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まだ姿の見えない、廊下を進んでいるところであろうに、その大声は空気をびりびり震わせた。
そのせ影響を受けたのかどうかは不明だけれども、模擬武器の波剣の動きがイレギュラーに変化した。名を突然呼ばれたことだけなら驚きもせずに、交わす動作を続行できていたはずのレイモンドだが、この今までにない波剣の軌道変更には応じきれず。
「――あたっ」
金属部の角を額の中心辺りに食らい、まぶたの裏に火花が散った。ここは実戦の場ではなく道場だという意識もあり、おでこを押さえながらひざまずくと、「えーっと、ストップ願います!」と外国語で止めを掛けた。
「大丈夫ですか?」
心配して駆け寄ってくる学生達を手で制し、「心配いりません。それよりも二人とも、布や糸をおいそれと手放さぬよう、ご注意を。下手を打つと、落下してきますよ」と早口で伝えた。
そこへ最前の大声の主、モントレッティが現れる。警吏官の彼とレイモンドは同じ任務に就いたことがきっかけで、徐々に親交を深め、今では友人と呼べるまでになっていた。
「何だ、学生にやられたのか。らしくもない」
軽く笑いながら道場に足を踏み入れたモントレッティ。
「あの、モントレッティ。道場に出入りする際には一礼を」
「おお、そうだった。すまん」
素直に応じ、数歩バックしてから頭を勢いよく下げる。
今いるここ、東洋式の道場は従来からあった施設ではない。レイモンドが職務で成果を着実に上げてきた、その積み重ねが認められ、小さな体育館を改装した物である。レイモンドが教える側に回る場合も当然ある。忍術は秘とするところが多く、おいそれと伝授はしないしできないが、一般的な――レイモンドにとって一般的な東洋武術なら、希望者に対して一通り、教えるようになっていた。
「今日は何用ですか」
「昼飯に誘いに来た。といってもまだ少し時間があるから、それまでにちょっとした内緒話をしたい」
目配せをするモントレッティ。察知したレイモンドは、協力してくれた学生二名に礼を述べ、退出してもらった。
「次の機会に、ジュードーのご指南をお願いしますっ」
彼らの願いに応じると約束をして、見送った。
「して、内緒の話とは?」
振り返り様にモントレッティに問う。
「その前に、額の傷、大丈夫か?」
「何ともありませんが、血でも出ている?」
額の中心に指をやりつつ、聞き返したレイモンド。かすかな鈍痛の感触がまだ残っている。
「いや、出血はないが、引っ掻き傷みたいな線が一本」
「ああ、それくらいなら放っておいて平気でしょう。それとも、傷一つで不審人物と見なされ、職務質問されるとでも?」
「いやいや。それはもうあるまい」
レイモンドは冗談交じりに問うたつもりだったが、モントレッティは真顔で否定してきた。以前なら、東洋人のレイモンドはその外見のみを理由に不審者扱いを受け、取り調べを受けることしばしばであった。現在はレイモンド・ニーマンという存在はある程度一般にも知られ、レイモンド自身も本来の技術に西洋最新の白粉術を合わせて駆使し、西洋と東洋の混血くらいには見られるようになっている。レイモンドが普段から変装めいたことをするのには、他人との余計な摩擦を極力減らすことのみならず、他にも理由があった。忍びの者として隠密行動に従事するには、やはり目立たぬ方がよい。
「考えてみればその程度の小さな傷、化粧で消せるよな。うん、確かに問題ない。では内密の話に移るとしよう」
声のボリュームが下がる。モントレッティとレイモンドは、道場の出入り口や窓を閉めて回った。
「これでよしと。――話といってもいくつかある。まずはあれだ。君に頼まれていたやつ」
「ああ、カンクン・ジゼットについての情報を何でもいいので集めて欲しいと、お願いしていたんでした
「そう、そのカンクンだ。刑務所を訪れて受刑者連中に聞いたり、前科者に聞いて回ったりと結構疲れたぜ」
「ありがとうございます。自分が動くと何かと目立つし、元犯罪者各位へのつながりもないので、あなた方に依頼するほかなかったもので」
「あ、いや、恩着せがましく聞こえたらすまない。そういう意図はなかった。それだけの甲斐があったってことを言いたかった」
そのせ影響を受けたのかどうかは不明だけれども、模擬武器の波剣の動きがイレギュラーに変化した。名を突然呼ばれたことだけなら驚きもせずに、交わす動作を続行できていたはずのレイモンドだが、この今までにない波剣の軌道変更には応じきれず。
「――あたっ」
金属部の角を額の中心辺りに食らい、まぶたの裏に火花が散った。ここは実戦の場ではなく道場だという意識もあり、おでこを押さえながらひざまずくと、「えーっと、ストップ願います!」と外国語で止めを掛けた。
「大丈夫ですか?」
心配して駆け寄ってくる学生達を手で制し、「心配いりません。それよりも二人とも、布や糸をおいそれと手放さぬよう、ご注意を。下手を打つと、落下してきますよ」と早口で伝えた。
そこへ最前の大声の主、モントレッティが現れる。警吏官の彼とレイモンドは同じ任務に就いたことがきっかけで、徐々に親交を深め、今では友人と呼べるまでになっていた。
「何だ、学生にやられたのか。らしくもない」
軽く笑いながら道場に足を踏み入れたモントレッティ。
「あの、モントレッティ。道場に出入りする際には一礼を」
「おお、そうだった。すまん」
素直に応じ、数歩バックしてから頭を勢いよく下げる。
今いるここ、東洋式の道場は従来からあった施設ではない。レイモンドが職務で成果を着実に上げてきた、その積み重ねが認められ、小さな体育館を改装した物である。レイモンドが教える側に回る場合も当然ある。忍術は秘とするところが多く、おいそれと伝授はしないしできないが、一般的な――レイモンドにとって一般的な東洋武術なら、希望者に対して一通り、教えるようになっていた。
「今日は何用ですか」
「昼飯に誘いに来た。といってもまだ少し時間があるから、それまでにちょっとした内緒話をしたい」
目配せをするモントレッティ。察知したレイモンドは、協力してくれた学生二名に礼を述べ、退出してもらった。
「次の機会に、ジュードーのご指南をお願いしますっ」
彼らの願いに応じると約束をして、見送った。
「して、内緒の話とは?」
振り返り様にモントレッティに問う。
「その前に、額の傷、大丈夫か?」
「何ともありませんが、血でも出ている?」
額の中心に指をやりつつ、聞き返したレイモンド。かすかな鈍痛の感触がまだ残っている。
「いや、出血はないが、引っ掻き傷みたいな線が一本」
「ああ、それくらいなら放っておいて平気でしょう。それとも、傷一つで不審人物と見なされ、職務質問されるとでも?」
「いやいや。それはもうあるまい」
レイモンドは冗談交じりに問うたつもりだったが、モントレッティは真顔で否定してきた。以前なら、東洋人のレイモンドはその外見のみを理由に不審者扱いを受け、取り調べを受けることしばしばであった。現在はレイモンド・ニーマンという存在はある程度一般にも知られ、レイモンド自身も本来の技術に西洋最新の白粉術を合わせて駆使し、西洋と東洋の混血くらいには見られるようになっている。レイモンドが普段から変装めいたことをするのには、他人との余計な摩擦を極力減らすことのみならず、他にも理由があった。忍びの者として隠密行動に従事するには、やはり目立たぬ方がよい。
「考えてみればその程度の小さな傷、化粧で消せるよな。うん、確かに問題ない。では内密の話に移るとしよう」
声のボリュームが下がる。モントレッティとレイモンドは、道場の出入り口や窓を閉めて回った。
「これでよしと。――話といってもいくつかある。まずはあれだ。君に頼まれていたやつ」
「ああ、カンクン・ジゼットについての情報を何でもいいので集めて欲しいと、お願いしていたんでした
「そう、そのカンクンだ。刑務所を訪れて受刑者連中に聞いたり、前科者に聞いて回ったりと結構疲れたぜ」
「ありがとうございます。自分が動くと何かと目立つし、元犯罪者各位へのつながりもないので、あなた方に依頼するほかなかったもので」
「あ、いや、恩着せがましく聞こえたらすまない。そういう意図はなかった。それだけの甲斐があったってことを言いたかった」
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