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10.もう一人のライバル
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「身体は大丈夫だが、道場長としてばつが悪いのと、おまえの症状が気になったのとで巡業を離れた」
「すみません。ご迷惑を」
「いいんだよ。まじでばつが悪くてな。居づらい空気なんだわ。『俺もうあの人から教わるのやめようかなー』ってな目で見やがる」
「まさか。気のせい、思い込みですよ」
「どうだかな。俺に勝った鶴口の方は、あちこちの骨を軋ませてやったからな。大事を取って試合は休んでいるはず。取組に名前がなかった」
その調子なら多分、福田の威信も地に落ちるということはあるまい。
「明日からは二回戦ですが、宇城さんの抜けた枠に誰かを補充するなんてことはないんでしょうかね」
「おまえまさかその身体で、トーナメント復帰を狙っているのか」
「出ていいと社長が言えば出る気満々でいますよ」
「無茶言うな。相手が一番下っ端の伊藤岳春とはいえ、重傷のおまえを復帰させる訳にはいかねえと思うよ」
「じゃあ、伊藤は大もうけだ。一回戦シード、二回戦は宇城さんの辞退により突破。そんなんで戦えるんですかね、次のえっと準決勝戦」
「ぶつかる可能性のある相手は長崎か佐波だな。まあ無理だ。体格キャリアとも遠く及ばない」
「俺を復活させろとは言わないが、チャンピオン経験のある人が一人くらい降りてきて、臨時でトーナメントに出るとかにならないんですか」
「ツートップの二人は言うまでもなく、現役チャンプらが出てもメリットは少ないし、元王者の面々も大ベテランだ。今さら苦労してガチトーナメントに出て、うまく優勝できたとしても次期エースの話は絶対に回ってこない。逆に負ければ発言権や立場が弱くなりかねないわな。それどころかアクシデントで大けがでも負ったら、レスラー人生にまで響く。そんなもん背負ってまで出たくはないだろう。俺が同じ立場だったら出ねえな」
「じゃあ、枠を埋める話があって、みんなが辞退したら、そのときは俺を推薦してください。お願いします、福田さん」
「おまえ、ほんとに無茶言うなあ」
呆れて鼻白む福田の言う通り、そのような望みが叶うはずもなく。そもそも、宇城の抜けた枠に他の誰かを入れようという考えは、道山の頭には皆無だった。
ガチンコトーナメントは当初の組み合わせのまま、粛々と進む。
一回戦最後の対戦、鬼頭と戸宮は入場してくる戸宮に、鬼頭が場外戦を仕掛けてそのまま試合に突入。セメントになるのは開始三分後という取り決めをいいことに鬼頭がやりたい放題に暴れる。場外乱闘のどさくさでセコンドの一人が額をカットするというプロレスならではの“芸当”を発動し、戸宮は大流血に陥った。視界を奪われた戸宮は、距離感を掴めないまま得意の蹴りを出して反撃を試みるが、ほとんど当てられず。最後は場外戦でキックを鉄柱に誤爆。足の甲を痛めたところでリングアウト負けになった。
この試合経過を福田から電話で聞いた小石川は、ある疑いを抱いた。
「カットの約束、どこまで守ったんでしょうかね」
「知らん。おまえの言いてえことは分かるよ。鬼頭がカット役のセコンドを抱き込んで、カットの程度を取り決めよりも深くするように言い付ける。生え際をきつめにやられたら、ダメージはたいしたことがなくても血がどばどば出て、目が塞がるわな。でもまあ、証拠がない。プロレスにおける何でもありと言ったら、ここまで含めるもんじゃないかって気もする」
「だったら戸宮はどうすればよかったと」
「流血の話を断固として断りゃよかったんだよ。ガチンコになると決まっている試合で、油断しすぎだっつうの」
福田の割り切った考え方に、小石川はわずかな反発を覚えながらも、勉強になるとも受け止めた。
二回戦はまず、宇城の離脱により伊藤が不戦勝で、難なく準決勝進出。
二回戦第二試合は、宇城に次ぐ若手有望株と目される佐波が初めてセメント試合に臨むとあって、内部的に注目された。小石川にとってもう一人の倒すべき格上ライバルだ。相手は喧嘩に強いとされる長崎で、体格は遜色ない。
一方で観客からすれば、このところ成長著しい佐波が格上ガイジンとの試合で善戦する姿が一番見たい。そういったチャレンジ感のない日本人対決は歓迎されない時期だった。しかし、相手が長崎ならと期待する向きもある。どちらかと言えば地味な存在だった長崎だが、後楽園ホールでの前戦がマニアの間で評判を呼び、評価が高まっていたのだ(そしてそれ以上に敗れた小林の評価が急落していたが)。
試合は両者合意の下、開始直後からセメントOKとなっていた。ただし当然ながら二人ともOFGは未装着、素手である。ゴングが鳴るやコーナーを駆け出た二人。マット中央に陣取ろうと主導権争いを試みるも、そこはガチンコであるという緊迫感から、簡単には距離を詰められない。お見合い状態から、ぐるぐる回る。
やがて意を決したように長崎が突進。相撲のぶちかましに出る。プロレス一筋の佐波がこれをどう捌くか。彼は後退しながら掌底をくりだした。的確に長崎の頭部を捉え、勢いを止めることには成功した。
だが、張り手となると長崎も相撲で充分に経験がある。佐波が続ける掌底の軌道をよく見て、下方向から手のひらをあてがい、右も左も威力をあらぬ方向へ逃がしてやった。
動きは乏しいものの、互角の立ち上がりに場内が沸く。
続く
「すみません。ご迷惑を」
「いいんだよ。まじでばつが悪くてな。居づらい空気なんだわ。『俺もうあの人から教わるのやめようかなー』ってな目で見やがる」
「まさか。気のせい、思い込みですよ」
「どうだかな。俺に勝った鶴口の方は、あちこちの骨を軋ませてやったからな。大事を取って試合は休んでいるはず。取組に名前がなかった」
その調子なら多分、福田の威信も地に落ちるということはあるまい。
「明日からは二回戦ですが、宇城さんの抜けた枠に誰かを補充するなんてことはないんでしょうかね」
「おまえまさかその身体で、トーナメント復帰を狙っているのか」
「出ていいと社長が言えば出る気満々でいますよ」
「無茶言うな。相手が一番下っ端の伊藤岳春とはいえ、重傷のおまえを復帰させる訳にはいかねえと思うよ」
「じゃあ、伊藤は大もうけだ。一回戦シード、二回戦は宇城さんの辞退により突破。そんなんで戦えるんですかね、次のえっと準決勝戦」
「ぶつかる可能性のある相手は長崎か佐波だな。まあ無理だ。体格キャリアとも遠く及ばない」
「俺を復活させろとは言わないが、チャンピオン経験のある人が一人くらい降りてきて、臨時でトーナメントに出るとかにならないんですか」
「ツートップの二人は言うまでもなく、現役チャンプらが出てもメリットは少ないし、元王者の面々も大ベテランだ。今さら苦労してガチトーナメントに出て、うまく優勝できたとしても次期エースの話は絶対に回ってこない。逆に負ければ発言権や立場が弱くなりかねないわな。それどころかアクシデントで大けがでも負ったら、レスラー人生にまで響く。そんなもん背負ってまで出たくはないだろう。俺が同じ立場だったら出ねえな」
「じゃあ、枠を埋める話があって、みんなが辞退したら、そのときは俺を推薦してください。お願いします、福田さん」
「おまえ、ほんとに無茶言うなあ」
呆れて鼻白む福田の言う通り、そのような望みが叶うはずもなく。そもそも、宇城の抜けた枠に他の誰かを入れようという考えは、道山の頭には皆無だった。
ガチンコトーナメントは当初の組み合わせのまま、粛々と進む。
一回戦最後の対戦、鬼頭と戸宮は入場してくる戸宮に、鬼頭が場外戦を仕掛けてそのまま試合に突入。セメントになるのは開始三分後という取り決めをいいことに鬼頭がやりたい放題に暴れる。場外乱闘のどさくさでセコンドの一人が額をカットするというプロレスならではの“芸当”を発動し、戸宮は大流血に陥った。視界を奪われた戸宮は、距離感を掴めないまま得意の蹴りを出して反撃を試みるが、ほとんど当てられず。最後は場外戦でキックを鉄柱に誤爆。足の甲を痛めたところでリングアウト負けになった。
この試合経過を福田から電話で聞いた小石川は、ある疑いを抱いた。
「カットの約束、どこまで守ったんでしょうかね」
「知らん。おまえの言いてえことは分かるよ。鬼頭がカット役のセコンドを抱き込んで、カットの程度を取り決めよりも深くするように言い付ける。生え際をきつめにやられたら、ダメージはたいしたことがなくても血がどばどば出て、目が塞がるわな。でもまあ、証拠がない。プロレスにおける何でもありと言ったら、ここまで含めるもんじゃないかって気もする」
「だったら戸宮はどうすればよかったと」
「流血の話を断固として断りゃよかったんだよ。ガチンコになると決まっている試合で、油断しすぎだっつうの」
福田の割り切った考え方に、小石川はわずかな反発を覚えながらも、勉強になるとも受け止めた。
二回戦はまず、宇城の離脱により伊藤が不戦勝で、難なく準決勝進出。
二回戦第二試合は、宇城に次ぐ若手有望株と目される佐波が初めてセメント試合に臨むとあって、内部的に注目された。小石川にとってもう一人の倒すべき格上ライバルだ。相手は喧嘩に強いとされる長崎で、体格は遜色ない。
一方で観客からすれば、このところ成長著しい佐波が格上ガイジンとの試合で善戦する姿が一番見たい。そういったチャレンジ感のない日本人対決は歓迎されない時期だった。しかし、相手が長崎ならと期待する向きもある。どちらかと言えば地味な存在だった長崎だが、後楽園ホールでの前戦がマニアの間で評判を呼び、評価が高まっていたのだ(そしてそれ以上に敗れた小林の評価が急落していたが)。
試合は両者合意の下、開始直後からセメントOKとなっていた。ただし当然ながら二人ともOFGは未装着、素手である。ゴングが鳴るやコーナーを駆け出た二人。マット中央に陣取ろうと主導権争いを試みるも、そこはガチンコであるという緊迫感から、簡単には距離を詰められない。お見合い状態から、ぐるぐる回る。
やがて意を決したように長崎が突進。相撲のぶちかましに出る。プロレス一筋の佐波がこれをどう捌くか。彼は後退しながら掌底をくりだした。的確に長崎の頭部を捉え、勢いを止めることには成功した。
だが、張り手となると長崎も相撲で充分に経験がある。佐波が続ける掌底の軌道をよく見て、下方向から手のひらをあてがい、右も左も威力をあらぬ方向へ逃がしてやった。
動きは乏しいものの、互角の立ち上がりに場内が沸く。
続く
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