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三日月の放つ明かりは、雲の多さと相まって、弱々しかった。
ごろごろと石の転がる平地に、崩戒したも同然の城の影が薄く落ちている。その右手には葉の乏しい木々が林立し、左手にはぽっかりと口を開けた穴――鍾乳洞があった。
「本当にあるのかね」
キトン=オースキーは、手元の羊皮紙をランプで照らした。
「そうなっておりますが」
左から覗き込むのはグーダ。古物商のグーダで通っている。
紙は一種の道案内。鍾乳洞内部の概略を書き写した物だとされている。焦げ茶色のつたない線で、しかし、細かに書き込まれていた。
「やはり、信じにくいな」
嘆息するオースキー。
「ダルバニア家が落ちぶれたのは、八十年以上前だろ?」
「さようで」
八十五年前、大火によりダルバニア城は一部を残して焼け落ちた。それをきっかけとし、ダルバニア家は坂を転げ落ち、三年で取り潰されていた。
「その打ち捨てられた城のすぐ隣の洞窟なんぞに、財宝が眠っているなんて、信じろと言う方が無理だ。落ちぶれこそすれ、ダルバニアの血筋は絶えていないはず。財宝があるなら、死力を結してでも、見つけ出すのが道理ではないかな。金があれば地位も買い戻せる時世だ」
「それさえできぬほど、困窮しているのですよ」
さらりとした口ぶりのグーダ。古物商の手にもランプがあるが、火は揺らめき、消えかけている。油をけちったらしい。
「それに加えて、あの鍾乳洞の入り組みようときたら! 隠した本人すら、地図がなければ二度とたどり着けますまい」
「そうか……。いや、待て。そもそも、どうして落ちぶれる前に、その財宝を使わない?」
「代々伝わる家宝とかで、売るに売れなかったらしいですぜ」
「それで没落してりゃあ、世話ないな。しかし、うーん、どうも疑わしいな」
「今さら、躊躇する法もないでしょう。ここまで来たぐらいだ、いくらかは信じているはずでは、オースキーさん?」
「う、うむ」
「出所は確かなんでさあ。デナイという、ダルバニアの墓守から買い取ったんだから」
「中身が本物か、までは不確定か……」
嘲笑を浮かべるオースキー。
「やってみる価値はありましょう。さばきにくい物はうちで処分させてもらいますよ」
「そうだな。ロープさえ渡しておけば、特段、危険はないのだから」
サックを背負い直したオースキーは、風化の露な城を見据えた。ついで、鍾乳洞に目線を移す。
「訂正しよう」
「何がです?」
「今にも崩れそうな城を見ていると、妙な連想をしてしまった。あの穴の中で生き埋めになるんじゃないかってね。宝探しの最中に入口を塞がれれば、私達は生き埋めだ。危険性はある」
「旦那、よしましょうや。縁起でもない」
言って、グーダはオースキーの広い背中を押した。
二人はそのまま、鍾乳洞に向かって進み始める。
「いつまでも瓦礫をさらしておかず、さっさと更地にすればいいのにな。もったいない」
横手の城を眺めながらのオースキーのつぶやきに、グーダが即答。
「わざわざ金を出して、取り壊すのも面倒なもんでしょう。差し迫って土地が必要なわけでもなし」
「国も無駄金は費やしたくないってわけか」
「そ」
グーダの台詞が途切れた。目線は一点に固定されているよう。
「どうした?」
後方のグーダばかり見ていたオースキーは、怪訝な顔をした。それでも返答がないため、前を振り返った。
そして――オースキーも声を失った。
鍾乳洞の前に、騎士が立ち尽くしていた。
薄ぼんやりとした人がたのシルエット。目を凝らせば、甲冑を着込んだスマートな姿が浮かび上がる。身体のラインは、丸味を帯びた箇所、鋭角的な箇所とも、美を感じさせる。兜の縁からは、髪の毛がたっぷりとはみ出ている。その色までは判然としない。
「あれは……何だ」
「さあ」
二人が会話をしている間に、騎士は動きを見せた。甲冑を着けていると思えない素早さで、距離を詰めてきたのだ。時折、鉄靴が石とぶつかり、がちゃん、きん、といった耳障りな音を立てる。
「――何か」
オースキーは直感した。
「何か、危険だ!」
叫ぶと同時に、グーダを横に突き飛ばす。その反動で、己の身体も右に飛んだ。グーダの持っていたランプの火が消えた。
ひゅいという風を切る音。すぐあとに、さっきまで二人の立っていた位置に、剣の切っ先が振り下ろされ、かきんと音を出した。いつ抜いたのか、細身の剣が騎士の右手に握られている。
(何という身軽さ)
普段なら見とれてしまうところだが、オースキーは現状を把握していた。背のサックを引きちぎらんばかりに下ろすと、中から武器になりそうな物を探す。つるはし代わりのピッケルが手に当たった。
「この!」
ピッケルを一気に振りかぶり、騎士に突進。
だが、すでに余裕充分であったのだろう、騎士は後退してかわす。
ピッケルの片方の先端が大きな石に弾かれ、火花が散る。
「くそ、抜けねえ!」
大声で叫ぶオースキー。
騎士が接近してきた。
「――かかったな」
オースキーは地面に深く突き刺さったかのように見せかけていたピッケルを、今度は短い軌道で振り上げた。
しかし、その奇襲さえも、騎士はかわしてきた。
いや、完全にはかわせなかった。空を切ったピッケルは、騎士の右足の先にかするように当たった。
がん。
鉄と鉄のぶつかる音の後、当たり所がよかったのだろうか、騎士の鉄靴が飛ばされた。からんからんと鳴りながら、地面を這うように回転していく。
(傷を負わせたか?)
つい、転がる鉄靴に目をやってしまったオースキー。
次の瞬間、後頭部に急な衝撃を受けた。それは鈍痛となり、全身へ広がっていく……。
ごろごろと石の転がる平地に、崩戒したも同然の城の影が薄く落ちている。その右手には葉の乏しい木々が林立し、左手にはぽっかりと口を開けた穴――鍾乳洞があった。
「本当にあるのかね」
キトン=オースキーは、手元の羊皮紙をランプで照らした。
「そうなっておりますが」
左から覗き込むのはグーダ。古物商のグーダで通っている。
紙は一種の道案内。鍾乳洞内部の概略を書き写した物だとされている。焦げ茶色のつたない線で、しかし、細かに書き込まれていた。
「やはり、信じにくいな」
嘆息するオースキー。
「ダルバニア家が落ちぶれたのは、八十年以上前だろ?」
「さようで」
八十五年前、大火によりダルバニア城は一部を残して焼け落ちた。それをきっかけとし、ダルバニア家は坂を転げ落ち、三年で取り潰されていた。
「その打ち捨てられた城のすぐ隣の洞窟なんぞに、財宝が眠っているなんて、信じろと言う方が無理だ。落ちぶれこそすれ、ダルバニアの血筋は絶えていないはず。財宝があるなら、死力を結してでも、見つけ出すのが道理ではないかな。金があれば地位も買い戻せる時世だ」
「それさえできぬほど、困窮しているのですよ」
さらりとした口ぶりのグーダ。古物商の手にもランプがあるが、火は揺らめき、消えかけている。油をけちったらしい。
「それに加えて、あの鍾乳洞の入り組みようときたら! 隠した本人すら、地図がなければ二度とたどり着けますまい」
「そうか……。いや、待て。そもそも、どうして落ちぶれる前に、その財宝を使わない?」
「代々伝わる家宝とかで、売るに売れなかったらしいですぜ」
「それで没落してりゃあ、世話ないな。しかし、うーん、どうも疑わしいな」
「今さら、躊躇する法もないでしょう。ここまで来たぐらいだ、いくらかは信じているはずでは、オースキーさん?」
「う、うむ」
「出所は確かなんでさあ。デナイという、ダルバニアの墓守から買い取ったんだから」
「中身が本物か、までは不確定か……」
嘲笑を浮かべるオースキー。
「やってみる価値はありましょう。さばきにくい物はうちで処分させてもらいますよ」
「そうだな。ロープさえ渡しておけば、特段、危険はないのだから」
サックを背負い直したオースキーは、風化の露な城を見据えた。ついで、鍾乳洞に目線を移す。
「訂正しよう」
「何がです?」
「今にも崩れそうな城を見ていると、妙な連想をしてしまった。あの穴の中で生き埋めになるんじゃないかってね。宝探しの最中に入口を塞がれれば、私達は生き埋めだ。危険性はある」
「旦那、よしましょうや。縁起でもない」
言って、グーダはオースキーの広い背中を押した。
二人はそのまま、鍾乳洞に向かって進み始める。
「いつまでも瓦礫をさらしておかず、さっさと更地にすればいいのにな。もったいない」
横手の城を眺めながらのオースキーのつぶやきに、グーダが即答。
「わざわざ金を出して、取り壊すのも面倒なもんでしょう。差し迫って土地が必要なわけでもなし」
「国も無駄金は費やしたくないってわけか」
「そ」
グーダの台詞が途切れた。目線は一点に固定されているよう。
「どうした?」
後方のグーダばかり見ていたオースキーは、怪訝な顔をした。それでも返答がないため、前を振り返った。
そして――オースキーも声を失った。
鍾乳洞の前に、騎士が立ち尽くしていた。
薄ぼんやりとした人がたのシルエット。目を凝らせば、甲冑を着込んだスマートな姿が浮かび上がる。身体のラインは、丸味を帯びた箇所、鋭角的な箇所とも、美を感じさせる。兜の縁からは、髪の毛がたっぷりとはみ出ている。その色までは判然としない。
「あれは……何だ」
「さあ」
二人が会話をしている間に、騎士は動きを見せた。甲冑を着けていると思えない素早さで、距離を詰めてきたのだ。時折、鉄靴が石とぶつかり、がちゃん、きん、といった耳障りな音を立てる。
「――何か」
オースキーは直感した。
「何か、危険だ!」
叫ぶと同時に、グーダを横に突き飛ばす。その反動で、己の身体も右に飛んだ。グーダの持っていたランプの火が消えた。
ひゅいという風を切る音。すぐあとに、さっきまで二人の立っていた位置に、剣の切っ先が振り下ろされ、かきんと音を出した。いつ抜いたのか、細身の剣が騎士の右手に握られている。
(何という身軽さ)
普段なら見とれてしまうところだが、オースキーは現状を把握していた。背のサックを引きちぎらんばかりに下ろすと、中から武器になりそうな物を探す。つるはし代わりのピッケルが手に当たった。
「この!」
ピッケルを一気に振りかぶり、騎士に突進。
だが、すでに余裕充分であったのだろう、騎士は後退してかわす。
ピッケルの片方の先端が大きな石に弾かれ、火花が散る。
「くそ、抜けねえ!」
大声で叫ぶオースキー。
騎士が接近してきた。
「――かかったな」
オースキーは地面に深く突き刺さったかのように見せかけていたピッケルを、今度は短い軌道で振り上げた。
しかし、その奇襲さえも、騎士はかわしてきた。
いや、完全にはかわせなかった。空を切ったピッケルは、騎士の右足の先にかするように当たった。
がん。
鉄と鉄のぶつかる音の後、当たり所がよかったのだろうか、騎士の鉄靴が飛ばされた。からんからんと鳴りながら、地面を這うように回転していく。
(傷を負わせたか?)
つい、転がる鉄靴に目をやってしまったオースキー。
次の瞬間、後頭部に急な衝撃を受けた。それは鈍痛となり、全身へ広がっていく……。
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