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19.正式参戦
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「映像がないから想像するだけですけれど、相当うまくやったみたいですね、鬼頭さんも」
鶴口と鬼頭の試合を伝える記事を思い起こしながら、小石川はふと浮かんだ考えを口にした。
「ああ」
「ひょっとして、福田さんが作戦を授けたとか?」
直感で聞いてみる小石川。福田は前を向いたまま、唇をにやりとさせた。
「さあな。鬼頭のおっさんが戸宮に勝って、次に鶴口と当たると決まったあと、二人で飲みに行ったことは行ったが、どんな話をしたかまでは覚えちゃいないね。あの夜は飲み過ぎた」
明らかにとぼけている。そしてとぼけていることを楽しんでいる様子の福田に、小石川は肩をすくめた。
水橋と開原の再試合を残し、準決勝の一つが行わる予定だった京都大会で、前日に緊急記者会見が開かれた。
総合格闘技・志貴斗の選手で、ロードにも参戦経験のある井関大吾のプロレス参戦が発表され、翌日の京都大会で伊藤とシングルで当たるという内容。
これは志貴斗との話がとりあえずまとまったことを意味していた。厳密には、テストケースという位置付けだ。
「話がまとまりつつあるのはいいとして、この試合がトーナメントの一環として行われるのは納得いきません」
会見翌日、つまり大会当日に情報を持って来た練習生が帰ったあと、福田と小石川はまた病室で意見交換をした。
「表向きは挑戦してきた外敵に対して、まずは若手を当てるというセオリー通りのマッチメークに見えるだろうが、内情を知っているだけにどうにも腹立たしい……というおまえの気持ちは分かるが、どっちにせよおまえ自身は試合ができる状態じゃないんだから、ここはスルーしとけ」
「分かってますよ。この前の話が身に染みましたから。納得できないというのはトーナメントに割り込まれたからだけじゃなくって、仮に井関が勝てば、次は佐波と当たるってことです。プロレスでデビュー二戦目の奴が佐波との試合が組まれるなんて、通常はあり得ない」
「んなこと言ったって、これまでプロレス界に、他種競技からの転向者の特別扱いなんて、腐るほどあったろう」
大相撲の関取力士と五輪にも出たような柔道家が双璧で、空手家やキックボクサーもいる。アメリカンフットボーラーやボディビルダーなんてのもあった。
「参戦当初は異種格闘技戦として煽って、プロレスに順応できそうなら本格的にプロレスに移行してもらう。客を集め、選手を売り出すための常套手段じゃねえか。それを今さらガタガタ文句言うなっての」
「過去の歴史はもちろん承知していますよ。その上で、今度の件はまた話が違うだろうってことです」
「どこが違うのか言ってみな」
福田が面白そうに問い返す。彼自身、事例が異なること自体は十二分に理解しているようだった。
「ええ、望むところですよ。第一に、これまでとは格が違う。大相撲出身の特別扱いは元横綱や大関クラスだった。柔道にしたって、オリンピックや世界選手権なんかでメダルを獲るかそれに準じた実績を残した選手が、特別扱いを受けていました。じゃあ、井関は何の実績があるのか?って話ですよ」
鼻息荒く、口角泡を飛ばす小石川。
「俺、元々そんなに詳しくないから調べましたよ。ここ、ネットが使えないから、若い奴らに雑誌を買ってこさせて。総合格闘技のこと、ロードや志貴斗のことも」
「小金がかかってるな。で、どうだった。聞かせてくれよ」
「井関は四年目の選手で、志貴斗のアマチュア選手権でこそ優勝が記録されていましたが、プロになってからは調子がよかったのは最初の数試合だけで、あとは勝ったり負けたりの繰り返し。まだタイトルマッチにもこぎ着けていない。ただし、先輩選手の代打でロードに参戦したところ、思い切りのよいファイトぶりで支持を得た。そこから継続的にロードに参戦するようになったとありました。正直言って、特別扱いしなきゃならない格の選手じゃありませんね。実際、世間一般の知名度なんてないに等しい。人気はあくまでもロードで得た、総合格闘技ファンからのものに限られる」
「そっくりそのまま、おまえさんに当てはまりそうじゃないか。なあ、拓人?」
「冗談を言わないでください。俺にはアマチュアの実績なんてゼロですよ。という以前にアマチュアの経験自体がない。勝ったり負けたりなら星は五分以上でないとだめだと思いますが、俺はまだ負けの方が多いですよ、恐らく」
ここ一年ほどで多少認められたか、若手の中では筆頭格扱いだが、それでも先輩相手となると勝ちを拾えることはほとんどない。
「ははっ。その言い種なら、井関の方が己よりも格上だと認めてるように聞こえるぜ」
「それこそ冗談じゃない。プロレスなら俺の方が上です。圧倒的に」
「まあまあ、そう興奮するな。で、続きはあるのか。話が違うってことの」
「あ、ああ、そうでした、その話でした。二番目に言いたいのは体格。井関の体格はどうひいき目に見積もってもライトヘビーが関の山。普段、志貴斗の試合ではミドル級リミットで闘ってるそうじゃありませんか」
続く
鶴口と鬼頭の試合を伝える記事を思い起こしながら、小石川はふと浮かんだ考えを口にした。
「ああ」
「ひょっとして、福田さんが作戦を授けたとか?」
直感で聞いてみる小石川。福田は前を向いたまま、唇をにやりとさせた。
「さあな。鬼頭のおっさんが戸宮に勝って、次に鶴口と当たると決まったあと、二人で飲みに行ったことは行ったが、どんな話をしたかまでは覚えちゃいないね。あの夜は飲み過ぎた」
明らかにとぼけている。そしてとぼけていることを楽しんでいる様子の福田に、小石川は肩をすくめた。
水橋と開原の再試合を残し、準決勝の一つが行わる予定だった京都大会で、前日に緊急記者会見が開かれた。
総合格闘技・志貴斗の選手で、ロードにも参戦経験のある井関大吾のプロレス参戦が発表され、翌日の京都大会で伊藤とシングルで当たるという内容。
これは志貴斗との話がとりあえずまとまったことを意味していた。厳密には、テストケースという位置付けだ。
「話がまとまりつつあるのはいいとして、この試合がトーナメントの一環として行われるのは納得いきません」
会見翌日、つまり大会当日に情報を持って来た練習生が帰ったあと、福田と小石川はまた病室で意見交換をした。
「表向きは挑戦してきた外敵に対して、まずは若手を当てるというセオリー通りのマッチメークに見えるだろうが、内情を知っているだけにどうにも腹立たしい……というおまえの気持ちは分かるが、どっちにせよおまえ自身は試合ができる状態じゃないんだから、ここはスルーしとけ」
「分かってますよ。この前の話が身に染みましたから。納得できないというのはトーナメントに割り込まれたからだけじゃなくって、仮に井関が勝てば、次は佐波と当たるってことです。プロレスでデビュー二戦目の奴が佐波との試合が組まれるなんて、通常はあり得ない」
「んなこと言ったって、これまでプロレス界に、他種競技からの転向者の特別扱いなんて、腐るほどあったろう」
大相撲の関取力士と五輪にも出たような柔道家が双璧で、空手家やキックボクサーもいる。アメリカンフットボーラーやボディビルダーなんてのもあった。
「参戦当初は異種格闘技戦として煽って、プロレスに順応できそうなら本格的にプロレスに移行してもらう。客を集め、選手を売り出すための常套手段じゃねえか。それを今さらガタガタ文句言うなっての」
「過去の歴史はもちろん承知していますよ。その上で、今度の件はまた話が違うだろうってことです」
「どこが違うのか言ってみな」
福田が面白そうに問い返す。彼自身、事例が異なること自体は十二分に理解しているようだった。
「ええ、望むところですよ。第一に、これまでとは格が違う。大相撲出身の特別扱いは元横綱や大関クラスだった。柔道にしたって、オリンピックや世界選手権なんかでメダルを獲るかそれに準じた実績を残した選手が、特別扱いを受けていました。じゃあ、井関は何の実績があるのか?って話ですよ」
鼻息荒く、口角泡を飛ばす小石川。
「俺、元々そんなに詳しくないから調べましたよ。ここ、ネットが使えないから、若い奴らに雑誌を買ってこさせて。総合格闘技のこと、ロードや志貴斗のことも」
「小金がかかってるな。で、どうだった。聞かせてくれよ」
「井関は四年目の選手で、志貴斗のアマチュア選手権でこそ優勝が記録されていましたが、プロになってからは調子がよかったのは最初の数試合だけで、あとは勝ったり負けたりの繰り返し。まだタイトルマッチにもこぎ着けていない。ただし、先輩選手の代打でロードに参戦したところ、思い切りのよいファイトぶりで支持を得た。そこから継続的にロードに参戦するようになったとありました。正直言って、特別扱いしなきゃならない格の選手じゃありませんね。実際、世間一般の知名度なんてないに等しい。人気はあくまでもロードで得た、総合格闘技ファンからのものに限られる」
「そっくりそのまま、おまえさんに当てはまりそうじゃないか。なあ、拓人?」
「冗談を言わないでください。俺にはアマチュアの実績なんてゼロですよ。という以前にアマチュアの経験自体がない。勝ったり負けたりなら星は五分以上でないとだめだと思いますが、俺はまだ負けの方が多いですよ、恐らく」
ここ一年ほどで多少認められたか、若手の中では筆頭格扱いだが、それでも先輩相手となると勝ちを拾えることはほとんどない。
「ははっ。その言い種なら、井関の方が己よりも格上だと認めてるように聞こえるぜ」
「それこそ冗談じゃない。プロレスなら俺の方が上です。圧倒的に」
「まあまあ、そう興奮するな。で、続きはあるのか。話が違うってことの」
「あ、ああ、そうでした、その話でした。二番目に言いたいのは体格。井関の体格はどうひいき目に見積もってもライトヘビーが関の山。普段、志貴斗の試合ではミドル級リミットで闘ってるそうじゃありませんか」
続く
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