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「分からないですね」
モントレッティは、どちらとも態度を決めかねているようだ。ヒルカ=クリスコの言葉を全面的に信じるべきか否か。
「もうしばらく、調べてくれませんか」
「言われるまでもない」
ヒルは胸を軽く叩いた。
「特に、二人一組の警吏官を、ほぼ同時に殺害するなんて、一人ではまず不可能だ。ヒルカの言うように、別に犯人がいるのかもしれないが、彼女に共犯がいるのかもしれない。とにかく、徹底的にやる」
「安心しました。では、私は当初の任務がありますので、ひとまずは手を引きますが、何か分かりましたら、ぜひ」
「君には世話になったからな。クレイグ海軍大尉を通じて、お知らせするとしよう。はははっ!」
義弟の話を持ち出すのがそんなにおかしいのか、ヒルは快活に笑っていた。
レイモンドは、再びダルバニア城を前にした。明けが近いのか、極薄く白んでいる東の空。無論、これから鍾乳洞に入るのだから、がんどうを用意していた。
警吏の捜査隊は、すでに引き上げている。それにも関わらず、何らかの人の気配が。
(一人ではない)
気配が複数であると感じ取ったレイモンドは、周囲に注意を払う。鍾乳洞と森の二手に、気配は分かれているようだ。
(進むしかあるまい)
意を決し、鍾乳洞に向かうレイモンド。あの中に眠る(かもしれぬ)醜聞の証拠を持ち出す。それがそもそもの目的。
と、鍾乳洞の中から、何者かがゆっくりと姿を現した。かしゃん、かしゃんという音が、最初は洞窟内で反響していたが、その者が表に出てくると、ほとんど反響しなくなった。
かきん。
高い音をさせて、その者は直立不動の姿勢を取った。ちょうど、レイモンドの真正面の位置。間隔は五メートル程度か。
「幽霊騎士……」
つぶやくレイモンド。彼の目線の先には、ヒルカ=クリスコが成りすましていたのとそっくり同じ騎士がいる。
否。似ているが、決して同じではない。明らかに異なるのは、その鉄靴。ヒルカが装飾用の鉄靴を履いていたのに対し、こちらの騎士は実戦用の甲冑を身にまとっていると見受けられる。
(こやつらが警吏をあやめたか)
複数の敵を想定するレイモンド。
張りつめる空気。
互いに一言も発さず、一歩も動かない。きっかけを探していた。
何秒か後、しびれを切らしたのは騎士。剣を抜くと、フェンシングのように打ち込んできた。
(森に仲間がいるのだ。退かせて、森へと追い詰めようとしている)
レイモンドは確信した。先ほど、ヒルカは捕らえるときに取った作戦が頭にあった。
忍びの者が携行する刀は短い。まともに打ち合っては不利だ。刀を抜かず、かわすことに意識の半分を傾ける。
その一方で、懐を探る。装束のあちらこちらに計十二箇所あるポケットには、手裏剣が収めてあるのだ。
(敵の鎧にどの程度効くか、心許ないが)
わずかなためらいと共に、十字剣をかまえ、腕を素早く振り下ろす。
不安は的中した。命中はしても、騎士の身体を傷つけるには至らない。よほど運がよくなければ、いくつ手裏剣があっても足りそうになかった。
(やはり……。では、これしかないな。この地では材料が見付からぬ故、大事にしてきたが)
レイモンドは団子大の小さな袋を取り出すと、手の中で握りしめた。
次の刹那、その手の中の物を投げつけた。標的は兜の真正面。そう、目だ。
「うっ」
短いうめき声。剣を取り落とすと、両手で顔を押さえる騎士。
(うまく染みたか?)
警戒を緩めることなく、慎重を期すレイモンド。真っ先に敵の落とした剣に接近し、遠くへ蹴り飛ばした。
彼が投げつけたのは水捕具。もっぱら河豚の浮き袋に毒液を詰めた物で、手で握り潰してから敵の顔に投げつけ、視界を奪う投擲具の一つである。
騎士は耐え切れなくなったか、ついに兜を脱ぎ捨てた。
いかに明け方が迫っていても、がんどうが手元にない今、レイモンドに敵の素顔は確認できない。
そのとき、仲間の異変を察したらしい、森の中から新たな人影が姿を見せた。
「貴様! ただの警吏じゃなさそうだな」
レイモンドに向かって、新たな敵が大声で叫んだ。騎士を守るため、レイモンドの注意を引き付けようというつもりなのかもしれない。
レイモンドがそちらを向くと、弓に矢をつがえた人影があった。
(距離はある。だが)
間合いを詰められつつあるのは明白だった。
レイモンドは手裏剣での応戦を考えたが、すぐに取りやめた。恐らく射程距離で劣る上、敵が甲冑を着込んでいないとは限らない。
しばし考慮した後、レイモンドはうずくまる騎士の傍らに立った。そして刀を抜くと、騎士の顔を無理矢理引き起こし、喉元に刃を当てる。
弓を持つ者は、たじろぐ様子が明らかだった。
「こいつ、ただの警吏官じゃない……」
あきらめたように言ったのは、騎士の男だった。目を押さえたまま、何度も頭を振っている。見ると、豊かな髪がずれている。かつららしい。
「決めよ」
レイモンドは相手に迫った。さほどの音量ではないが、凄みのある低い声で。
「向かってくるか、降参するか?」
モントレッティは、どちらとも態度を決めかねているようだ。ヒルカ=クリスコの言葉を全面的に信じるべきか否か。
「もうしばらく、調べてくれませんか」
「言われるまでもない」
ヒルは胸を軽く叩いた。
「特に、二人一組の警吏官を、ほぼ同時に殺害するなんて、一人ではまず不可能だ。ヒルカの言うように、別に犯人がいるのかもしれないが、彼女に共犯がいるのかもしれない。とにかく、徹底的にやる」
「安心しました。では、私は当初の任務がありますので、ひとまずは手を引きますが、何か分かりましたら、ぜひ」
「君には世話になったからな。クレイグ海軍大尉を通じて、お知らせするとしよう。はははっ!」
義弟の話を持ち出すのがそんなにおかしいのか、ヒルは快活に笑っていた。
レイモンドは、再びダルバニア城を前にした。明けが近いのか、極薄く白んでいる東の空。無論、これから鍾乳洞に入るのだから、がんどうを用意していた。
警吏の捜査隊は、すでに引き上げている。それにも関わらず、何らかの人の気配が。
(一人ではない)
気配が複数であると感じ取ったレイモンドは、周囲に注意を払う。鍾乳洞と森の二手に、気配は分かれているようだ。
(進むしかあるまい)
意を決し、鍾乳洞に向かうレイモンド。あの中に眠る(かもしれぬ)醜聞の証拠を持ち出す。それがそもそもの目的。
と、鍾乳洞の中から、何者かがゆっくりと姿を現した。かしゃん、かしゃんという音が、最初は洞窟内で反響していたが、その者が表に出てくると、ほとんど反響しなくなった。
かきん。
高い音をさせて、その者は直立不動の姿勢を取った。ちょうど、レイモンドの真正面の位置。間隔は五メートル程度か。
「幽霊騎士……」
つぶやくレイモンド。彼の目線の先には、ヒルカ=クリスコが成りすましていたのとそっくり同じ騎士がいる。
否。似ているが、決して同じではない。明らかに異なるのは、その鉄靴。ヒルカが装飾用の鉄靴を履いていたのに対し、こちらの騎士は実戦用の甲冑を身にまとっていると見受けられる。
(こやつらが警吏をあやめたか)
複数の敵を想定するレイモンド。
張りつめる空気。
互いに一言も発さず、一歩も動かない。きっかけを探していた。
何秒か後、しびれを切らしたのは騎士。剣を抜くと、フェンシングのように打ち込んできた。
(森に仲間がいるのだ。退かせて、森へと追い詰めようとしている)
レイモンドは確信した。先ほど、ヒルカは捕らえるときに取った作戦が頭にあった。
忍びの者が携行する刀は短い。まともに打ち合っては不利だ。刀を抜かず、かわすことに意識の半分を傾ける。
その一方で、懐を探る。装束のあちらこちらに計十二箇所あるポケットには、手裏剣が収めてあるのだ。
(敵の鎧にどの程度効くか、心許ないが)
わずかなためらいと共に、十字剣をかまえ、腕を素早く振り下ろす。
不安は的中した。命中はしても、騎士の身体を傷つけるには至らない。よほど運がよくなければ、いくつ手裏剣があっても足りそうになかった。
(やはり……。では、これしかないな。この地では材料が見付からぬ故、大事にしてきたが)
レイモンドは団子大の小さな袋を取り出すと、手の中で握りしめた。
次の刹那、その手の中の物を投げつけた。標的は兜の真正面。そう、目だ。
「うっ」
短いうめき声。剣を取り落とすと、両手で顔を押さえる騎士。
(うまく染みたか?)
警戒を緩めることなく、慎重を期すレイモンド。真っ先に敵の落とした剣に接近し、遠くへ蹴り飛ばした。
彼が投げつけたのは水捕具。もっぱら河豚の浮き袋に毒液を詰めた物で、手で握り潰してから敵の顔に投げつけ、視界を奪う投擲具の一つである。
騎士は耐え切れなくなったか、ついに兜を脱ぎ捨てた。
いかに明け方が迫っていても、がんどうが手元にない今、レイモンドに敵の素顔は確認できない。
そのとき、仲間の異変を察したらしい、森の中から新たな人影が姿を見せた。
「貴様! ただの警吏じゃなさそうだな」
レイモンドに向かって、新たな敵が大声で叫んだ。騎士を守るため、レイモンドの注意を引き付けようというつもりなのかもしれない。
レイモンドがそちらを向くと、弓に矢をつがえた人影があった。
(距離はある。だが)
間合いを詰められつつあるのは明白だった。
レイモンドは手裏剣での応戦を考えたが、すぐに取りやめた。恐らく射程距離で劣る上、敵が甲冑を着込んでいないとは限らない。
しばし考慮した後、レイモンドはうずくまる騎士の傍らに立った。そして刀を抜くと、騎士の顔を無理矢理引き起こし、喉元に刃を当てる。
弓を持つ者は、たじろぐ様子が明らかだった。
「こいつ、ただの警吏官じゃない……」
あきらめたように言ったのは、騎士の男だった。目を押さえたまま、何度も頭を振っている。見ると、豊かな髪がずれている。かつららしい。
「決めよ」
レイモンドは相手に迫った。さほどの音量ではないが、凄みのある低い声で。
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