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4.謎の問答
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「とにかく中に入ってくれるかい。取って食いはしないよ」
多少自虐的なジョークを口にしながら、僕らを部室に通してくれた。室内にはこの長身の先輩の他に四人がいた。雰囲気や佇まいから判断するなら、みんな一年生ではない。
「念のため聞くけれども、君達の学年は?」
向かって右手、壁際のソファ、いや安楽椅子だ、安楽椅子に腰掛けている男性が、目をきらきらさせて聞いてきた。先ほど、副部長の名を呼んだ当人らしい。ほんのりと茶色味を帯びたストレートの髪が、肩に掛かるか掛からない程度にまで伸びて、ちょっとでも間違えるとむさ苦しくなりそうなのに、整った顔立ちがすべてをプラスに転じている。そんな男前である。
「一年です、二人とも」
「だよね。この季節に入部希望とか、一年生である確率はほぼほぼ百パーセントだ。推理のしがいがない」
「あ、あの、入ると決めてきたわけではなくて、今回は見学を」
恐る恐る、でも早めに釘を刺しておく。するとロン毛の人は最初のきらきらした目から無邪気さを消す。かといって、むすっとするでもなく、面白がる目付きに転じたようだ。
「なかなか耳ざとい。逸材かもしれん」
逸材? 何のこと?と尋ね返すよりも先にロン毛の人が続けて聞いてきた。
「君、名前は?」
「島田、です。あ、あの、見学だけでも名前とか学部とか書く必要があるんでしたら、自分で書きますが」
「いや、結構だよ。便宜上、聞いただけだから。そして君」
と、今度は杉原さんに話し掛ける。杉原さんは心得たもので、如才なく名字だけ名乗った。
「島田君に杉原さん。僕が部長の石切亨だ。見学と言っても、ミステリー研究会の我々から見せられるものはたいしてない。せいぜい過去の部誌の閲覧と、ミステリ、つまり推理小説や関連する映像作品、コミックスなどを中心としたおしゃべりくらいだ。普段の部活動なんて、ほとんどそれですべてだからね。あと、学生生活や勉強に関する有益な情報もそこそこ提供できるが、これはまあ入部後の話になる。問題は、僕らがミステリについてしゃべり出すと止まらなくなることが往々にしてあってね。入部希望者がいたとしても、なかなか高い確率で引かれてしまうんだ。かような理由により、まずは部誌を見てもらうのが適当だと考える。それとも活動に関して、質問がある? あるなら受け付けるよ」
「えっと」
一気にしゃべられて圧倒されていたところへ、質問はないかと不意に振られても、即座には出て来ない。杉原さんの方を見た。ミステリー研究会を見学に行こうと強く希望したのは、彼女の方だし、何かあるだろう。
「ではお尋ねします」
落ち着いた口調で杉原さん。
「何だろう? ああ、遅蒔きながらだが、合宿の内容は聞かないでくれたまえ。新入部員向けに何らかのサプライズを用意するのが伝統になっているのでね」
サプライズがあると予告すると、サプライズの強みがかなり失われるのでは……そんな心配をまだここの部員になると決めた訳じゃないのにしてしまう。
一方、杉原さんはまったく別のことを言った。
「それはそれは、入ったときが楽しみです。改めてお尋ねしますが」
杉原さんは一旦口を閉ざすと、石切さんから視線を外す。次いでその周辺でパイプ椅子や長机そのものに座っている他の面々を見渡し、ドアの近くでロッカーにもたれ掛かる安馬さんを見、最後に再び部長に戻る。
「ミステリー研究会の部室にいるのは、五人の方達だけですか?」
なるほど、部としての規模はまあ知っておきたいよなあ。実際、この部屋は(安馬さんのおかげで)第一印象では狭く感じたのだけれども、案外と奥行きがあるみたいだ。畳まれたままのパイプ椅子の数や長机のサイズから判断して、もっと部員がいてもおかしくはない。もちろん、椅子があるからと言ってそれぞれ使うメンバーが存在しているとは限らない。
部長さんの答を待つ。ところがすぐには返事が来ない。顎を撫で、にやりと擬態語が聞こえて来そうな笑みを覗かせた。そしてやおら、次のように聞き返してきた。
「杉原さん。今のは、ミス研に所属している部員の総数を教えてほしい、という意味なのかい?」
多少自虐的なジョークを口にしながら、僕らを部室に通してくれた。室内にはこの長身の先輩の他に四人がいた。雰囲気や佇まいから判断するなら、みんな一年生ではない。
「念のため聞くけれども、君達の学年は?」
向かって右手、壁際のソファ、いや安楽椅子だ、安楽椅子に腰掛けている男性が、目をきらきらさせて聞いてきた。先ほど、副部長の名を呼んだ当人らしい。ほんのりと茶色味を帯びたストレートの髪が、肩に掛かるか掛からない程度にまで伸びて、ちょっとでも間違えるとむさ苦しくなりそうなのに、整った顔立ちがすべてをプラスに転じている。そんな男前である。
「一年です、二人とも」
「だよね。この季節に入部希望とか、一年生である確率はほぼほぼ百パーセントだ。推理のしがいがない」
「あ、あの、入ると決めてきたわけではなくて、今回は見学を」
恐る恐る、でも早めに釘を刺しておく。するとロン毛の人は最初のきらきらした目から無邪気さを消す。かといって、むすっとするでもなく、面白がる目付きに転じたようだ。
「なかなか耳ざとい。逸材かもしれん」
逸材? 何のこと?と尋ね返すよりも先にロン毛の人が続けて聞いてきた。
「君、名前は?」
「島田、です。あ、あの、見学だけでも名前とか学部とか書く必要があるんでしたら、自分で書きますが」
「いや、結構だよ。便宜上、聞いただけだから。そして君」
と、今度は杉原さんに話し掛ける。杉原さんは心得たもので、如才なく名字だけ名乗った。
「島田君に杉原さん。僕が部長の石切亨だ。見学と言っても、ミステリー研究会の我々から見せられるものはたいしてない。せいぜい過去の部誌の閲覧と、ミステリ、つまり推理小説や関連する映像作品、コミックスなどを中心としたおしゃべりくらいだ。普段の部活動なんて、ほとんどそれですべてだからね。あと、学生生活や勉強に関する有益な情報もそこそこ提供できるが、これはまあ入部後の話になる。問題は、僕らがミステリについてしゃべり出すと止まらなくなることが往々にしてあってね。入部希望者がいたとしても、なかなか高い確率で引かれてしまうんだ。かような理由により、まずは部誌を見てもらうのが適当だと考える。それとも活動に関して、質問がある? あるなら受け付けるよ」
「えっと」
一気にしゃべられて圧倒されていたところへ、質問はないかと不意に振られても、即座には出て来ない。杉原さんの方を見た。ミステリー研究会を見学に行こうと強く希望したのは、彼女の方だし、何かあるだろう。
「ではお尋ねします」
落ち着いた口調で杉原さん。
「何だろう? ああ、遅蒔きながらだが、合宿の内容は聞かないでくれたまえ。新入部員向けに何らかのサプライズを用意するのが伝統になっているのでね」
サプライズがあると予告すると、サプライズの強みがかなり失われるのでは……そんな心配をまだここの部員になると決めた訳じゃないのにしてしまう。
一方、杉原さんはまったく別のことを言った。
「それはそれは、入ったときが楽しみです。改めてお尋ねしますが」
杉原さんは一旦口を閉ざすと、石切さんから視線を外す。次いでその周辺でパイプ椅子や長机そのものに座っている他の面々を見渡し、ドアの近くでロッカーにもたれ掛かる安馬さんを見、最後に再び部長に戻る。
「ミステリー研究会の部室にいるのは、五人の方達だけですか?」
なるほど、部としての規模はまあ知っておきたいよなあ。実際、この部屋は(安馬さんのおかげで)第一印象では狭く感じたのだけれども、案外と奥行きがあるみたいだ。畳まれたままのパイプ椅子の数や長机のサイズから判断して、もっと部員がいてもおかしくはない。もちろん、椅子があるからと言ってそれぞれ使うメンバーが存在しているとは限らない。
部長さんの答を待つ。ところがすぐには返事が来ない。顎を撫で、にやりと擬態語が聞こえて来そうな笑みを覗かせた。そしてやおら、次のように聞き返してきた。
「杉原さん。今のは、ミス研に所属している部員の総数を教えてほしい、という意味なのかい?」
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