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25.裏の話
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「志貴斗代表の獅子吼です……」
ややしわがれた、ドスの利いた声が響くと、場内は急に静かになっていった。
「プロレスファンの皆さん、こんばんは。勝っていれば道山さんを呼び出しているところなんだが、負けちまったんじゃあ仕方がない」
獅子吼は伊藤の顔を見た。伊藤は気圧されたように半歩だけ下がった。
「伊藤君。もし君がよければうちに来なさい。世界に通用する総合格闘技の選手に仕立ててあげられるよ」
予想外のスカウト発言に、会場からは歓声と野次が入り交じって飛ぶ。当の伊藤はというと何を言われたのか理解するのに時間が掛かったらしく、だいぶ遅れて「お断りだ!」と地声を張り上げた。
「そうかい。センスがあると思うんだがな、もったいない。まあよかろう。こっちは先勝を上げあるつもりで仕掛けた戦争で、いきなりこけた。でかい口を叩ける立場じゃない。だが、ここで君達を相手にした私が、全員をばったばったとなぎ倒せば風向きを取り戻せるかと思うんだが、どうだね?」
あからさまな挑発をゆっくり言い終えると、獅子吼はマイクの向きを持ち替え、プロレスラー側に返そうとする。すでに右手の方は空手の突きを出せる臨戦態勢にあった。
「ちょっと待ちなって」
その胴間声は会場後方から聞こえたようだった。道山力その人の声に間違いなかった。
観客ばかりでなく、リング上の獅子吼代表もレスラー達も一斉に声のした方角へ振り向いた。
赤コーナーから伸びる花道に道山の姿があった。悠然と歩いてリングに向かう。若手による先導が一切ないことから、予定になかった行動なのだと想像された。ファンが殺到して、手を伸ばす中、何人かの若手や練習生が慌てて駆け付け、社長の周囲に着いた。
「出て来てくれたか。これで格好が付くってもんだ。感謝の意を表するよ」
獅子吼はまだ返していなかったマイクを持ち直し、低音の声で言った。それから今度こそマイクを場外のリングアナウンサーに渡すことで手放し、自らは青コーナーのターンバックルを背に、トップロープに腕を掛けてゆったりと構えた。
道山の方はと言うと、リングに上がる間際にリングアナウンサーからマイクを受け取り、悠然とした態度のままステップを一歩ずつ昇る。鬼頭と長崎がサードロープとセカンドロープの間を広げると、そこをくぐって堂々たるリングイン。片手を天井に突き上げる、その仕種だけで大歓声が巻き起こった。
「獅子吼代表、プロレスのリングにようこそ。よくぞロープを跨いでくれた。本来なら現役ばりばりのトップ二人に出迎えさせたいんだが、今日は大事なタッグタイトルマッチがあるからな。長羽も実木も出て行けねえとなると、俺が行くしかあるまい」
まるでこの場でやり合おうとするかのような台詞だが、さすがに現実的ではない。それでもなお、盛り上がりは最高潮に達した。
「で、どう落とし前を付けてくれるんだ、代表?」
「そっちの要求を聞こうじゃないか」
地声で即座に言い返した獅子吼。リング下では、リングアナウンサーが走り回って、もう一本、マイクを調達してきていたが、渡すタイミングが掴めないでいる。
「いずれでかいことをやるのは当然として、とりあえずはうちの試合にもっと上の連中を寄越してもらおうか。なるべくでかいのがいい。今やってるシリーズの天王山は五日後の大阪。当然、ビッグマッチを組むつもりで世界三大王者の一人、モーガンが明後日から一週間、特参(特別参加)すると発表したはいいが、あの野郎、スケジュール多忙を盾に今頃になってキャンセルしそうな雲行きなんだよ。やつが来られなかったときのために、大阪での目玉になってくれ」
ぶっちゃけたあと、一旦マイクを口から遠ざけたが、すぐさま付け足す。
「でかいのと言っても、あんたにさっき伸された奴は御免蒙る。顔じゃねえ」
社長の“演説”を聞いていた福田は、再び笑いを堪えるのに往生した。
「舞台裏を明かしすぎですぜ、社長。全部じゃないにしても」
「クラッシャー・モーガンとはファイトマネーの折り合いが付きそうにないと小耳に挟みましたが、問題はスケジュールの方なんですかね」
「そんな訳あるか。言い値を払えないから呼べない、なんてことをお客さんの前で言えるかい。ただ、マネーの釣り上げ自体もポーズかもしれん。モーガンだってアメリカでのでかい試合が終わったあとで、身体のメンテナンスをしたいのが本音だろ。向こうのボスの言いなりになるのも癪だから、ギャラでごねて見せてるんじゃないかってグラハム兄弟が話してたよ。うちはうちで世界王者を呼ぶよりは安く済み、それでいて刺激的な志貴斗の連中が乗り込んで来てくれたから、ここはモーガンに恩を売って貸しを作っておくことにしたのかもしれん」
「いや、でも、はなから日本に来なかったら、モーガンのボスは別のスケジュールを入れるでしょう」
「だから来日はするが一試合だけやって、“負傷していただく”んじゃないかな。自業自得的な怪我じゃないと話がまたややこしくなるから、その辺は入念に打ち合わせをするだろう」
福田は噛んで含めるような口ぶりで言った。
続く
ややしわがれた、ドスの利いた声が響くと、場内は急に静かになっていった。
「プロレスファンの皆さん、こんばんは。勝っていれば道山さんを呼び出しているところなんだが、負けちまったんじゃあ仕方がない」
獅子吼は伊藤の顔を見た。伊藤は気圧されたように半歩だけ下がった。
「伊藤君。もし君がよければうちに来なさい。世界に通用する総合格闘技の選手に仕立ててあげられるよ」
予想外のスカウト発言に、会場からは歓声と野次が入り交じって飛ぶ。当の伊藤はというと何を言われたのか理解するのに時間が掛かったらしく、だいぶ遅れて「お断りだ!」と地声を張り上げた。
「そうかい。センスがあると思うんだがな、もったいない。まあよかろう。こっちは先勝を上げあるつもりで仕掛けた戦争で、いきなりこけた。でかい口を叩ける立場じゃない。だが、ここで君達を相手にした私が、全員をばったばったとなぎ倒せば風向きを取り戻せるかと思うんだが、どうだね?」
あからさまな挑発をゆっくり言い終えると、獅子吼はマイクの向きを持ち替え、プロレスラー側に返そうとする。すでに右手の方は空手の突きを出せる臨戦態勢にあった。
「ちょっと待ちなって」
その胴間声は会場後方から聞こえたようだった。道山力その人の声に間違いなかった。
観客ばかりでなく、リング上の獅子吼代表もレスラー達も一斉に声のした方角へ振り向いた。
赤コーナーから伸びる花道に道山の姿があった。悠然と歩いてリングに向かう。若手による先導が一切ないことから、予定になかった行動なのだと想像された。ファンが殺到して、手を伸ばす中、何人かの若手や練習生が慌てて駆け付け、社長の周囲に着いた。
「出て来てくれたか。これで格好が付くってもんだ。感謝の意を表するよ」
獅子吼はまだ返していなかったマイクを持ち直し、低音の声で言った。それから今度こそマイクを場外のリングアナウンサーに渡すことで手放し、自らは青コーナーのターンバックルを背に、トップロープに腕を掛けてゆったりと構えた。
道山の方はと言うと、リングに上がる間際にリングアナウンサーからマイクを受け取り、悠然とした態度のままステップを一歩ずつ昇る。鬼頭と長崎がサードロープとセカンドロープの間を広げると、そこをくぐって堂々たるリングイン。片手を天井に突き上げる、その仕種だけで大歓声が巻き起こった。
「獅子吼代表、プロレスのリングにようこそ。よくぞロープを跨いでくれた。本来なら現役ばりばりのトップ二人に出迎えさせたいんだが、今日は大事なタッグタイトルマッチがあるからな。長羽も実木も出て行けねえとなると、俺が行くしかあるまい」
まるでこの場でやり合おうとするかのような台詞だが、さすがに現実的ではない。それでもなお、盛り上がりは最高潮に達した。
「で、どう落とし前を付けてくれるんだ、代表?」
「そっちの要求を聞こうじゃないか」
地声で即座に言い返した獅子吼。リング下では、リングアナウンサーが走り回って、もう一本、マイクを調達してきていたが、渡すタイミングが掴めないでいる。
「いずれでかいことをやるのは当然として、とりあえずはうちの試合にもっと上の連中を寄越してもらおうか。なるべくでかいのがいい。今やってるシリーズの天王山は五日後の大阪。当然、ビッグマッチを組むつもりで世界三大王者の一人、モーガンが明後日から一週間、特参(特別参加)すると発表したはいいが、あの野郎、スケジュール多忙を盾に今頃になってキャンセルしそうな雲行きなんだよ。やつが来られなかったときのために、大阪での目玉になってくれ」
ぶっちゃけたあと、一旦マイクを口から遠ざけたが、すぐさま付け足す。
「でかいのと言っても、あんたにさっき伸された奴は御免蒙る。顔じゃねえ」
社長の“演説”を聞いていた福田は、再び笑いを堪えるのに往生した。
「舞台裏を明かしすぎですぜ、社長。全部じゃないにしても」
「クラッシャー・モーガンとはファイトマネーの折り合いが付きそうにないと小耳に挟みましたが、問題はスケジュールの方なんですかね」
「そんな訳あるか。言い値を払えないから呼べない、なんてことをお客さんの前で言えるかい。ただ、マネーの釣り上げ自体もポーズかもしれん。モーガンだってアメリカでのでかい試合が終わったあとで、身体のメンテナンスをしたいのが本音だろ。向こうのボスの言いなりになるのも癪だから、ギャラでごねて見せてるんじゃないかってグラハム兄弟が話してたよ。うちはうちで世界王者を呼ぶよりは安く済み、それでいて刺激的な志貴斗の連中が乗り込んで来てくれたから、ここはモーガンに恩を売って貸しを作っておくことにしたのかもしれん」
「いや、でも、はなから日本に来なかったら、モーガンのボスは別のスケジュールを入れるでしょう」
「だから来日はするが一試合だけやって、“負傷していただく”んじゃないかな。自業自得的な怪我じゃないと話がまたややこしくなるから、その辺は入念に打ち合わせをするだろう」
福田は噛んで含めるような口ぶりで言った。
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