に行きましょう」
「賛同しますが、これはどうしたらよいのですかね。こちらの施設への、えっと、立ち入り許可証、ですか」
許可証を指先でつまみ、軽く振る。再び振り返ったクラステフが、少し間を取ってから答えた。
「レイモンドは時間がたっぷりあるのかしら? ここにまた引き返してくるくらいの」
「はい、今日であれば終日。特段、早く帰って早く休まねばならぬ理由もありはしません」
「それなら前もって連絡をくれればよかったのにね。研究所の外で待ち合わせた方が、二度手間にならずに済んだ」
「え、ということはつまり、いちいち返却せねばならないと」
「面倒だけど、その通り。曲がりなりにも国の施設で、機密事項を扱う場合もあるし、厳格かつ画一的にやらざるを得ないの」
クラステフの解説にレイモンドは納得の首肯をした。
「なれば、次の機会に備えて、連絡方法を知っておきたいのですが」
「連絡方法って……大げさに考える必要はないわ。この研究所宛てに手紙を出せば、中身は検閲されるけれども、宛名の人の手元に届くようになっている」
「あ、そうだったんですね」
「もしかして、私の自宅の方を知りたい? ほとんど留守にしてるけれども」
「いえ、連絡が取れれば充分です」
「そう」
クラステフは小さなため息を交じえて答えると、歩く速度を上げた。
二人が昼食を摂る場として選んだのは、結局、館内の食堂であった。というのも、外へ出るつもりで廊下を歩いていると、途中で食堂の前を通り掛かった。ふと見ると、壁に張り紙があり、新メニューの提供開始の旨が記してあったのだ。
「やっぱりここでいい?」
「かまいません」
ピークを過ぎていたおかげか、中は空《す》いていた。
「今日はちょっと肌寒い感じだから、温かそうなこれにしてみるかな。レイモンドは? もちろん新作以外でもいいわよ。おごるから、好きな物を選んでちょうだい」
食堂のシステムは、カウンターを巡って好きな物を選んでいく形式だ。クラステフはメニューの小冊子を渡した。
レイモンドは文字だけのメニューを手に、たちまちしかめ面になる。
「さて、ありがたい話なのですが、選べと言われましても何が何やら想像の付かぬ物がほとんどで……」
「そう? この地に来てそれなりに月日が経っているから、色んな物を口にしたでしょうに」
「はい。日々挑戦の気持ちで様々な料理を食べてみましたよ。とても美味なる物もあれば、その真逆の物もあり、いくつか好みの味も定まっては来たのですが」
「だったら、その好みの料理から選んで決めれば? まさか、ここのメニューには載っていないなんてことはないと思うわ」
「いえ、実は、料理の名をあまり覚えておらぬもので……。非常に長ったらしく聞こえるため、好みの味の物以外はほぼうろ覚えという有様です」
「なぁんだ、それを早く言いなさい。メニュー、いらないわね」
「まずいとはどういう意味?」
「文字通り、食事の味についてです。がまんしてこちらの食堂に行くというのでしたら、仕事の話は封印してでも、外の食事処を利用するのがよいのではないかと」
「ああ、そういうこと。ううん、まずくはないわよ。ただ、メニューが代わり映えしないから、ちょっと飽きが来ているってこと。分かった?」
「理解しました。でも飽きが来ているのなら、なおのこと目先を変えた方がよいかと思いますよ。食事は人生の中の楽しみの一つでしょう。それを一度でも棒に振るのはもったいない」
「棒に振るは言い過ぎ。食堂の係のおばさんたちが聞いたら、怒り出すわね、きっと。でもまあ、あなたの話にも一理あるのは確か。仕事以外のおしゃべりで間を保たせる自信がある? ならば店に行きましょう」
「賛同しますが、これはどうしたらよいのですかね。こちらの施設への、えっと、立ち入り許可証、ですか」
許可証を指先でつまみ、軽く振る。再び振り返ったクラステフが、少し間を取ってから答えた。
「レイモンドは時間がたっぷりあるのかしら? ここにまた引き返してくるくらいの」
「はい、今日であれば終日。特段、早く帰って早く休まねばならぬ理由もありはしません」
「それなら前もって連絡をくれればよかったのにね。研究所の外で待ち合わせた方が、二度手間にならずに済んだ」
「え、ということはつまり、いちいち返却せねばならないと」
「面倒だけど、その通り。曲がりなりにも国の施設で、機密事項を扱う場合もあるし、厳格かつ画一的にやらざるを得ないの」
クラステフの解説にレイモンドは納得の首肯をした。
「なれば、次の機会に備えて、連絡方法を知っておきたいのですが」
「連絡方法って……大げさに考える必要はないわ。この研究所宛てに手紙を出せば、中身は検閲されるけれども、宛名の人の手元に届くようになっている」
「あ、そうだったんですね」
「もしかして、私の自宅の方を知りたい? ほとんど留守にしてるけれども」
「いえ、連絡が取れれば充分です」
「そう」
クラステフは小さなため息を交じえて答えると、歩く速度を上げた。
二人が昼食を摂る場として選んだのは、結局、館内の食堂であった。というのも、外へ出るつもりで廊下を歩いていると、途中で食堂の前を通り掛かった。ふと見ると、壁に張り紙があり、新メニューの提供開始の旨が記してあったのだ。
「やっぱりここでいい?」
「かまいません」
ピークを過ぎていたおかげか、中は空《す》いていた。
「今日はちょっと肌寒い感じだから、温かそうなこれにしてみるかな。レイモンドは? もちろん新作以外でもいいわよ。おごるから、好きな物を選んでちょうだい」
食堂のシステムは、カウンターを巡って好きな物を選んでいく形式だ。クラステフはメニューの小冊子を渡した。
レイモンドは文字だけのメニューを手に、たちまちしかめ面になる。
「さて、ありがたい話なのですが、選べと言われましても何が何やら想像の付かぬ物がほとんどで……」
「そう? この地に来てそれなりに月日が経っているから、色んな物を口にしたでしょうに」
「はい。日々挑戦の気持ちで様々な料理を食べてみましたよ。とても美味なる物もあれば、その真逆の物もあり、いくつか好みの味も定まっては来たのですが」
「だったら、その好みの料理から選んで決めれば? まさか、ここのメニューには載っていないなんてことはないと思うわ」
「いえ、実は、料理の名をあまり覚えておらぬもので……。非常に長ったらしく聞こえるため、好みの味の物以外はほぼうろ覚えという有様です」
「なぁんだ、それを早く言いなさい。メニュー、いらないわね」
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