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相手はその言葉にも従った。放り投げられた剣は、騎士と警吏官らのちょうど真ん中辺りに転がった。
相手が武器を失ったことで、二人は前進を始めた。歩きながら命じる。
「おい、兜を取れ」
ところが、今度は言うことを聞かない鎧の騎士。両手を天に向け、肩をすくめている。
「おかしな奴だな」
「俺達の手で引っ剥がせばいいことさ。おっと。その剣、拾っておけよ」
「分かってる」
立ち止まり、腰を曲げる。
そのとき、隣の警吏がうめいた。彼は両膝をがくりと折り、地面に跪くと、ゆらゆら上半身を揺らし、そのまま前のめりにくずおれてしまった。
剣を拾った警吏は、声を上げようとして気が付いた。倒れた相棒の背中には、矢が突き刺さっていた。
はっとして、後ろを振り返ろうとしたときには――遅かった。
風はやんでいた。月が明るかった。
クリフの話が始まるのを前に、レイモンドは面を上げた。
「下から面白い話が回ってきた」
アゴスタ=クリフの口調は、少しも面白そうではなく、わずかに沈んでいるように聞こえる。枢密司法官として常に威厳を保つ彼にしては、珍しいことかもしれない。
「ダルバニアについて、君は何も知らないだろうな?」
「初めて耳にします」
正直に答えるレイモンド。
「一から説明してもよいのだが、これから君に与える任務の性質上、知ってもらっては困る点もいくつかある。よって、かいつまんで話すとしよう。
ダルバニアとは、かつては爵位を有す家系だったが、城が大火で焼け落ちたのをきっかけに『不幸』が続き、現在は没落している。その子孫がどこにいるのかさえ、判然としない。
はっきり言おう。ダルバニアが落ちぶれたのは、他の貴族から恨みを買った結果なのだ。醜聞をかき集め、それを盾に力の集中を計ったのだが、やり方があまりに性急で強引すぎた。私は当時のことを知らぬが、ダルバニア城に火を放ったのも、どこぞの貴族の謀りごととされている。公にはされていないがね。
問題なのは、醜聞の証拠の存在だった。それらはすべて、火事によって焼失したと考えられていたのだが……このほど伝わってきた話によれば、ダルバニアの者は某かの物を隠していた節が明白になった。
ダルバニアの所有地には鍾乳洞があり、その内部のどこかへ、財宝を隠したという。だが、当時の調べで、隠すような財宝はダルバニアには残っていなかったとされている。そのため、この財宝とは醜聞の証拠品と思われるのだ」
「一つ、うかがいたいのですが」
レイモンドは、頭の中で話を整理しながら、発言を求めた。
「何だね」
「よその貴族を脅す材料を持っていたのであれば、城を失った直後に、醜聞の証拠品を使って金銭を集めることもできたのではないかと、そう感じたのです」
「ああ、そうか。話が前後した。火事の時点で、証拠品が焼失したのは事実のようなのだ。そして、ダルバニアは建て直しのために、新たに醜聞の収拾を始めたのだ。そちらのことを指している」
「大火の後に入手した醜聞でも、脅迫に使えましょう」
「名前が大事なのだよ」
クリフは諭すように言った。
「私の推測も交えて説明するとだ、折角、醜聞をかき集めたダルバニアだったが、そのときにはもう発言力を失っていた。醜聞を流布しようとしても、社会的な地位がなくてはたわごとになる。いくら証拠があっても」
「合点が行きました」
頭を下げるレイモンド。
「お続けください」
「最近になって、ダルバニアの鍾乳洞の内部を示す図面が表に出てきた。真偽のほどは定かでないが、この分だと、図面の写しが出回っている可能性も充分にある。いくら過去の醜聞とは言え、今でも公にされてはまずい話もある。政治的にも均衡を保っている各貴族の力関係が崩れることになりかねない。それを避けるために、君に働いてもらいたい」
「命を受ければ、従う所存」
「よい心がけだよ。さて――ダルバニアの鍾乳洞に侵入し、財宝をすべて運び出してもらいたい」
「一人で、ですか?」
「不満かね」
にやりと笑うクリフ。
「いえ。ただ、解せません。鍾乳洞の内部構造を把握しておられるなら、誰にでも可能ではないかと……」
「多人数を要すれば、凡人にも可能だよ。だが、秘密に関わる者は少なければ少ないほどよい。万が一、醜聞を知った輩がそれを利して、裏切り行為に走らないとは、誰にも言えん。その点、レイモンド。君は一人でやってのけるだろう。そういうことはないと信じているが、仮に君が裏切りに出たとしても口を塞ぐことはたやすい。それ以前に、異国人たる君が醜聞の証拠を手に入れたとしても、誰も相手にしまい」
「発言力がない、というわけですか」
レイモンド――元の名を零右衛門――は低く尋ね返した。
「気を悪くしたのなら、いくらでも謝ろう。それだけ、我々は君の力を評価している」
「気を悪くしてはいません。信用を得るためにも、喜んで引き受けます。そして、必ず成功を」
「頼もしい」
クリフは満足げにうなずいた。
「一つ、注意を促しておきたい点がある。ダルバニア城には、財宝を守るために幽霊騎士が住んでいるという噂があるのだよ」
相手が武器を失ったことで、二人は前進を始めた。歩きながら命じる。
「おい、兜を取れ」
ところが、今度は言うことを聞かない鎧の騎士。両手を天に向け、肩をすくめている。
「おかしな奴だな」
「俺達の手で引っ剥がせばいいことさ。おっと。その剣、拾っておけよ」
「分かってる」
立ち止まり、腰を曲げる。
そのとき、隣の警吏がうめいた。彼は両膝をがくりと折り、地面に跪くと、ゆらゆら上半身を揺らし、そのまま前のめりにくずおれてしまった。
剣を拾った警吏は、声を上げようとして気が付いた。倒れた相棒の背中には、矢が突き刺さっていた。
はっとして、後ろを振り返ろうとしたときには――遅かった。
風はやんでいた。月が明るかった。
クリフの話が始まるのを前に、レイモンドは面を上げた。
「下から面白い話が回ってきた」
アゴスタ=クリフの口調は、少しも面白そうではなく、わずかに沈んでいるように聞こえる。枢密司法官として常に威厳を保つ彼にしては、珍しいことかもしれない。
「ダルバニアについて、君は何も知らないだろうな?」
「初めて耳にします」
正直に答えるレイモンド。
「一から説明してもよいのだが、これから君に与える任務の性質上、知ってもらっては困る点もいくつかある。よって、かいつまんで話すとしよう。
ダルバニアとは、かつては爵位を有す家系だったが、城が大火で焼け落ちたのをきっかけに『不幸』が続き、現在は没落している。その子孫がどこにいるのかさえ、判然としない。
はっきり言おう。ダルバニアが落ちぶれたのは、他の貴族から恨みを買った結果なのだ。醜聞をかき集め、それを盾に力の集中を計ったのだが、やり方があまりに性急で強引すぎた。私は当時のことを知らぬが、ダルバニア城に火を放ったのも、どこぞの貴族の謀りごととされている。公にはされていないがね。
問題なのは、醜聞の証拠の存在だった。それらはすべて、火事によって焼失したと考えられていたのだが……このほど伝わってきた話によれば、ダルバニアの者は某かの物を隠していた節が明白になった。
ダルバニアの所有地には鍾乳洞があり、その内部のどこかへ、財宝を隠したという。だが、当時の調べで、隠すような財宝はダルバニアには残っていなかったとされている。そのため、この財宝とは醜聞の証拠品と思われるのだ」
「一つ、うかがいたいのですが」
レイモンドは、頭の中で話を整理しながら、発言を求めた。
「何だね」
「よその貴族を脅す材料を持っていたのであれば、城を失った直後に、醜聞の証拠品を使って金銭を集めることもできたのではないかと、そう感じたのです」
「ああ、そうか。話が前後した。火事の時点で、証拠品が焼失したのは事実のようなのだ。そして、ダルバニアは建て直しのために、新たに醜聞の収拾を始めたのだ。そちらのことを指している」
「大火の後に入手した醜聞でも、脅迫に使えましょう」
「名前が大事なのだよ」
クリフは諭すように言った。
「私の推測も交えて説明するとだ、折角、醜聞をかき集めたダルバニアだったが、そのときにはもう発言力を失っていた。醜聞を流布しようとしても、社会的な地位がなくてはたわごとになる。いくら証拠があっても」
「合点が行きました」
頭を下げるレイモンド。
「お続けください」
「最近になって、ダルバニアの鍾乳洞の内部を示す図面が表に出てきた。真偽のほどは定かでないが、この分だと、図面の写しが出回っている可能性も充分にある。いくら過去の醜聞とは言え、今でも公にされてはまずい話もある。政治的にも均衡を保っている各貴族の力関係が崩れることになりかねない。それを避けるために、君に働いてもらいたい」
「命を受ければ、従う所存」
「よい心がけだよ。さて――ダルバニアの鍾乳洞に侵入し、財宝をすべて運び出してもらいたい」
「一人で、ですか?」
「不満かね」
にやりと笑うクリフ。
「いえ。ただ、解せません。鍾乳洞の内部構造を把握しておられるなら、誰にでも可能ではないかと……」
「多人数を要すれば、凡人にも可能だよ。だが、秘密に関わる者は少なければ少ないほどよい。万が一、醜聞を知った輩がそれを利して、裏切り行為に走らないとは、誰にも言えん。その点、レイモンド。君は一人でやってのけるだろう。そういうことはないと信じているが、仮に君が裏切りに出たとしても口を塞ぐことはたやすい。それ以前に、異国人たる君が醜聞の証拠を手に入れたとしても、誰も相手にしまい」
「発言力がない、というわけですか」
レイモンド――元の名を零右衛門――は低く尋ね返した。
「気を悪くしたのなら、いくらでも謝ろう。それだけ、我々は君の力を評価している」
「気を悪くしてはいません。信用を得るためにも、喜んで引き受けます。そして、必ず成功を」
「頼もしい」
クリフは満足げにうなずいた。
「一つ、注意を促しておきたい点がある。ダルバニア城には、財宝を守るために幽霊騎士が住んでいるという噂があるのだよ」
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