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17.シナリオとガチンコとアドリブ
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「どうしてです。じらさないで、理由を教えてください」
苛立たしさから指先が小刻みにベッドの縁を叩く。そんな小石川を、福田は愉快そうに見つめた。
「じらしてるつもりなんかないんだが。いいか、いくら真剣勝負ったって、興行だ。客を入れて観てもらって、お金をいただく。これがベースにある。志貴斗との対抗戦が行われるとなれば、最高級のフルコースを饗さないといかんだろ。そんなコース料理に、一つでも間違ったメニューを入れちゃいけない。要するに、見るに堪えないような喧嘩に発展しそうな組み合わせだ。許されるのは刺激のある極端な味付けか、見たこともない珍しい材料を使った珍味までだろう」
「福田さんと井関の試合は、その枠に収まらないっていうんですか」
「俺は当事者だからな、分からんよ。ちゃんと枠内で収めるつもりはあっても、相手のあることだし、実際にやってみたらどうなるやら。頭に血が上ってかーっとなるかもしれん」
「……それなら逆に、俺なんかにはチャンスがあるかもしれないってことですか」
自らを指差しながら目を輝かせる小石川。福田は唇を歪ませ、唸った。
「うーん、どうなんだろうな? おまえさんは俺のお気に入りだと思われてるだろうから、やっぱ、難しいんでないの? 福田のかたきを取る気でいるに決まっている!って見なされてな」
「だめか。……だったらいっそ、福田さんにポーズだけでも三行半を突きつけようかな」
「何だと?」
コルセットで固定された首から上を、身体ごと向きを換えることで小石川を睨む福田。小石川は両手を広げてそんな兄弟子をなだめつつ、「だから、ポーズだけですって」と弁明に入る。
「井関らとのことは公にできないから言えませんけど、代わりにそうだな、『鶴口に負けるなんてふがいない』というような見捨てる発言をしたら、俺は福田さんべったりのシンパとは思われなくなって、井関とやる機会が巡ってくるかもしれない、とこういう意味ですよ」
「ふん、それでもいい気はせん。若い時分から思ったままの口を利いているといずれ偉い目に遭うぞ。もっと力を付けてからにしときな」
「お言葉ですが福田さん」
「だからその『お言葉ですが』ってのも生意気に聞こえるんだよ。俺が言ってるのはレスリング実力だけじゃねえ。業界の中での立場もひっくるめて言ってるんだ。今のまんまじゃ、おまえに着いていこうなんて奴は一人もいないんじゃないか。将来、トップに立つ気概があるのなら、その辺も考えておけよ」
「……」
「上にゴマをすれとか、下にいい顔をしろなんて言ってないからな。後先をよく考えて発言しろって意味だ。仮におまえが今退院できたとしたって、身体を戻すのに時間が掛かる。試合勘を取り戻すまでに恐らく一ヶ月は必要だろうな。充分な準備なしに総合格闘技との対抗戦に出たって、リスクがでかいだけだ。たいして名前も売れてない似たような知名度の奴とやって、勝ってもたいして注目されない。負ければおまえという商品に傷が付く。――これはあんまり言うなと言われてるんだがな」
語調を変えた福田に、小石川は知らず緊張感を覚え、居住まいを正した。
「社長はおまえにも目を掛けている。将来のエースの一人として期待してるんだよ。宇城、佐波とおまえとで“うちの三羽烏”と呼んでな」
「……信じられません」
感に堪えぬと、声が若干震える小石川。
「社長にはかわいがってもらっていると言っても、なかなかチャンスは巡ってこないし、宇城さんの踏み台になるのが関の山だと」
「ま、その辺は選手の個性に合わせた育て方の違いってやつだろうな。俺だって具体的に聞いたんじゃないからな。想像で物を言うと、宇城はあのがたいでよく動けるとあって、そりゃあ社長も期待を掛けるさ。ただ、あいつにはバスケットボールや野球でちやほやされた経験が短いながらもある。そのプライドを傷つけないでおいてやろうという親心、いや師匠心か。褒めて延ばすってことさ。一方でおまえは雑草タイプだと見込まれたんだろう。徹底的に厳しく指導して、反発してそこから這い上がるのを期待されてるのさ」
「それを聞いてしまうと、雑草じゃなくなるかもしれませんよ、俺」
「そんなたまじゃないだろ。本人が分かってないのなら、他人の俺が保証してやる」
がははと短く笑って、またまたしかめ面をしてから福田は付け加えた。
「焦るな、拓人。まずはプロレスで復帰することを念頭に置け。それも最高のプロレスでな」
「はい」
ほんのわずかだがしんみりしたところで、場の空気を戻したのは福田の方だった。
「で、対抗戦の組み合わせだが」
「ああ、その話をしてたんでしたね」
「俺が思うに、手本となる試合を見せるためにトップ同士がいきなりやるかどうか判断に迷っているんじゃないかね」
「トップ同士というのは、実質的に興行を引っ張っている長羽さんや実木さんと、向こうのチャンピオンクラスとがやると」
「そこが読めねえんだよな」
続く
苛立たしさから指先が小刻みにベッドの縁を叩く。そんな小石川を、福田は愉快そうに見つめた。
「じらしてるつもりなんかないんだが。いいか、いくら真剣勝負ったって、興行だ。客を入れて観てもらって、お金をいただく。これがベースにある。志貴斗との対抗戦が行われるとなれば、最高級のフルコースを饗さないといかんだろ。そんなコース料理に、一つでも間違ったメニューを入れちゃいけない。要するに、見るに堪えないような喧嘩に発展しそうな組み合わせだ。許されるのは刺激のある極端な味付けか、見たこともない珍しい材料を使った珍味までだろう」
「福田さんと井関の試合は、その枠に収まらないっていうんですか」
「俺は当事者だからな、分からんよ。ちゃんと枠内で収めるつもりはあっても、相手のあることだし、実際にやってみたらどうなるやら。頭に血が上ってかーっとなるかもしれん」
「……それなら逆に、俺なんかにはチャンスがあるかもしれないってことですか」
自らを指差しながら目を輝かせる小石川。福田は唇を歪ませ、唸った。
「うーん、どうなんだろうな? おまえさんは俺のお気に入りだと思われてるだろうから、やっぱ、難しいんでないの? 福田のかたきを取る気でいるに決まっている!って見なされてな」
「だめか。……だったらいっそ、福田さんにポーズだけでも三行半を突きつけようかな」
「何だと?」
コルセットで固定された首から上を、身体ごと向きを換えることで小石川を睨む福田。小石川は両手を広げてそんな兄弟子をなだめつつ、「だから、ポーズだけですって」と弁明に入る。
「井関らとのことは公にできないから言えませんけど、代わりにそうだな、『鶴口に負けるなんてふがいない』というような見捨てる発言をしたら、俺は福田さんべったりのシンパとは思われなくなって、井関とやる機会が巡ってくるかもしれない、とこういう意味ですよ」
「ふん、それでもいい気はせん。若い時分から思ったままの口を利いているといずれ偉い目に遭うぞ。もっと力を付けてからにしときな」
「お言葉ですが福田さん」
「だからその『お言葉ですが』ってのも生意気に聞こえるんだよ。俺が言ってるのはレスリング実力だけじゃねえ。業界の中での立場もひっくるめて言ってるんだ。今のまんまじゃ、おまえに着いていこうなんて奴は一人もいないんじゃないか。将来、トップに立つ気概があるのなら、その辺も考えておけよ」
「……」
「上にゴマをすれとか、下にいい顔をしろなんて言ってないからな。後先をよく考えて発言しろって意味だ。仮におまえが今退院できたとしたって、身体を戻すのに時間が掛かる。試合勘を取り戻すまでに恐らく一ヶ月は必要だろうな。充分な準備なしに総合格闘技との対抗戦に出たって、リスクがでかいだけだ。たいして名前も売れてない似たような知名度の奴とやって、勝ってもたいして注目されない。負ければおまえという商品に傷が付く。――これはあんまり言うなと言われてるんだがな」
語調を変えた福田に、小石川は知らず緊張感を覚え、居住まいを正した。
「社長はおまえにも目を掛けている。将来のエースの一人として期待してるんだよ。宇城、佐波とおまえとで“うちの三羽烏”と呼んでな」
「……信じられません」
感に堪えぬと、声が若干震える小石川。
「社長にはかわいがってもらっていると言っても、なかなかチャンスは巡ってこないし、宇城さんの踏み台になるのが関の山だと」
「ま、その辺は選手の個性に合わせた育て方の違いってやつだろうな。俺だって具体的に聞いたんじゃないからな。想像で物を言うと、宇城はあのがたいでよく動けるとあって、そりゃあ社長も期待を掛けるさ。ただ、あいつにはバスケットボールや野球でちやほやされた経験が短いながらもある。そのプライドを傷つけないでおいてやろうという親心、いや師匠心か。褒めて延ばすってことさ。一方でおまえは雑草タイプだと見込まれたんだろう。徹底的に厳しく指導して、反発してそこから這い上がるのを期待されてるのさ」
「それを聞いてしまうと、雑草じゃなくなるかもしれませんよ、俺」
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がははと短く笑って、またまたしかめ面をしてから福田は付け加えた。
「焦るな、拓人。まずはプロレスで復帰することを念頭に置け。それも最高のプロレスでな」
「はい」
ほんのわずかだがしんみりしたところで、場の空気を戻したのは福田の方だった。
「で、対抗戦の組み合わせだが」
「ああ、その話をしてたんでしたね」
「俺が思うに、手本となる試合を見せるためにトップ同士がいきなりやるかどうか判断に迷っているんじゃないかね」
「トップ同士というのは、実質的に興行を引っ張っている長羽さんや実木さんと、向こうのチャンピオンクラスとがやると」
「そこが読めねえんだよな」
続く
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