忍び零右衛門の誉れ

崎田毅駿

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 余裕のある口調を保とうと、レイモンドも内では必死だった。
 騎士が小刀でも持っていたら、騎士の生死にかまわず射手が撃ってきたら等等、厄介な事態が起こることも充分に考えられる。
「――降参だ」
 相手は弓と矢を捨てた。
「命を賭す義務は、俺にはない」
 ところが、レイモンドの手中にある騎士は違った。
「馬鹿なっ。罪を認めても、命はない。あの人から命じられたと訴えても、誰も信じやしないんだぞ!」
 レイモンドは刀の峰で、騎士を打ち倒した。うまく気絶させられたようだ。
 返す刀で、もう一人の男に詰め寄る。
「どういうことだ? 誰からの命令で動いている?」
「……」
 騎士の男の言葉で気が変わったのか、相手は黙り込んでしまった。
「答えよ!」
 レイモンドの一喝にも、口を開こうとしない。
「……警吏官六人を殺したのは、おまえ達だな?」
 男は変わらず黙り続けていたが、かすかに首を縦に振った。
「警吏への恨みか? おまえ達を使っている者は、警吏に恨みがあるのか?」
「知れば驚くだろう、おまえも」
 ようやく男が喋り始めたそのとき――。
 風を切る音を伴い、森のある方から何かが近付いてくる。察したレイモンドは、その場を飛び退いた。
 次に見たとき、男の頭部は消えていた。そして、スローモーションのごとく、頭が地面に落ちてきた。
「二人まとめて始末するつもりが」
 笑いながらの声が聞こえてきた。愉快でたまらないという響きを含んでいる。
 レイモンドは見た。
 頭に白い布――ターバン――を巻き付け、目だけを出している男がゆっくりとこちらに来るのを。痩身で身が軽そうな印象。右手に長く薄い鋼の板を持っている。金属製の反物があればこうであろう。柄は木製の取っ手だ。
(初めて見る。あれで首を切り落とした……)
 警戒する以上に、危機感を強めるレイモンド。
「ふむ。我が波剣をかわすとはどんな奴かと思えば、ふふ。似たようななりをしておるな、お互い」
 確かに、黒と白の違いこそあれ、レイモンドの今の格好と、第三の男の姿は似通っていた。ただ、第三の男の衣服は薄手で、軽そうだ。防禦よりも動きやすさを優先したように見える。
「どこの暗殺術を身に着けておる?」
 敵の思わぬ問いかけに、レイモンドは戸惑った。
(暗殺術? 忍術は人をあやめるだけの術ではない。いや、それよりも、こいつは暗殺の達人か。これは危ない)
「我から名乗ろう。もっとも、通称だがな。南海の暗殺術、カンクン・ジゼットの使い手、ティグレオンだ」
「……」
 どうすべきか、懸命に考えるレイモンド。
(自ら名乗るとは、よほど自信のある証左。あの波板とやらも、有効な距離が分からぬ)
 未知の敵には、逃げるのが最良の策。結論を得たレイモンドは、逃げ道を探った。
 しかし、ティグレオンに隙は見出せない。
「どうした? 名乗ってくれぬか」
 相変わらず、笑っているような口調。
「まあよい、手合わせを願おう。もう一人の始末は、それからだ」
 じりっと、一歩を踏み出したティグレオン。
 つばを飲み込むレイモンド。一つ、閃いたことがあった。ただし、それでうまく行くかどうか、保証はない。が、選ぶ道は他になかった。
 敵が攻撃するよりも前に、彼は後方に飛んだ。バク転を繰り返し、鍾乳洞の前に到着。
(出られなくなっては、お笑い種だ)
 レイモンドは図面を取り出すと、瞬時に記憶。ティグレオンの接近を待たず、穴の中に身を寄せた。
「――考えおったわ!」
 洞窟の入り口付近で、ティグレオンの声が響く。
「この中では波剣は使えぬ。追って行っては、我に不利。貴様が出て来るのを待っていては、日が昇ってしまう。ふふははっ! いつかまた、相まみえようぞ!」
 途端に静かになった。
 ……レイモンドが、記憶した図面に従い、ダルバニアの財宝なる物を手にしたときは、すでに夜が明けていた。それでも極度に緊張しつつ様子をうかがい、やっとのことで鍾乳洞を出る決心をつけた。
 鍾乳洞を出たときには、ティグレオンはもちろん、首を切断された遺体も、騎士の男の姿も、どこにも見当たらなかった。

――事件の二.終わり
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