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「もう一度だけ、お願いします」
レイモンド・ニーマンは軽い一礼の後、左右の足を順にとんとんと畳に打ち付け、踏みしめた。それから全身の力をほどよく抜く。
本日ここまでの修練では、某かの構えを取って相手の持つ武器――波剣――の動きに応対しようと試みてきた。結果、うまく対処できる構えもあれば、端から必敗の型もあった。それはそれで勉強になったのは言うまでもない。レイモンドはしかと頭と身体にたたき込んだ。
しかし実戦となると、敵が常に正面から来てくれるとは限らぬ。むしろ、そうでない方が圧倒的に多いだろう。不意打ちを仕掛けてくるやもしれない。そういった場合にどのような対処ができるか、そもそも気配を感じ取れるものなのか、試しておくことにした。
無論、これは極めて軽い模擬戦であり、相手も己も殺意は本物ではない。また、相手が持っている武器も、レイモンドが先日遭遇した本物の波剣ではなく、記憶に頼って再現した物であった。
「布みたいにひらひら波打ち、それでいて先端は大振りで切れ味鋭い刃? そんなもん作れるかなあ? 作れるんだったらとっくに量産されて、兵士に供与されてるんじゃないか」
修練の前に、武器職人何名かを訪ねて、これこれこういう武器を作れないでしょうかと聞いて回った。返事は揃って、恐らくは設計図がないと難しい、だった。
仕方がないので、とりあえずの代用品として、なるべく丈夫でなるべくなめらかな布を適当な長さにカットし、その一端には保持しやすいように持ち手を付け、もう一端には金属板を装着した物を作ってもらった。金属部に刃はない。
とは言え、記憶頼みかつ見よう見まねでこしらえた武器もどき、うまく操れるはずもない。布の端を持って操作するには、先端の金属が重すぎた。しょうがないので、先端の金属には長くて丈夫な糸をつないだ。天井にはにわかごしらえしたレールに可動式のフックを付け、そのフックに先ほどの糸を通す。武器を持っている者とは別の、補助役の男が糸を手繰ったり緩めたりすることで、適当に動かすという手段を採ってみた。結果、補助役の方が主体的に動かすことになってしまったが、とりあえず、訓練にはなっている。
レイモンドは半眼になり、意識を研ぎ澄ませた。適度な緊張感を維持しつつ、いざというときに動ける脱力、その均衡を探る。もちろん、練習とは言え、相手は待ってくれない。だいたい、レイモンドの心身の準備が整ったかどうかなど、外目からは判断できまい。
(――音が)
猿と大蛇の威嚇する吠え声が入り混じったような、敷いて文字に起こせば「きしゅあぁ」とでもなろうかという音が微かに聞こえ、そこに鳥の羽ばたきが加わる。
(なるほど。この音の起こりを即座に察することを可能たらしめれば、応戦も充分に)
と、分析するいとまもなく、背後からの気配の接近を察知して身を沈めるレイモンド。同時に目をしっかり見開き、かわせたことを確かめる。
(この武器もどきが、本物をどこまで再現できているのか、甚だ心許ないとは言え、応戦の端緒が掴めたかもしれない。これは大きい。あとは――)
連続する攻撃を避けつつ、そのひらひらと舞い踊るような布の動きに目を凝らす。
(布に該当する箇所に、触れてよいものかどうか。今めにしているようなただの布なら、手足で触れて、絡め取るなり、弾くなり、容易く対処できるんだが。先端の刃物と同様の斬れ味が、布の縁に持たせてあるとしたら……肉をそぎ落とされてはたまらぬ)
鎖帷子で保護するくらいしか対応策を思い付かない。防御のメリットと、重さで動きが鈍くなるリスクと、どちらを取るべきか。同じように手先を重たくするくらいなら、普段から刀でも握っていた方が有益だが、さすがに許可が下りまい。
(唯一、救いなのは、あのときの敵――ティグレオンとやらが、力や技を好んで試したがる性格らしいこと。あの手の輩は、不意打ち・闇討ちといったやり口は極力避け、対等な勝負を望む場合が多い……あくまでもこちらに都合のよい解釈ではあるが)
忍びの者たるレイモンド・ニーマンには、相手の技倆をすべて受け止めた上で勝利しよう、等という思想は皆無だ。そのような考え方を持つ者が存在することは理解できるし、たいした思想だと感心もする。だが、少なくとも忍びの者として行動をするとき、レイモンドが念頭に置いているのは、生き延びること。ただ生き延びるだけでなく、任務の遂行を伴わねば意味をなさない。ましてや、主君――今この国における雇い主を裏切ってまで生き延びては、末代までの恥というもの。
(そういえば、狭い場所を苦手とするようだったな、あのティグレオンのカンクン・ジゼットなる術は。各所に洞穴でも掘ってもらおうかな)
詮無きことを考えつつも、レイモンドの動きは落ちない。仮想・波剣の攻撃をかわし続けている。守るだけならどうにかなりそうだが、反撃もしくは逃走の段取りとなると、まだまだ突破口を見付けられないでいる。
(そろそろ終わり時か)
相手をしてくれている二人の学生――警吏官学校の――にも疲れが見え始めている。あと十回、かわしたところで切り上げようかと算段を付けたそのタイミングで、道場に声が轟いた。
「レイモンド、いるかあ? こっちだと聞いたが」
レイモンド・ニーマンは軽い一礼の後、左右の足を順にとんとんと畳に打ち付け、踏みしめた。それから全身の力をほどよく抜く。
本日ここまでの修練では、某かの構えを取って相手の持つ武器――波剣――の動きに応対しようと試みてきた。結果、うまく対処できる構えもあれば、端から必敗の型もあった。それはそれで勉強になったのは言うまでもない。レイモンドはしかと頭と身体にたたき込んだ。
しかし実戦となると、敵が常に正面から来てくれるとは限らぬ。むしろ、そうでない方が圧倒的に多いだろう。不意打ちを仕掛けてくるやもしれない。そういった場合にどのような対処ができるか、そもそも気配を感じ取れるものなのか、試しておくことにした。
無論、これは極めて軽い模擬戦であり、相手も己も殺意は本物ではない。また、相手が持っている武器も、レイモンドが先日遭遇した本物の波剣ではなく、記憶に頼って再現した物であった。
「布みたいにひらひら波打ち、それでいて先端は大振りで切れ味鋭い刃? そんなもん作れるかなあ? 作れるんだったらとっくに量産されて、兵士に供与されてるんじゃないか」
修練の前に、武器職人何名かを訪ねて、これこれこういう武器を作れないでしょうかと聞いて回った。返事は揃って、恐らくは設計図がないと難しい、だった。
仕方がないので、とりあえずの代用品として、なるべく丈夫でなるべくなめらかな布を適当な長さにカットし、その一端には保持しやすいように持ち手を付け、もう一端には金属板を装着した物を作ってもらった。金属部に刃はない。
とは言え、記憶頼みかつ見よう見まねでこしらえた武器もどき、うまく操れるはずもない。布の端を持って操作するには、先端の金属が重すぎた。しょうがないので、先端の金属には長くて丈夫な糸をつないだ。天井にはにわかごしらえしたレールに可動式のフックを付け、そのフックに先ほどの糸を通す。武器を持っている者とは別の、補助役の男が糸を手繰ったり緩めたりすることで、適当に動かすという手段を採ってみた。結果、補助役の方が主体的に動かすことになってしまったが、とりあえず、訓練にはなっている。
レイモンドは半眼になり、意識を研ぎ澄ませた。適度な緊張感を維持しつつ、いざというときに動ける脱力、その均衡を探る。もちろん、練習とは言え、相手は待ってくれない。だいたい、レイモンドの心身の準備が整ったかどうかなど、外目からは判断できまい。
(――音が)
猿と大蛇の威嚇する吠え声が入り混じったような、敷いて文字に起こせば「きしゅあぁ」とでもなろうかという音が微かに聞こえ、そこに鳥の羽ばたきが加わる。
(なるほど。この音の起こりを即座に察することを可能たらしめれば、応戦も充分に)
と、分析するいとまもなく、背後からの気配の接近を察知して身を沈めるレイモンド。同時に目をしっかり見開き、かわせたことを確かめる。
(この武器もどきが、本物をどこまで再現できているのか、甚だ心許ないとは言え、応戦の端緒が掴めたかもしれない。これは大きい。あとは――)
連続する攻撃を避けつつ、そのひらひらと舞い踊るような布の動きに目を凝らす。
(布に該当する箇所に、触れてよいものかどうか。今めにしているようなただの布なら、手足で触れて、絡め取るなり、弾くなり、容易く対処できるんだが。先端の刃物と同様の斬れ味が、布の縁に持たせてあるとしたら……肉をそぎ落とされてはたまらぬ)
鎖帷子で保護するくらいしか対応策を思い付かない。防御のメリットと、重さで動きが鈍くなるリスクと、どちらを取るべきか。同じように手先を重たくするくらいなら、普段から刀でも握っていた方が有益だが、さすがに許可が下りまい。
(唯一、救いなのは、あのときの敵――ティグレオンとやらが、力や技を好んで試したがる性格らしいこと。あの手の輩は、不意打ち・闇討ちといったやり口は極力避け、対等な勝負を望む場合が多い……あくまでもこちらに都合のよい解釈ではあるが)
忍びの者たるレイモンド・ニーマンには、相手の技倆をすべて受け止めた上で勝利しよう、等という思想は皆無だ。そのような考え方を持つ者が存在することは理解できるし、たいした思想だと感心もする。だが、少なくとも忍びの者として行動をするとき、レイモンドが念頭に置いているのは、生き延びること。ただ生き延びるだけでなく、任務の遂行を伴わねば意味をなさない。ましてや、主君――今この国における雇い主を裏切ってまで生き延びては、末代までの恥というもの。
(そういえば、狭い場所を苦手とするようだったな、あのティグレオンのカンクン・ジゼットなる術は。各所に洞穴でも掘ってもらおうかな)
詮無きことを考えつつも、レイモンドの動きは落ちない。仮想・波剣の攻撃をかわし続けている。守るだけならどうにかなりそうだが、反撃もしくは逃走の段取りとなると、まだまだ突破口を見付けられないでいる。
(そろそろ終わり時か)
相手をしてくれている二人の学生――警吏官学校の――にも疲れが見え始めている。あと十回、かわしたところで切り上げようかと算段を付けたそのタイミングで、道場に声が轟いた。
「レイモンド、いるかあ? こっちだと聞いたが」
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