劇場型彼女

崎田毅駿

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6.こえのかたち

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「う、うーん、じゃあ少しだけ。ノックをした場面を頭の中で思い描いていたんだけど、台詞しかとっかかりがないよね。だったら、想定できる可能性は一つ、いや、二つかな。細かいことを言い出せば何通りかあるけれど」
「細かいことは言い出さないで、手短に」
「あ、はい。要するにとっかかりが台詞のみってことは、声だけが手掛かりと言い換えできる。僕はあまり耳がよくなくて、音楽の成績もいまいちだったんで、確信持って言えませんが、恐らく、僕らがこの部屋に入る前に応対していただいた声の種類と、今目の前におられる先輩方の人数とが合わないんだと思います」
「――素晴らしい。なんだ、分かってるじゃない」
 ハスキーボイスの女性が短く手を叩き、褒めてくれた。証拠は何もない、周りの反応から導き出した勘を賞賛されても、恥ずかしいな。
「ただし」
 おや? まだ何かあるらしい。
「それだけだと答は0点」
「え」
「半分当たりと見なして五十点あげてもいいんだけど、間違いは間違いだからね」
「おいおい、佐久間さくまさん、あまり辛口だと折角の新入生を逃してしまうかもしれないぞ」
 部長さんが割と真顔で苦言を呈した。佐久間と呼ばれた女性部員さん(先輩なので「さん」付けした方がいいかな)は、「だったら部長、続きは任せます」と笑いながらバトンタッチ。
「島田君、杉原さん、今の考え方でだいたい合ってるよ。ただ、是非とも検討して欲しいステップを一つとばしている。そこを彼女は言ってるんだ」
 部長さんの台詞に、佐久間さんも我が意を得たりという風に何度かうなずく。
「正確な人数を当てるクイズではないから。あなた達が言い出したことなんだし、だったら厳密に論理展開してみせて」
「そう言われましても……」
 僕は思わず、杉原さんの方を向いた。多分、助けを求める、すがるような眼差しになっていただろう。きっと、狼狽えも表に出ていたはず。
 対する杉原さんは落ち着き払ったもので、ほんと、頼もしい。わずかに首を傾げると、じきに無言で首肯した。
「こう答えればいいのでしょうか。――敢えて黙りこくっていた人がいる一方で、いくつかの声色を使い分けて一人何役かを演じた人もいるかもしれない。目に見える結果は同じでも、仕掛はやたらと凝っていた可能性がある、と」
 確信ありげに言った杉原さんを、先輩方のパチパチという拍手が包んだ。
「なかなかの逸材だな。無理強いはできないが、気持ちとしてはぜひ入ってもらいたい」
 部長の石切さんを始めとして、皆さん褒めちぎる。うーん、僕としては杉原さんが高く評価されるのは嬉しいし、鼻高々なんだけど、比較対象の僕自身はだいぶ各落ち感が出てしまったな。
「もちろん、杉原さんだけじゃない。島田君もぜひ」
 副部長の安馬さんからフォローが入った。大きな身体とは反対に、細かいことにまで気が回る人なのかもしれない。

 とまあそんなこんなを経て、僕も杉原さんも正式に入部すると決めた。
 新入部員は僕らに加えてもう一人、浜名《はまな》ひろみという一年生があとから来て、合計三名。現役の部員数は、これによりちょうど十人になった。そう、先輩達は結局、七人いたのだ。
「いやまあ、とにもかくにも一安心だな」
 新入部員歓迎コンパの席上で、石切部長が同じことを何度も言った。酔っ払っている訳ではなさそうだけど……。
 場所は居酒屋とファミレスの中間のような、一応ファミリーレストランを名乗っている店だった。大学からは電車で二駅。車どころか自転車でも行こうと思えば行ける距離にある。ある意味、大学にとって御用達の店と言ってもいい存在のようだ。
「大丈夫かしら、石切先輩」
 杉原さんがぽつりと、隣の浜名さんに耳打ち気味に言った。
「うん、壊れたテープレコーダー、針の飛んだレコードみたいだ」
 浜名さんは今っぽくないたとえで応じる。ちなみにだけど、浜名さんの性別はまだはっきりとは聞いていない。見た目は、ボーイッシュな女の子って感じなんだけど、化粧気はない。喉仏は出ていないが、いつもズボンだし、そもそもこのご時世にスカートを穿いてきたからと言って男性と言い切れるものでもないだろうけど、とにかく中性的なイメージの強い人なのだ。まあ、いずれ分かるでしょ。
「――はい、タイムアップ」
 突然、佐久間先輩が宣言し、石切部長の左肩を叩いた。
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