忍び零右衛門の誉れ

崎田毅駿

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 レイモンドは視線をそらすことなく、下のヒル達に知らせた。
「幽霊騎士はダルバニア城から現れました」
「間違いないか?」
 間を開けず、ヒルは問い返す。
「はい。軽い身のこなしで踊るようにして、私の視界に入ってきました」
「よろしい。多少、距離があるか。弓矢は届かんだろうな」
 今度はモントレッティに尋ねたヒル。
「恐らく、今の距離では……」
「やむを得まい。ここを出て、あいつらを助けねば」
「しばしの猶予をいただけませんか、ヒル副長官」
 レイモンドは言ってから、物音をさせることなく、地面に降り立った。
「何故だね?」
「私一人が行き、幽霊騎士をこちら方向へ引き付けてみます。矢の届く距離に至れば私は引きますから、その刹那に矢を射かけてはどうかと。甲冑が邪魔でしょうが、続けざまに射れば効果はあるはず」
「……なるほどな」
 ヒルは短い間に考え、そして決めた。
「乗ろう。頼めるかな、レイモンド」
「もちろんです」
 レイモンドは走り出た。今そこにいた昆虫が、もう飛び去ってしまった。そんな感じで。

 かつん、かつん、かつん、かつん……。
 オースキーが先手を取った。突きばかりで攻め込む。
 それをなぎ払う幽霊騎士。いや、どちらかと言えば、オースキーの剣の勢いに逆らわず、むしろ合わせるように、軽やかに払ってしのいでいる。その証拠に、ぶつかり合う剣から激しい金属音はなく、単調な音が繰り返し響く。
(こいつ)
 オースキーは、次第に焦り始めていた。
(攻め疲れを待っていやがるのか。術中にはまった?)
 その一方で、グーダを狙わない幽霊騎士を、不思議に感じてもいた。
「礼儀は重んじるってわけか!」
 大声を出したオースキー。今の攻撃を変える踏ん切りを着けるためだ。
 彼は突くのをやめると、剣を引き寄せ、敵の反撃を防ぐ態勢を取った。
「――あん?」
 予想に反して、幽霊騎士は攻撃に転じて来ない。同じ立ち位置のまま、剣をかまえているだけだ。
(あれだけ身軽なくせに……分からんな……)
 オースキーが首を振った。
 そのとき、幽霊騎士が動かぬ理由が分かった。
(後ろに誰かいる。グーダではない、何者かが)
 安心するわけに行かず、振り返ることもできなかった。
 いくら幽霊騎士が警戒の様子を見せていようと、後ろにいる人物がオースキーの味方であるかどうか、分からない。その正体を確認するために振り返れば、幽霊騎士にやられてしまうかもしれない。
(このままだと、後ろの奴に斬られる目もあるぜ。やばいな)
 汗が全身から噴き出す。
 次に聞こえた声は、オースキーにとって天啓にも等しかった。
「幽霊騎士を森へ引き付けたい。協力を」
 多少、おかしな発音だったが、決死さが伝わってくるような真剣味が込められている。
「あなたの相棒は、すでに逃がした」
「分かったっ」
 叫ぶと、オースキーは大きく剣を振りかぶり、振り下ろす動作に合わせ、前に一歩、踏み出した。
 幽霊騎士が、はっとしたように身体を引いた。
 それを確認するかしないかの内に、かけ出すオースキー。言うまでもなく、先ほどの攻撃は威嚇。
「私が合図したら横手に飛んで」
 併走する黒装束の男の言葉に、オースキーはうなずいた。
 肩越しに振り返ると、プライドを傷つけられたとでも言いたげに、幽霊騎士が追ってくる。かちゃかちゃと音をさせながら。
 やがて黒装束の男が手を挙げた。

「今だ!」
 ヒルのかけ声と共に、矢を射かける。射手は二人だが、可能な限りの連続放射を行う。
 矢は、幽霊騎士に当たりはしている。だが、鎧のつなぎ目から突き刺さっているのは、ほんの数本だ。
 案の定、引き返そうとする幽霊騎士。
 と、そこへ、レイモンドからの援護があった。
 横手に飛んだレイモンドから、鎖のような物が投げられた。先に鉤爪状の鉄器を持つそれは蛇のように幽霊騎士の足に絡み付くと、急にぴんと張りつめた。レイモンドが力の限り引っ張っている。かぎ
「やったか! よし、出るぞ」
 ヒルとモントレッティも森を飛び出し、横倒しになった幽霊騎士へ駆け寄る。
「レイモンド、お手柄だ」
「それより、逃げられない内に、早く」
 レイモンドに促され、ヒルはモントレッティと二人がかりで幽霊騎士を取り押さえにかかった。
 最初、剣を振り回して抵抗を見せた幽霊騎士だが、それを取り上げると、いっぺんに大人しくなった。それでも念を入れ、後ろ手に縛り上げ、地面に転がせておく。足の方は、レイモンドが用いた縄――鎖ではなかった――にて特殊なやり方で縛る。
「ともかく、顔を見せてもらおうか」
 ヒルがいい、モントレッティがうなずいた。
 モントレッティは幽霊騎士の背後に回り、すそからはみ出ている髪をかき分け、兜に手をかけた。
「やめて」
 女の声がした。
 他の者五人は、ぎょっとした風に目を見合わせる。
「おまえは女か?」
 ヒルの質問に、幽霊騎士はしっかりとした返事をよこした。
「はい。もう観念しております。だから、自分の手で兜を取らせてください。これ以上の恥辱は受けたくありません」
 悪あがきの様子はかけらも感じられない。むしろ、呪縛から解放されたかのごとく、彼女の声は晴れ晴れしているようにさえ聞こえた。
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