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「侯爵夫人のヒルジアは、トニオ=ヨークと手紙のやり取りをしている。その中に、今度の毒殺に関する記述があるはずだ。情況証拠でもあれば、我々が動いて、強制的に調べれば済むのだが、現状では難しい。万が一、何も出なかったとき、相手が貴族なだけに、問題が大きくなるかもしれん。そこで、おまえの腕を奮ってもらう」
「承知しております。侵入、探索の後、手紙の存在を確かめ得たら、持ち帰ることなく、そのまま去る」
「そうだ。仮に、我らが望むような内容の手紙の類が見つからねば、他の証拠を探さねばならない。可能性は低いが、毒を包んでいた紙、もしくは薬瓶、毒薬そのものが残っている場合も念頭に置いて、当たってもらおう」
「万全を期すと誓います」
「結構。では、ソントン家の見取図を渡しておく。外から調べた範囲で判明した図だ。言い換えれば、図にはない秘密の部屋や隠し扉があるかもしれない、ということだ」
「その点に関しては、多少と言えど、心得ているつもりです。実際、この図面を一見し、非常に気になる空間を見つけたところでございます」
「頼もしい。朗報を期待する」
相変わらず抑揚のないクリフの声に送り出され、レイモンドは動き始めた。
故国から持ち込んだ忍びの衣装に身を包み、レイモンドはソントン家の様子をうかがっていた。
(番犬等はなし。門番もいない。これほどの屋敷を持ちながら、何と不用心なのだ)
隣家の屋根に身を潜めつつ、観察を続けるレイモンド。
(犬がいないのは好都合だが……。ふむ、邸内にいる人数も、話に合うようだ。問題は、いかにして忍び込むか、だ。庭に下りるのは至極簡単だが、あの壁は厄介だ。苦無で崩せるか否か、確かでない。
屋根は、瓦を外せば簡単に入れそうだが、非常に急な斜面が目立つ。万が一、家の者に見つかった場合、逃げるのに難渋しかねない。床下も、日本とは造りが異なると聞いたから、おいそれと侵入できまい。正面の入り口は錠がされてるだろう。日本のような錠前なら、短時間で外す自信があるが、外つ国の錠となると、まだまだ不安だ。となると……ここは窓しかない)
レイモンドは、目の前の、灯りのついていない窓に焦点を合わせた。狙うとすれば、一階の堅固な窓よりも、二階の方がよい。
(どちらから攻めるのがよいか……。上から控縄を垂らすのは、その前の段階で屋根をたどるわけであるから、やはり逃げにくい。下から鈎縄をかけるのが良策であろう)
窓枠に鈎をかけるだけの幅があることは、すでに見極めている。
(窓を破った跡は、迅速な行動あるのみ。この務めに成功して、初めて認めていただけるのだ。慎重の上にも慎重を期さねば)
唾を飲み込み、決意を固めたレイモンド。音を立てずに身を起こすと、闇に向かって身軽に体躯を踊らせた。そのまま、身を丸めて着地。すぐさま目当ての窓の下に付く。
鈎縄を取り出すと、必要な長さだけたるみを作る。縄にはあらかじめ、手がかり、足がかりとなるわさ(輪っか)がこしらえてある。そして鈎の付いた先端から三〇センチほどのところを持ち、振り回し始める。ひゅんひゅんという音が聞こえ出す。徐々に短い間隔になっていく。
声にならない気合いと共に、一気に鈎を投げ上げた。
がしっ!
一発でうまくかかった。
下から縄を引き、手応えを確かめる。
(よし。これなら外れない)
レイモンドは器用に手足を操り、身体のバランスを取りながら、縄を登っていく。じき、窓枠に手がかかった。
身体全体で突っ張るようにして、枠の内側に張り付く。そしてしころを取り出すと、その先を木枠の羽目にあてがい、差し込む。ついで、音を立てぬよう、注意深く引いていく。不安定な態勢にも関わらず、レイモンドはしころで木枠を破り、屋敷内への『通路』を確保した。
廊下へ降り立つ。小型のがんどうを手に取ると、石を打って、中のろうそくに火を灯した。床を照らすと、赤系統の絨毯が敷かれていると分かった。
(これはいい。足音を吸い取ってくれそうだ)
レイモンドは現在位置を確認すると、頭の中で、調べるべき順序を整理した。
(まず、秘密の部屋があるとにらんだ『空間』の確認。もし部屋が存在すれば、重点的に調べる。次に、侯爵夫人の書斎。寝室も調べたいが、恐らく不可能だろう。それからソントン侯爵自身の部屋も調べるべきだろう。隠す気があるのなら、死者の部屋は利用価値がある)
目当ての空間。それは、不必要と思えるほど突き出たベランダの下である。ベランダの下には空間があり、見取図では物置となっている。その上に階段がかかっている。
物置の奥行きが狭すぎる――レイモンドはそうにらんだ。
(うまく当たってくれれば、万歳だ)
一階に降りると、物置の扉を開け、中を探る。さして荷物はなかった。
(この壁の向こうに、部屋があるかもしれん)
物置の突き当たり、そこの壁を拳でこつんと叩くレイモンド。
(……反響音では判断できぬか。建物の造りが、根本的に異なっているのだ、それも当然)
レイモンドは、隠し扉を探すため、顔を壁に近づけた。目を凝らし、板のわずかなずれも見逃すまいとする。
やや時間がかかったが、扉を発見。秘密の扉故、錠は不必要としたのか、簡単に開いた。
(見事、お宝があればお慰み)
隠し部屋を見つけたことで舞い上がりそうになる気持ちを抑えるため、心中で唱える。
がんどうをかざし、一歩ずつ、つま先立って進む。
「む?」
「承知しております。侵入、探索の後、手紙の存在を確かめ得たら、持ち帰ることなく、そのまま去る」
「そうだ。仮に、我らが望むような内容の手紙の類が見つからねば、他の証拠を探さねばならない。可能性は低いが、毒を包んでいた紙、もしくは薬瓶、毒薬そのものが残っている場合も念頭に置いて、当たってもらおう」
「万全を期すと誓います」
「結構。では、ソントン家の見取図を渡しておく。外から調べた範囲で判明した図だ。言い換えれば、図にはない秘密の部屋や隠し扉があるかもしれない、ということだ」
「その点に関しては、多少と言えど、心得ているつもりです。実際、この図面を一見し、非常に気になる空間を見つけたところでございます」
「頼もしい。朗報を期待する」
相変わらず抑揚のないクリフの声に送り出され、レイモンドは動き始めた。
故国から持ち込んだ忍びの衣装に身を包み、レイモンドはソントン家の様子をうかがっていた。
(番犬等はなし。門番もいない。これほどの屋敷を持ちながら、何と不用心なのだ)
隣家の屋根に身を潜めつつ、観察を続けるレイモンド。
(犬がいないのは好都合だが……。ふむ、邸内にいる人数も、話に合うようだ。問題は、いかにして忍び込むか、だ。庭に下りるのは至極簡単だが、あの壁は厄介だ。苦無で崩せるか否か、確かでない。
屋根は、瓦を外せば簡単に入れそうだが、非常に急な斜面が目立つ。万が一、家の者に見つかった場合、逃げるのに難渋しかねない。床下も、日本とは造りが異なると聞いたから、おいそれと侵入できまい。正面の入り口は錠がされてるだろう。日本のような錠前なら、短時間で外す自信があるが、外つ国の錠となると、まだまだ不安だ。となると……ここは窓しかない)
レイモンドは、目の前の、灯りのついていない窓に焦点を合わせた。狙うとすれば、一階の堅固な窓よりも、二階の方がよい。
(どちらから攻めるのがよいか……。上から控縄を垂らすのは、その前の段階で屋根をたどるわけであるから、やはり逃げにくい。下から鈎縄をかけるのが良策であろう)
窓枠に鈎をかけるだけの幅があることは、すでに見極めている。
(窓を破った跡は、迅速な行動あるのみ。この務めに成功して、初めて認めていただけるのだ。慎重の上にも慎重を期さねば)
唾を飲み込み、決意を固めたレイモンド。音を立てずに身を起こすと、闇に向かって身軽に体躯を踊らせた。そのまま、身を丸めて着地。すぐさま目当ての窓の下に付く。
鈎縄を取り出すと、必要な長さだけたるみを作る。縄にはあらかじめ、手がかり、足がかりとなるわさ(輪っか)がこしらえてある。そして鈎の付いた先端から三〇センチほどのところを持ち、振り回し始める。ひゅんひゅんという音が聞こえ出す。徐々に短い間隔になっていく。
声にならない気合いと共に、一気に鈎を投げ上げた。
がしっ!
一発でうまくかかった。
下から縄を引き、手応えを確かめる。
(よし。これなら外れない)
レイモンドは器用に手足を操り、身体のバランスを取りながら、縄を登っていく。じき、窓枠に手がかかった。
身体全体で突っ張るようにして、枠の内側に張り付く。そしてしころを取り出すと、その先を木枠の羽目にあてがい、差し込む。ついで、音を立てぬよう、注意深く引いていく。不安定な態勢にも関わらず、レイモンドはしころで木枠を破り、屋敷内への『通路』を確保した。
廊下へ降り立つ。小型のがんどうを手に取ると、石を打って、中のろうそくに火を灯した。床を照らすと、赤系統の絨毯が敷かれていると分かった。
(これはいい。足音を吸い取ってくれそうだ)
レイモンドは現在位置を確認すると、頭の中で、調べるべき順序を整理した。
(まず、秘密の部屋があるとにらんだ『空間』の確認。もし部屋が存在すれば、重点的に調べる。次に、侯爵夫人の書斎。寝室も調べたいが、恐らく不可能だろう。それからソントン侯爵自身の部屋も調べるべきだろう。隠す気があるのなら、死者の部屋は利用価値がある)
目当ての空間。それは、不必要と思えるほど突き出たベランダの下である。ベランダの下には空間があり、見取図では物置となっている。その上に階段がかかっている。
物置の奥行きが狭すぎる――レイモンドはそうにらんだ。
(うまく当たってくれれば、万歳だ)
一階に降りると、物置の扉を開け、中を探る。さして荷物はなかった。
(この壁の向こうに、部屋があるかもしれん)
物置の突き当たり、そこの壁を拳でこつんと叩くレイモンド。
(……反響音では判断できぬか。建物の造りが、根本的に異なっているのだ、それも当然)
レイモンドは、隠し扉を探すため、顔を壁に近づけた。目を凝らし、板のわずかなずれも見逃すまいとする。
やや時間がかかったが、扉を発見。秘密の扉故、錠は不必要としたのか、簡単に開いた。
(見事、お宝があればお慰み)
隠し部屋を見つけたことで舞い上がりそうになる気持ちを抑えるため、心中で唱える。
がんどうをかざし、一歩ずつ、つま先立って進む。
「む?」
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