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1.付き合う前に時間を戻す
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二人の出会い、それは三年前のことだった。
~ ~ ~
……しばらく無音が続いた。いや、息遣いだけ聞こえる気がする。どういう風に切り出そうか、タイミングを計っている気配が感じられた。
『何でしょう、キグナス様。予定になかったのに、急にお呼び出しになるなんて』
『あー、アリゼ嬢。今日、来てもらったのは他でもない。貴女にお伝えしなくてはいけないことができたんだ』
『あら。もしかして嬉しいことですかしら?』
声が弾む。感情の入った話しぶりに、こちらも感情を込めようと努める。
『すまない、その逆だ。貴女はリーグ卿を知っているだろうか』
『リーグ卿……かつて山林王と呼ばれていた、カズウェル・リーグ卿のことでしたら、はい、多少は存じ上げています。今はご商売がうまく立ち行かなくなっていると聞きますし、華やかな場からは足が遠のいていると。そのくらいしか分かりません』
『それだけ知っていれば充分だ。リーグ卿にはラターシャという名の娘がいて、実は僕と幼馴染みなのだ。同じ学び舎で席が隣り合ったこともある』
『ふうん……?』
『その幼馴染みから救いを求められた。汚染された土と木々を一掃するための資金を援助してもらえないかと。そして応じる方向で話がまとまりつつあるんだよ。もちろん、僕ではなく、父の意思で決まるのだけれども』
『そのようなご商売のお話が、私達とどのように関係するのでしょう? もしや、披露宴の規模が当初の決め事よりも若干小さくなる、とでも? それくらいなら私、気にしません』
『……本当にすまない。宴も式典もなしだ』
『え? そ、そんなに莫大な費用が掛かるのですが、その援助には。だとしたら、まず本当に援助して大丈夫なのかどうか、くれぐれも入念にご検討なさった方が』
『違うんだ、アリゼ。これを機に、我がライトン家とリーグ家の結び付きを強固なものとすべく、僕とラターシャとは婚姻を結ぶ運びとなったんだ』
『……意味が分かりません。だって』
『つまり、君との婚約は破棄する。どうか聞き入れてくれ』
『――なんですって!』
がちゃ。
電話がいきなり切れた。
どうしたものかと考えていると、程なくして再び彼女から掛かってきた。
「はい、もしもし。杉原さん、どうかした?」
「ごめんごめん。力が入って、つい、フックボタンを押してしまったみたい」
「演技に熱が入るのはいいけれども、端末壊さないようにね。いつかみたいに“憑依”しちゃって」
「いやね。力が入ったと言っても、そんな破壊力はないわよ。だいたい、今演じていたのは人に頼らなければ生きていけないようなか弱いキャラクターでしょ」
僕、島田浩一と杉原千鶴さんは、演劇部に所属している訳でもないのに、劇の練習にいそしんでいた。高校生活最初の学園祭でのクラスの出し物として、寸劇を演じることが決まったからである。ヒロインたるお姫様役はクラスで一、二を争う美形(ちょっと男前要素が入った美人顔なので美形と呼んで差し支えなかろう)である杉原さんに、彼女自身のアピールもあって簡単に決まったが、そのお姫様と婚約しておきながら無茶な理由で直前になって破談を言い出す酷い王子様は、誰もやりたがらなかった。で、投票の結果、性格は人畜無害の草食系なのにずる賢そうな二枚目づらってことで、僕が選出された次第。
時間が足りない、電話を通して台詞合わせをしようと言い出したのは彼女の方からで、学校外にいるときは暇さえあれば掛けてくる。あまりにも自由なので、登下校中の車内だけは勘弁してと言ったら聞き入れてくれたけれども、今度は夜遅くまで練習が延びるようになって、これはこれでまずい。紆余曲折あって、練習するときは僕の方から電話する決まりになった。
まあ僕としても杉原さん相手に劇の三番手ぐらいを務めるのは楽しいし、演じるなら悪役の方が面白いという口だからやる気はある。だから、何で電話してこないのとせっつかれることはなく、真面目に練習した。ただ、一度練習に入るや彼女の集中力が凄くて、呆気に取られたのも事実。その集中がさっき言った“憑依”と呼びたくなる状態を生み出すことが、稀にあった。杉原さんは役になりきって、しばらく戻らなくなるのである。
「でも、アリゼは後半、一転して復讐に燃えるキャラになるし、暴力的なシーンもあったから」
「やめてよ。そんな風に言われたら、次、本当に壊すかもしれないじゃない」
「ぼちぼち立ち稽古が増えてくるから、大丈夫とは思うけど」
立ち稽古はまだ大まかな流れを追うだけのを、二回しかやっていないが、そのときはさすがに“憑依”しなかった。今後の稽古でも起きないとは限らないけど、少なくとも携帯端末が壊れることはない。
こうして約一ヶ月の練習期間を経て、衣装作りや書き割りなんかも間に合って、無事に学園祭を迎えた。
お祭りの期間は三日。一年各クラスの出し物は初日に集中している。そんな風に多少の緊張はあれで寸劇はうまく行っていたんだ。いや、うまく行った、好評を博したと言い切っていいのかもしれない。
けれども……。
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……しばらく無音が続いた。いや、息遣いだけ聞こえる気がする。どういう風に切り出そうか、タイミングを計っている気配が感じられた。
『何でしょう、キグナス様。予定になかったのに、急にお呼び出しになるなんて』
『あー、アリゼ嬢。今日、来てもらったのは他でもない。貴女にお伝えしなくてはいけないことができたんだ』
『あら。もしかして嬉しいことですかしら?』
声が弾む。感情の入った話しぶりに、こちらも感情を込めようと努める。
『すまない、その逆だ。貴女はリーグ卿を知っているだろうか』
『リーグ卿……かつて山林王と呼ばれていた、カズウェル・リーグ卿のことでしたら、はい、多少は存じ上げています。今はご商売がうまく立ち行かなくなっていると聞きますし、華やかな場からは足が遠のいていると。そのくらいしか分かりません』
『それだけ知っていれば充分だ。リーグ卿にはラターシャという名の娘がいて、実は僕と幼馴染みなのだ。同じ学び舎で席が隣り合ったこともある』
『ふうん……?』
『その幼馴染みから救いを求められた。汚染された土と木々を一掃するための資金を援助してもらえないかと。そして応じる方向で話がまとまりつつあるんだよ。もちろん、僕ではなく、父の意思で決まるのだけれども』
『そのようなご商売のお話が、私達とどのように関係するのでしょう? もしや、披露宴の規模が当初の決め事よりも若干小さくなる、とでも? それくらいなら私、気にしません』
『……本当にすまない。宴も式典もなしだ』
『え? そ、そんなに莫大な費用が掛かるのですが、その援助には。だとしたら、まず本当に援助して大丈夫なのかどうか、くれぐれも入念にご検討なさった方が』
『違うんだ、アリゼ。これを機に、我がライトン家とリーグ家の結び付きを強固なものとすべく、僕とラターシャとは婚姻を結ぶ運びとなったんだ』
『……意味が分かりません。だって』
『つまり、君との婚約は破棄する。どうか聞き入れてくれ』
『――なんですって!』
がちゃ。
電話がいきなり切れた。
どうしたものかと考えていると、程なくして再び彼女から掛かってきた。
「はい、もしもし。杉原さん、どうかした?」
「ごめんごめん。力が入って、つい、フックボタンを押してしまったみたい」
「演技に熱が入るのはいいけれども、端末壊さないようにね。いつかみたいに“憑依”しちゃって」
「いやね。力が入ったと言っても、そんな破壊力はないわよ。だいたい、今演じていたのは人に頼らなければ生きていけないようなか弱いキャラクターでしょ」
僕、島田浩一と杉原千鶴さんは、演劇部に所属している訳でもないのに、劇の練習にいそしんでいた。高校生活最初の学園祭でのクラスの出し物として、寸劇を演じることが決まったからである。ヒロインたるお姫様役はクラスで一、二を争う美形(ちょっと男前要素が入った美人顔なので美形と呼んで差し支えなかろう)である杉原さんに、彼女自身のアピールもあって簡単に決まったが、そのお姫様と婚約しておきながら無茶な理由で直前になって破談を言い出す酷い王子様は、誰もやりたがらなかった。で、投票の結果、性格は人畜無害の草食系なのにずる賢そうな二枚目づらってことで、僕が選出された次第。
時間が足りない、電話を通して台詞合わせをしようと言い出したのは彼女の方からで、学校外にいるときは暇さえあれば掛けてくる。あまりにも自由なので、登下校中の車内だけは勘弁してと言ったら聞き入れてくれたけれども、今度は夜遅くまで練習が延びるようになって、これはこれでまずい。紆余曲折あって、練習するときは僕の方から電話する決まりになった。
まあ僕としても杉原さん相手に劇の三番手ぐらいを務めるのは楽しいし、演じるなら悪役の方が面白いという口だからやる気はある。だから、何で電話してこないのとせっつかれることはなく、真面目に練習した。ただ、一度練習に入るや彼女の集中力が凄くて、呆気に取られたのも事実。その集中がさっき言った“憑依”と呼びたくなる状態を生み出すことが、稀にあった。杉原さんは役になりきって、しばらく戻らなくなるのである。
「でも、アリゼは後半、一転して復讐に燃えるキャラになるし、暴力的なシーンもあったから」
「やめてよ。そんな風に言われたら、次、本当に壊すかもしれないじゃない」
「ぼちぼち立ち稽古が増えてくるから、大丈夫とは思うけど」
立ち稽古はまだ大まかな流れを追うだけのを、二回しかやっていないが、そのときはさすがに“憑依”しなかった。今後の稽古でも起きないとは限らないけど、少なくとも携帯端末が壊れることはない。
こうして約一ヶ月の練習期間を経て、衣装作りや書き割りなんかも間に合って、無事に学園祭を迎えた。
お祭りの期間は三日。一年各クラスの出し物は初日に集中している。そんな風に多少の緊張はあれで寸劇はうまく行っていたんだ。いや、うまく行った、好評を博したと言い切っていいのかもしれない。
けれども……。
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