忍び零右衛門の誉れ

崎田毅駿

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「幽霊騎士」
 復唱するレイモンド。
「そう。財宝を狙う者を襲うらしい。かなり昔から、幽霊騎士は出没しているようでね。そいつに殺された者も多数いる。警吏の方ですでに動いているが、どうなるか分からん」
「その幽霊騎士については、充分気を付けましょう。それよりも、警吏が動いているのであれば、私の立場はいかに」
「話は通しておく。幸い、この件の担当者は君ともまったくの無関係ではない」
「……どなたでしょう?」
「海軍のケントラッキー大尉から聞かされていないかね? 彼の義兄だよ。ネーガン=ヒル、位は警吏副長官のはずだ」
「初めて聞きました」
「あそこの家は……いや、どうでもいいことだ」
 クリフは途中で話をやめると、議題を元へと引き戻した。
「とにかく、警吏の方では幽霊騎士が現れるのを待ち望んでいる。警吏官が何人か犠牲になっており、必死なのだろう」
「警吏の者が?」
 たいていのことはありのまま受け止めるレイモンドも、耳を疑った。緊張感が増す。幽霊騎士、あなどり難し……。
「表沙汰にはされていないが、酷いやられ方だったと聞いている。これまでに六人が犠牲になっているのだが、六人とも身体を二つに切断されていたらしい」
「切断……。もしや、最初の一撃で、身体を真っ二つに?」
「いや、そこまでは聞いていない。だが、一撃で真っ二つなぞ、あり得ないだろう。それに、鎧は身に着けていなかったそうだ」
「警吏官の他で、殺された者は、やはり身体を切断されていたのでしょうか」
「そういう話は聞いていない。警吏に恨みでもあるかの犯行らしい。だからこそ、警吏の連中も躍起になっている」
 クリフは言葉を切り、改めてレイモンドを見据えてきた。
「くれぐれも慎重に動いてもらいたい。期待している」
 レイモンドは黙礼で応えた。

 暗い、曇天の夜がやって来た。幽霊騎士を待ち受けるには、悪い条件である。こちらが明かりを灯せば、相手に気付かれるのは自明の理。
 ネーガン=ヒルは木立の間に身を潜め、様子を見守っていた。どのくらいの間、そうしているだろう。
 彼の右側には、気心の知れた警吏官のモントレッティ。そして頭上にもう一人――レイモンドがいた。木の上から監視を続けるレイモンドは、騎士がどこから現れるのかを見極めようとしていた。
「やはり、夜になってしまいましたが」
 指示を仰ぐモントレッティ。
「こちらから出ますか」
「そうだな……」
 いくらか逡巡の色を見せるヒル。
 事前に、レイモンドとの意思確認は終わっていた。ヒルさえ決断すれば、レイモンドは鍾乳洞を目指す。ヒルとモントレッティも森を出て、レイモンドの妨害に現れるであろう幽霊騎士に対する手筈となっている。
「よし、行くかな」
 ヒルがつぶやくのと同時に、上から合図があった。
「何だ?」
 低い声で問うヒル。
「左手より何者か接近中。二つの人影。幽霊騎士ではありません」
 レイモンドの報告に、ヒル達は目を凝らした。ぼうっとした明かりらしき物が、視界に飛び込んできた。この場所をダルバニア城と知ってか知らずか、ランプを堂々と掲げ、力んだように前進している。
 二つの人影の内の一つは、背中に大きなサックを背負い、さらに右肩にはロープの束をかけているようだ。もう片方の人影は、その相棒のすぐ後ろに、引っ付くように歩く。
「盗賊でしょうか?」
 モントレッティがまっすぐ前を向いたまま、意見を述べた。
「盗賊にしては堂々としすぎだな。宝探しの類じゃないか。いずれにしても、囮になってくれるだろう。好都合だ。いつでも飛び出せるようにしとくんだ」
 ヒルは今しばらく、様子を見ることにした。

 悪態を吐き続けていたキトン=オースキーは、唇をひとなめした。肩のロープを抱え直し、また悪態。
「図面を取り上げやがって、畜生!」
「そろそろ、幽霊騎士が出るかもしれませんぜ」
 グーダの声は情けなかった。死にかけの虫のようだ。
「幽霊騎士! はん、いいねえ! 出たら出たで、やってやる。警吏どもをぶち殺していると聞いて、拍手を送りたくなったけどなあ。このオースキーの邪魔をするなら、勝負あるのみ!」
 オースキーは少し酔っていた。街で一杯、景気づけに引っかけてきたのだ。
「図面、思い出せたんですかい?」
 グーダが聞いた。この古物商からオースキーが買い上げた鍾乳洞の図面は、警吏に事件を通達した際に取り上げられていた。それ故、彼は警吏を少しばかり恨んでいる。恨むついでに、幽霊騎士が落としていった鉄靴の存在を、オースキーは警吏に知らせずにいた。
「心配するな。思い出したからこそ、こうして再び乗り込んできた。残る障害は幽霊騎士のみ。剣を出せ、剣」
 オースキーに催促され、腰にしていた剣の一本を手渡すグーダ。彼の店にあった、まがい物の剣だ。歴史的・美術的価値はまるでないまがい物だが、敵を斬るには役立つ。
「おまえも自分の身は自分で守れよ」
「そ、それはないでしょ。話が違うじゃないですか! 旦那が、危なくなったら助けてやるって言うから」
「静かにしろって。いよいよだ」
 剣を抜くオースキー。冒険家を気取るだけあって、我流ながらその剣術はなかなかの物だ。
「幽霊騎士をつるはしで追い払ったこの腕を信用しろ。剣を持てば」
 がちゃりと音がした。
 オースキーは口を閉ざすと、全身に緊張感をみなぎらせた。
 そして、そいつが目の前に姿を現した。
「出たな、幽霊騎士さん」
 その瞬間、オースキーはサックを放り出した。
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