忍び零右衛門の誉れ

崎田毅駿

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「洞窟のような狭い場所、ということなら、すでに我々は知っているから、あまり嬉しくありませんね。他にも波剣、カンクン・ジゼットの術が使いづらくなる状況・条件があるのなら、探り出したいところです」
「話を聞く予定の囚人が知っているという保証はないぞ。知っていても、口を割らない可能性だってある。その辺り、レイモンドは大丈夫か」
「秘密を割らせる術なら、多少の心得がある……と言い切りたいところですが、こちらの国の言語に、私はまだまだ不慣れだからなぁ。不安がついて回るのは致し方ない。と、かような訳なので、言葉の達者な人に付き添いを願いたい」
 モントレッティをじっと見るレイモンド。するとモントレッティは一拍遅れで、「俺?」と彼自身を指さした。
「言葉、しゃべりが達者なつもりは全然ないんだが。無論、異国の出の君よりはしゃべれるが、通訳として期待するのなら荷がちょっと重い。君の言いたい細かなニュアンスを汲み取って、相手に伝える自信は自分にはないぞ」
「そうですか。でも、他に頼れる人も浮かびませんし、いざとなれば頼みます」
「面会を手配した立場として、都合さえよければ着いて行くつもりではいるさ。君にとって、初めての場所になるんだし。言葉の方は……そうだ、俺なんかよりもずっと頼りになる専門家がいるじゃないか、レイモンドの知り合いに」
「専門家、私の知り合い……」
 そう言われて、すぐに思い出した。

 休日を利して、レイモンド=ニーマンは文化研究所を訪れた。花の咲き誇る陽気な季節の昼下がりだった。紐付きの立ち入り許可証とやらを首から提げているのだが、時折吹く風にはたはたと音を立てた。
 研究所の一角を占める言語研究部会の施設に入ったレイモンドは、程なくしてお目当ての人物と廊下でばったり出会う。久しぶりに見知った顔を前にし、珍しく喜色を露わにしてしまった。
「どうしたの、レイモンド? あなたがここにいるなんて」
「先生、ご無沙汰しておりました」
 身に染みついた癖で、跪きそうになるが、すんでのところで踏みとどまった。深めに会釈するにとどめる。
「ほんと久しぶり。元気そうね」
 先生と呼ばれた女性の名は、エミール=クラステフ。レイモンドこと零右衛門にこの国の言葉を教えたのは彼女だ。明朗な笑みを浮かべつつも、眉根を寄せ、「あなたに先生と呼ばれると、何だか自分が老けた気分になる」と付け加えた。
 女性の年齢について話題にすまいと、曖昧にほほ笑んで聞き流したレイモンド。
「クラステフ先生こそ息災そうで何よりです」
「仕事に追われて、運動不足気味なんだけれどね」
「何か厄介ごとでも起きましたか」
 レイモンドの問い掛けに、クラステフは少し苦笑いを浮かべた。
「厄介ごとと表現してはおかしいわね。仕事なんだから。ざっとあらましを話すと……さる名高い家系の最後の当主がお亡くなりになって、途絶えたの。残された邸宅は国の物になり、調査をしたところ、書庫から古い言葉で綴られた文書が大量に見付かってね。誰も読み解けないから、私のところにお鉢が回ってきたのだけれど、これが結構難物で」
 クラステフは頭を左右に傾け、頸部の骨を鳴らすとともに肩を自らの拳で二、三度叩いた。
「私のことなんかより、そちらの話を聞きたいわね。期待以上に活躍しているっていう報告を何度ももらっているから心配はしてないんだけど」
「話の前に、いとまはありますか」
「ええ。このあと食事のつもりだから。食べながらでいいのなら、まったく問題ないわ。あなたもお昼がまだなら、一緒にどう?」
「お供します」
「仕事についての話も出るかもしれないでしょうから、念のため、外のお店に行くのはやめて、ここの食堂でがまんするかな」
 歩き出したクラステフに、少し離れて後ろを着いていくレイモンド。今し方のクラステフの台詞をよく咀嚼してから、彼女の背中に質問を投げかけてみた。
「……そんなにまずいのですか」
「え?」
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