闘技者と演技者

崎田毅駿

文字の大きさ
17 / 58

17.シナリオとガチンコとアドリブ

しおりを挟む
「どうしてです。じらさないで、理由を教えてください」
 苛立たしさから指先が小刻みにベッドの縁を叩く。そんな小石川を、福田は愉快そうに見つめた。
「じらしてるつもりなんかないんだが。いいか、いくら真剣勝負ったって、興行だ。客を入れて観てもらって、お金をいただく。これがベースにある。志貴斗との対抗戦が行われるとなれば、最高級のフルコースを饗さないといかんだろ。そんなコース料理に、一つでも間違ったメニューを入れちゃいけない。要するに、見るに堪えないような喧嘩に発展しそうな組み合わせだ。許されるのは刺激のある極端な味付けか、見たこともない珍しい材料を使った珍味までだろう」
「福田さんと井関の試合は、その枠に収まらないっていうんですか」
「俺は当事者だからな、分からんよ。ちゃんと枠内で収めるつもりはあっても、相手のあることだし、実際にやってみたらどうなるやら。頭に血が上ってかーっとなるかもしれん」
「……それなら逆に、俺なんかにはチャンスがあるかもしれないってことですか」
 自らを指差しながら目を輝かせる小石川。福田は唇を歪ませ、唸った。
「うーん、どうなんだろうな? おまえさんは俺のお気に入りだと思われてるだろうから、やっぱ、難しいんでないの? 福田のかたきを取る気でいるに決まっている!って見なされてな」
「だめか。……だったらいっそ、福田さんにポーズだけでも三行半を突きつけようかな」
「何だと?」
 コルセットで固定された首から上を、身体ごと向きを換えることで小石川を睨む福田。小石川は両手を広げてそんな兄弟子をなだめつつ、「だから、ポーズだけですって」と弁明に入る。
「井関らとのことは公にできないから言えませんけど、代わりにそうだな、『鶴口に負けるなんてふがいない』というような見捨てる発言をしたら、俺は福田さんべったりのシンパとは思われなくなって、井関とやる機会が巡ってくるかもしれない、とこういう意味ですよ」
「ふん、それでもいい気はせん。若い時分から思ったままの口を利いているといずれ偉い目に遭うぞ。もっと力を付けてからにしときな」
「お言葉ですが福田さん」
「だからその『お言葉ですが』ってのも生意気に聞こえるんだよ。俺が言ってるのはレスリング実力だけじゃねえ。業界の中での立場もひっくるめて言ってるんだ。今のまんまじゃ、おまえに着いていこうなんて奴は一人もいないんじゃないか。将来、トップに立つ気概があるのなら、その辺も考えておけよ」
「……」
「上にゴマをすれとか、下にいい顔をしろなんて言ってないからな。後先をよく考えて発言しろって意味だ。仮におまえが今退院できたとしたって、身体を戻すのに時間が掛かる。試合勘を取り戻すまでに恐らく一ヶ月は必要だろうな。充分な準備なしに総合格闘技との対抗戦に出たって、リスクがでかいだけだ。たいして名前も売れてない似たような知名度の奴とやって、勝ってもたいして注目されない。負ければおまえという商品に傷が付く。――これはあんまり言うなと言われてるんだがな」
 語調を変えた福田に、小石川は知らず緊張感を覚え、居住まいを正した。
「社長はおまえにも目を掛けている。将来のエースの一人として期待してるんだよ。宇城、佐波とおまえとで“うちの三羽烏”と呼んでな」
「……信じられません」
 感に堪えぬと、声が若干震える小石川。
「社長にはかわいがってもらっていると言っても、なかなかチャンスは巡ってこないし、宇城さんの踏み台になるのが関の山だと」
「ま、その辺は選手の個性に合わせた育て方の違いってやつだろうな。俺だって具体的に聞いたんじゃないからな。想像で物を言うと、宇城はあのがたいでよく動けるとあって、そりゃあ社長も期待を掛けるさ。ただ、あいつにはバスケットボールや野球でちやほやされた経験が短いながらもある。そのプライドを傷つけないでおいてやろうという親心、いや師匠心か。褒めて延ばすってことさ。一方でおまえは雑草タイプだと見込まれたんだろう。徹底的に厳しく指導して、反発してそこから這い上がるのを期待されてるのさ」
「それを聞いてしまうと、雑草じゃなくなるかもしれませんよ、俺」
「そんなたまじゃないだろ。本人が分かってないのなら、他人の俺が保証してやる」
 がははと短く笑って、またまたしかめ面をしてから福田は付け加えた。
「焦るな、拓人。まずはプロレスで復帰することを念頭に置け。それも最高のプロレスでな」
「はい」
 ほんのわずかだがしんみりしたところで、場の空気を戻したのは福田の方だった。
「で、対抗戦の組み合わせだが」
「ああ、その話をしてたんでしたね」
「俺が思うに、手本となる試合を見せるためにトップ同士がいきなりやるかどうか判断に迷っているんじゃないかね」
「トップ同士というのは、実質的に興行を引っ張っている長羽さんや実木さんと、向こうのチャンピオンクラスとがやると」
「そこが読めねえんだよな」

 続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

2回目の逃亡

158
恋愛
エラは王子の婚約者になりたくなくて1度目の人生で思い切りよく逃亡し、その後幸福な生活を送った。だが目覚めるとまた同じ人生が始まっていて・・・

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...