闘技者と演技者

崎田毅駿

文字の大きさ
30 / 58

30.志貴斗のメンバーリスト

しおりを挟む
「あの、お言葉を返すようで恐縮ですが、社長、曹選手はもう一試合、日本でやっています。チャレンジマッチ的な大会で、地上波はなかったようですが」
「何。誰と?」
「ユアン・フィルポッツという英国のヘビー級王者だった選手と。勝った方にはロード本戦のレギュラーになれる権利が与えられるとして行われ、かなり泥臭い試合になりましたが」
「ちょっと待て。おまえさんはその試合、見たのか」
「はい。このリストが送られてきたあと、ざっとチェックしたので」
「なるほど、優秀だな。続けてくれ」
「かなり泥臭い試合になりましたが、最終三ラウンドに曹がTKO勝ちを収めました。動画が公式サイトにありますので、見ますか」
「うむ」
 その返事を予測していたらしく、渉外部長は小脇に抱えていたタブレットを持ち直すと、話を続けながら慣れた手つきで起動から動画再生の手前まで済ませた。
「僭越ながら私の見るところ、非常にプロレス向きな気がしました」
「キャラを立てやすいってことか」
「はい。――どうぞ、社長」
 白三角のボタンマークを、道山の太い指が押す。再生が始まった。両選手がコールされる場面からだ。まだ日本では馴染みのない選手であるが、一試合こなしている分、曹の方が声援は大きい。英国王者というフィルポッツは、宋に見劣りしない長身の黒人選手で、肉体の分厚さでは勝っている。
「こんなでかい奴同士を登竜門的大会で組むとは、ロードはまだまだ儲かってるんだな。お、始まったか。――おほっ」
 いい物を見たときや喜びを表すときの声が、道山の口から漏れ出た。
「こいつはいい。まるで風力発電だ」
 序盤から曹はバックハンドブローを多発した。フェイントも何もない、ただただ振り回すだけの人間ゴマと化している。ほとんど、いや全てブロックされるかよけられている。
「ちょっと空振りが多すぎるな。だが、西洋人に突っ込むのを躊躇させるだけのパワーとスピードがあるのは魅力的だ。あとはスタミナとテクニック」
 道山が呟いた矢先、フィルポッツの方が動いた。ローキックを出して様子を見る。ただ、長い足をしている割に届かない。連続のバックブローの威力を恐れているのがありありと窺えた。
 らちがあかないと見たか、低空タックルに行くフィルポッツ。余裕のバックステップでかわす曹。
「意外と俊敏だな。でも、くるくる回ってるときに今のタックルに来られたら、やばいだろ」
「はい。事実、ラウンド終了間際にタックルで倒されてしまいます」
 渉外部長の言葉の通り、残り三十秒ほどになったとき、バックブローのタイミングを読まれ、軸足をタックルで刈られた曹。マットに横倒しになったが、ガードを固めてしのぎきる。二ラウンド目も似たような展開が半ばまで続き、残り二分になる頃には両者ともに疲労がにじみ出ていた。曹は回転をやめ、両膝にそれぞれの手をついて休む。フィルポッツもこれ幸いと、ファイティングポーズは保っているが明らかに休憩していた。
 ブーイングが飛び交い始めレフェリーがファイトを促すこと三度、ようやくフィルポッツがタックルに行ったが、これも曹は巧みに切った。ただ、相手の身体にのしかかっても攻撃には行けないようだ。そのまま二ラウンドが終了。
「スタミナないな」
「最終ラウンドで残っているスタミナをふりしぼりますけどね。やけのやんぱちみたいな感じでした」
 第三ラウンドに突入しても、曹はバックブローによる奇襲をやめない。もはや繰り出されることが分かっているバックブローなぞ、奇襲とは呼べないし、当たるはずもない。フィルポッツの方は徐々にタイミングを合わせるのがうまくなっていた。タックルをタイミングよく決め、長身の曹を完全には倒しきれないが、いずれうまく行くだろうと予感させる展開だ。
「これで本当に曹が勝ったのか?」
 道山が疑問を呈したそのとき、試合の流れは大きく変化した。十何度目かのタックルに来たフィルポッツの頭部に、曹の右膝がヒット。ダウンこそ免れたが、フィルポッツは曹に上からのしかかられる。
 ここでレフェリーがタイムストップを掛け、フィルポッツの額を覗き込んだかと思うと両者を分け、ドクターを呼ぶ。白のマットに赤い血が広がっているのが分かる。
 リングに上がってきたドクターはフィルポッツの額の傷を見るや、即座に首を横に振った。レフェリーがゴングを要請し、曹のTKO勝ちが宣せられる。
「何か呆気ねえな。膝を当てられるんだったら、もっと早くからやりゃいいのによ」
 不満を吐露する社長に、渉外部長は動画を少し進めた。
「勝利者インタビューがあります。通訳もいますが、日本語でほぼ答えてます」
「どれどれ……」
 リング上でマイクを向けられ、インタビューに答える曹はまだあどけないと言ってもいい童顔だった。試合中の険しい表情、青白い肌とは打って変わって人なつっこい笑みを浮かべている。勝利を祝福するコメントを述べてから、インタビュアーが本題に入る。
「英国王者との対戦でしたがどうでしたか」
「強かった」
「えー、初回からバックハンドブローを連発して、体力を消耗したのでは?」
「はい、疲れました」
「奇襲攻撃に使う技だと思うんですが、初回から使ったのは習った技を試したかったんでしょうか」
「うーん、ちょっと違う。試したかったのもある。けど、作戦ね」
「どんな作戦ですか」
「フィルポッツ選手、私よりもキャリアがあって実績もあって、多分今の私よりも強い。まともにやったら勝てないと思った。だから第一ラウンドから、えー、バカノヒトツオボエみたいに同じ技出して、相手を油断させる作戦ね」
「フィルポッツ選手はしっかり対処していたように見えましたが」
「攻撃が同じになったでしょ。タックルばかり。私、それを待っていた。第一ラウンドから膝蹴り出しても、多分当たらなかったと思うよ」
 ここで道山は再生を止めさせた。
「こいつはとんだ策略家だったって訳か。アマチュアだがある意味面白い。いかにも中国の選手だ」
「どういう意味ですか」
 メモを取っていた新妻が問うと、道山は天井を睨みながら答える。
「昔、中国の上の方の人物が、何か言葉を残していなかったか。“敵の力が強大なときは借りてきた猫のように大人しくして力を蓄えてから一気に天下を取る”みたいな」
「さあ……不勉強で相済みません」
「なに、俺もうろ覚えどころか、ほとんど消えかけていた記憶だ。にしても、この曹っての、プロレスラーとして鍛えた方がよさそうだよな。ロードさんもこんな戦い方で白星を積み重ねられても扱いに困るんじゃないか」
「同感です」
 渉外部長は最初に述べた自身の意見が認められた思いからか、にんまりしていた。
「それじゃ、日本人のメンバーを聞こうか」
「あ、はい。まずは志貴斗内部で認定する日本ヘビー級王者、中川恭一なかがわきょういち選手」
「おっ、ちゃんと約束通り、王者クラスを寄越してくれたか。だが、聞かねえ名だな」
「えっと、ロード本戦出場は一度で、秒殺の惨敗。その後のチャレンジマッチでも一敗一分けと結果が出せていません。強豪外国人との差が大きいと見なされていますね」
「そうなのか。じゃあ、俺とは釣り合わねえな。他には?」
 このあと、渉外部長が日本ヘビー級の元王者、ライトヘビー級現王者、ミドル級一位の選手を順に挙げていったが、どれも道山の眼鏡にはかなわなかった。
「それなりに強いんだろうけどよ、ぴんと来んな。知名度は?」
「今回のリストの中では、ミドル級一位の佐倉美樹彦さくらみきひこ選手がダントツかと。志貴斗の中ではミドル級に敵がいなくなったのでタイトル返上、今はランキング制度の規則で一位に置いているものの、本人はライトヘビーに転向する意向だとか。ロードでも海外強豪相手に勝利を重ね、ブラジルの柔術家の連勝をストップさせたのが大きいです」
「ああ、思い出した。あいつか」
 地上波でまさにその試合を観た記憶が鮮明にある。柔術で外人に日本人が勝てないのは情けないと感じていただけに、佐倉の勝利には道山も心の中で快哉を叫んだものだ。

 続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

サウンド&サイレンス

崎田毅駿
青春
女子小学生の倉越正美は勉強も運動もでき、いわゆる“優等生”で“いい子”。特に音楽が好き。あるとき音楽の歌のテストを翌日に控え、自宅で練習を重ねていたが、風邪をひきかけなのか喉の調子が悪い。ふと、「喉は一週間あれば治るはず。明日、先生が交通事故にでも遭ってテストが延期されないかな」なんてことを願ったが、すぐに打ち消した。翌朝、登校してしばらくすると、先生が出勤途中、事故に遭ったことがクラスに伝えられる。「昨日、私があんなことを願ったせい?」まさかと思いならがらも、自分のせいだという考えが頭から離れなくなった正美は、心理的ショックからか、声を出せなくなった――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...