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「そんなら、どうしてあんたら、助かったの? え?」
中年の警吏は、のんびりと聞いてきた。オースキーらの話をはなから信用していないのは明らかだった。
「剣を持った騎士が襲ってきて、こちらは気絶」
と、オースキーを指さす警吏。次に彼はその指を、グーダへ向けた。
「こちらはぶるぶる震えとったんでしょ? 普通なら、殺されとるよ」
「死んだ方がよかったって? 無礼な」
オースキーは声を荒げ、机を叩いた。
警吏は両手を小さく上げ、まあまあという手つき。
「興奮しなさんな。ダルバニアの城ったら、噂に高いとこでね」
「噂? どんな噂だ?」
ぞんざいな口調のオースキー。助けを求めて駆け込んだ当初は、丁寧に説明していたのが、今や苛立ちに変わっている。
「土地の者には有名でね。あそこのお宝に手を出そうとすると、廃城に暮らす幽霊騎士が現れて、邪魔するって」
「幽霊?」
「ほんとのとこは知らんがね。その幽霊騎士に襲われて、助かった者はおらんのだよ。だから、あんたらの話はねえ」
「作り話だってのか? 何のために?」
「さて……。例えば、幽霊騎士に襲われたが生き残ったとなれば、宝探しの資金を出してくれる物好きが現れると踏んだとか」
「断じてない! この、首の後ろの痣、確認しただろう? これはどう説明着けるんだ?」
自分の髪を自分で乱暴に引っ張り、後頭部を見せるオースキー。
「相棒が殴ったんじゃないの?」
「ちっ! あんたでは話にならん。私はこれでも顔が広い方でね。あんたより上に持ち込むとしよう!」
「ああ、そう。ご自由に。どうせ出世の見込みのない身なんでね」
「邪魔したな。行こう」
乱暴に席を立つと、ずっと静かなグーダに声をかけた。
「あの……最後に一つ」
グーダが警吏に話しかけた。いらいらするオースキー。
「実際に、幽霊騎士に殺された者がいるんですかい?」
「ああ」
警吏は忌々しそうである。
「犯人は捕まっていない。最初の殺しのとき、焼け残った城の内部を捜査しようとしたら、壁やら天井やらの一部が崩れて死者が出た。幽霊騎士の噂も、実はそこから来とるんだよ。以来、いくら犠牲者が出ようとも、地元じゃ触れない了解になってるのさ。手出しした奴らが悪いってね」
吐き捨ててから、彼はなげやりな態度でふんぞり返った。
夜空に雲はない。が、月が強すぎて、星の数は少なかった。
警吏官達は、森の中から鍾乳洞を眺めることに、そろそろ飽きてきていた。
「現れないねえ」
彼らは二人一組で見張りに当たっている。幽霊騎士がダルバニア城から出てくるのを待っているのだ。いや、城に居住しているか否かは不確かなのだから、幽霊騎士――殺人犯人――の出現を待っているとすべきだろう。
「幽霊騎士を出て来させるため、泥棒連中の間に風評を流したそうだな。『ダルバニアの洞窟には金目の物が眠っている』って」
「だが、誰も、のこのことやって来やしない」
「泥棒どもも馬鹿ではないということだ。あるいは、奴らのほとんどが幽霊騎士に恐れをなしているのかね」
「だいたいなあ、わざわざ盗賊風情に囮をさせなくても、我々が乗り込んでいけば、幽霊騎士とやらは現れるんじゃないのかねえ」
「腕が立つそうだぜ、幽霊騎士は」
「そいつを捕まえるために、我々は派遣されてんだろ? わざわざ、司法院のご指名で、副長官までご出馬だから大した事件だ。だったら最初から、我々が」
「さあて。上の考えは俺には分からん。……ん?」
怪訝な表情を見せたその男は、首を心持ち伸ばした。
「どうかしたか?」
「音、しなかったか?」
「そりゃするだろう。枝が風に揺れて」
「いや、あれは固い物がぶつかり合う音だ。――しっ!」
口を閉じ、聞き耳を立てる二人の警吏官。
風の音に混じり、かすかにそれは聞こえてきた。鉄靴で地を踏みしめる音に似ている……。
どこだ、と、二人は目で会話を交わす。木々のすき間から石だらけの開けた土地へ、視線を走らせた。
「あれだ」
最初に物音に気付いた方が、小声で言いながら、一点を指さした。その方向には、騎士が立っていた。
「幽霊騎士……」
警吏官らは声をそろえた。
銀色の鎧で身を固め、長い足をすっ、すっ、と動かし、森へと進んでくる。染めたように真っ赤な髪が、兜からはみ出していた。
「噂に聞いた通りだな」
相棒の言葉に、もう一人は無言でうなずいた。
「どうする?」
「どうするったって、報告して指示を仰いでいたら、逃げられちまう」
「だよな。行くか?」
「――よし。どんなに腕が立とうと、二人がかりなら」
二人は力強くうなずき、半身の態勢を解いた。剣の柄に手を当て、森を抜け出た時点でおもむろに剣を抜いた。
「止まれ!」
距離のある内に、命令を発す。これで止まってくれれば、話はたやすいが。
次の瞬間、警吏官二人は、自分の目を疑った。
実際に止まったのだ。
「……」
二人を互いに表情をうかがい、警戒を緩めない意志を確認し合った。
「よし。その場に腰を落としてもらおう。それから次に剣を我々の方へ放れっ!」
中年の警吏は、のんびりと聞いてきた。オースキーらの話をはなから信用していないのは明らかだった。
「剣を持った騎士が襲ってきて、こちらは気絶」
と、オースキーを指さす警吏。次に彼はその指を、グーダへ向けた。
「こちらはぶるぶる震えとったんでしょ? 普通なら、殺されとるよ」
「死んだ方がよかったって? 無礼な」
オースキーは声を荒げ、机を叩いた。
警吏は両手を小さく上げ、まあまあという手つき。
「興奮しなさんな。ダルバニアの城ったら、噂に高いとこでね」
「噂? どんな噂だ?」
ぞんざいな口調のオースキー。助けを求めて駆け込んだ当初は、丁寧に説明していたのが、今や苛立ちに変わっている。
「土地の者には有名でね。あそこのお宝に手を出そうとすると、廃城に暮らす幽霊騎士が現れて、邪魔するって」
「幽霊?」
「ほんとのとこは知らんがね。その幽霊騎士に襲われて、助かった者はおらんのだよ。だから、あんたらの話はねえ」
「作り話だってのか? 何のために?」
「さて……。例えば、幽霊騎士に襲われたが生き残ったとなれば、宝探しの資金を出してくれる物好きが現れると踏んだとか」
「断じてない! この、首の後ろの痣、確認しただろう? これはどう説明着けるんだ?」
自分の髪を自分で乱暴に引っ張り、後頭部を見せるオースキー。
「相棒が殴ったんじゃないの?」
「ちっ! あんたでは話にならん。私はこれでも顔が広い方でね。あんたより上に持ち込むとしよう!」
「ああ、そう。ご自由に。どうせ出世の見込みのない身なんでね」
「邪魔したな。行こう」
乱暴に席を立つと、ずっと静かなグーダに声をかけた。
「あの……最後に一つ」
グーダが警吏に話しかけた。いらいらするオースキー。
「実際に、幽霊騎士に殺された者がいるんですかい?」
「ああ」
警吏は忌々しそうである。
「犯人は捕まっていない。最初の殺しのとき、焼け残った城の内部を捜査しようとしたら、壁やら天井やらの一部が崩れて死者が出た。幽霊騎士の噂も、実はそこから来とるんだよ。以来、いくら犠牲者が出ようとも、地元じゃ触れない了解になってるのさ。手出しした奴らが悪いってね」
吐き捨ててから、彼はなげやりな態度でふんぞり返った。
夜空に雲はない。が、月が強すぎて、星の数は少なかった。
警吏官達は、森の中から鍾乳洞を眺めることに、そろそろ飽きてきていた。
「現れないねえ」
彼らは二人一組で見張りに当たっている。幽霊騎士がダルバニア城から出てくるのを待っているのだ。いや、城に居住しているか否かは不確かなのだから、幽霊騎士――殺人犯人――の出現を待っているとすべきだろう。
「幽霊騎士を出て来させるため、泥棒連中の間に風評を流したそうだな。『ダルバニアの洞窟には金目の物が眠っている』って」
「だが、誰も、のこのことやって来やしない」
「泥棒どもも馬鹿ではないということだ。あるいは、奴らのほとんどが幽霊騎士に恐れをなしているのかね」
「だいたいなあ、わざわざ盗賊風情に囮をさせなくても、我々が乗り込んでいけば、幽霊騎士とやらは現れるんじゃないのかねえ」
「腕が立つそうだぜ、幽霊騎士は」
「そいつを捕まえるために、我々は派遣されてんだろ? わざわざ、司法院のご指名で、副長官までご出馬だから大した事件だ。だったら最初から、我々が」
「さあて。上の考えは俺には分からん。……ん?」
怪訝な表情を見せたその男は、首を心持ち伸ばした。
「どうかしたか?」
「音、しなかったか?」
「そりゃするだろう。枝が風に揺れて」
「いや、あれは固い物がぶつかり合う音だ。――しっ!」
口を閉じ、聞き耳を立てる二人の警吏官。
風の音に混じり、かすかにそれは聞こえてきた。鉄靴で地を踏みしめる音に似ている……。
どこだ、と、二人は目で会話を交わす。木々のすき間から石だらけの開けた土地へ、視線を走らせた。
「あれだ」
最初に物音に気付いた方が、小声で言いながら、一点を指さした。その方向には、騎士が立っていた。
「幽霊騎士……」
警吏官らは声をそろえた。
銀色の鎧で身を固め、長い足をすっ、すっ、と動かし、森へと進んでくる。染めたように真っ赤な髪が、兜からはみ出していた。
「噂に聞いた通りだな」
相棒の言葉に、もう一人は無言でうなずいた。
「どうする?」
「どうするったって、報告して指示を仰いでいたら、逃げられちまう」
「だよな。行くか?」
「――よし。どんなに腕が立とうと、二人がかりなら」
二人は力強くうなずき、半身の態勢を解いた。剣の柄に手を当て、森を抜け出た時点でおもむろに剣を抜いた。
「止まれ!」
距離のある内に、命令を発す。これで止まってくれれば、話はたやすいが。
次の瞬間、警吏官二人は、自分の目を疑った。
実際に止まったのだ。
「……」
二人を互いに表情をうかがい、警戒を緩めない意志を確認し合った。
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