劇場型彼女

崎田毅駿

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2.締結に至る経緯

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 僕的には一つ、納得しがたい点ができてしまったのだ。劇のラスト、数々のリベンジをじわじわ食らってきたキグナスは、クライマックスでアリゼに関係修復を懇願するも拒絶され、それでも未練がましくすがった挙げ句に、平手打ちを食らってちゃんちゃん、と幕引きになる。この脚本通りに進行していたんだが、最後の最後で杉原さんにアリゼが“憑依”したらしく……平手がげんこつに変わった。
 こっちは派手な音が出るようにと頬を晒している訳で、完全無防備なところへ、女の子とはいえ全力のパンチを食らったら、そりゃもう吹っ飛ぶ。目から火花が散るとはこのことかと思った。もしも本当の演劇部みたいに体育館のステージでやっていたら、舞台下に転落していた可能性大だった。
 僕のやられっぷりに、見に来てくれたお客さんはやんやの喝采、拍手をくれたのだから大成功なんだけど、やっぱりこれは腑に落ちない。
 カーテンコールの折には、もう杉原さんは元に戻っていたみたいだったから、そっと聞いてみた。「僕何か悪いことした?」と。
 対する彼女の反応は、きょとん。小首を傾げる仕種が可愛らしくて、すぐには言い出せなかった。でも僕が言わなくても、台本と違うげんこつだったのだから、周りの者が言う。それでようやく状況を把握した杉原さん、三日ある学園祭の間中、僕をずっと避けていたようだったけれども、三日目が終わった直後に僕を呼び出し、校舎裏の片隅で二人きりのシチュエーションになった。
「今さらですが、ごめんなさい」
 前置きなしに杉原さんは涙声で言って、頭を深々と垂れる。僕は左頬骨のてっぺんに貼った肌色の絆創膏をさわりながら、ほんの少し迷った。もうこれだけで許していいのだろうか。……許すべきなんだろうな。僕は杉原さんが“憑依”することがあると知っていた訳で、不測の事態でもそれなりに覚悟してなきゃいけなかった。男女平等・性差別反対と言っても基本的な腕力、少なくとも僕と彼女とを比べた場合は僕の方があるんだし。
「分かりました」
 つい、丁寧語で応じた。あまりにも平身低頭しているのを見ていられないというか、居心地が悪いというか、そんな気持ちの発露だった。
「もう気にしていないから。こんな場面を目撃されたら、僕の方が悪く見える。顔を上げて」
「……本当にいいのね?」
 そう言って面を起こした杉原さんは、まだ目を赤くしていた。こちらが黙ってうなずくと、「許してもらえるのはうれしいし、ほっとした、けど」と続けた。
「それだと私自身が納得できない気持ちがあって……」
「ややこしいこと言わなくても」
「ややこしくなんかないわ。罰がないといけない、というだけのことよ」
「罰?」
 真っ先に思い浮かんだのは、バラエティ番組で主にお笑い芸人が食らう罰ゲームの類。激辛食べ物とか超絶苦い飲料といった飲食系、あるいは軽微な電気ショック。
「自分で言うのも何だけど、私っていい子ちゃんで育てられてきたから、悪いことをしたときはきちんとお仕置きを受けないとだめなの」
 個人的感覚だと、お仕置きと罰とではだいぶ印象が異なるが、今は言うまい。代わりに、この状況を早く終わらせようと先を促す。
「どうしたらいい訳? 具体的に何かあるの、杉原さん」
「ええ、まあ。たとえば、私も同じように殴られるとか」
「できるかっ」
「そう言うわよね……じゃあ、島田君の言うことを何でも一つ聞くというのは?」
 トップクラスの女子からこんなこと言われるなんて、ある意味、夢みたいなシチュエーションだな。草食系と認識されているから甘く見られたのかな。いくら僕でも、ちょっと意地悪な気持ちが鎌首をもたげたぞ。
「ほんとに何でも?」
「法律の範囲内でなら」
「なるほど。それなら……仮に、一日デートしてほしいと言ったら、してくれる?」
「大丈夫」
 これくらいでは堪えないか。なら、もう少し意地悪を。
「だったら、一年間、恋人のふりをしてくれという頼みだとどうかなー?」
「それも大丈夫。一年と言わず、卒業くらいまでなら大丈夫」
 多少は嫌なのだろうか。彼女が自身に言い聞かせるかのように、大丈夫を二度使った辺り、妙にリアルだ。よし、決めた。
「じゃ、女にも二言はないことを証明してください。杉原さんが今言った条件で行こう」
「分かった」
 承知の返事の直後、僕は飛び上がるくらいびっくりさせられた。何故なら、杉原さんはぴたっと身を寄せ、僕の腕に腕を絡めてきたのだから。
「何を――」
「恋人というと、これくらいのことは日常茶飯事では」
 見上げてくる彼女の瞳が真っ直ぐで、思わず目をそらした。
「い、いや、恋人の関係と言っても、色々なレベルと言うか段階があるでしょ」
「ではどのようなレベルを希望するの、島田君は」
「ええっと……健全な高校生のレベルで……お願いします」
「腕を組むくらいなら、まだ健全な高校生だと思うけれども、まあいいわ」
 腕を放して距離を取ると、杉原さんは最初に謝罪したときに似た動作で深くお辞儀をしてきた。
「これからお付き合い、よろしくお願いします」
 そうして上体を起こした彼女の笑顔は、これまでになく初々しくて可愛らしかった。
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