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7.取り決め
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「こいつらのはガチンコって呼べるのかどうか微妙だがな。煮え切らない小林がまずい。長崎は派手に椅子で殴りつけているように見えて、プロレス内のルールに則っているだろ。こりゃあ小林に最後の決断を迫っているとみたね、俺は」
「でも、小林さん動き鈍いな。本当にダメージ負ったか、嫌になってるかじゃないですか」
「だろ? それで業を煮やした長崎が」
福田の台詞の通り、長崎は再びリング下に降りて、小林の首根っことタイツを後ろから掴むと、無理矢理起こしてリング内へ押し込んだ。長崎自身は身軽にリングサイドに立ち、そこからロープをくぐってリングインと同時に、小林の顔付近を蹴り上げる。レフェリーが止めに入る間に、やっと小林が立ち上がる。左の鼻腔から血が出ていた。怒っているのか嫌がっているのか、未だにはっきりしない渋面をなしている。
鼻血を気にして俯いた小林へ、長崎がタックルに行った。
いや、レスリングなどのタックルではなく、ぶちかましだった。もんどり打って倒れた小林に長崎は覆い被さる。柔道で言う横四方固めを狙う態勢だ。そこから小林の左腕を絡め取ると一気にV字に折り畳む。アームロックに入った。
「……」
すぐにギブアップすると思われた小林が、意外と粘る。
「何でだ? ガチが嫌ならこの腕固めは渡りに船だろうに」
「俺も同じ疑問を持った。理解に苦しむ。で、無茶をする」
福田の言う無茶とは、小林が空いている右腕だけで長崎の巨体を持ち上げようと試み始めたこと。相手の股の間に手を通し、トランクスの縁を掴もうと探している。
「通常のプロレスじゃねえんだし、小兵相手なら可能性はあるが、元相撲取りの長崎をあの態勢から持ち上げるのは、いくらボディビルダーでも無理。で、カチンときた長崎が」
言葉を句切った福田。直後、ばちっとごきっとが混ざったような音がして、小林の左腕がいささか変な方向に曲がった。肩の骨も妙に飛び出した具合になっている。撮影者なのか周囲の客なのか「うげ」「うわ」「やったよおい」という声が連続して入っていた。
「最終的には肩の脱臼でレフェリーストップ。筋もやっちまったと思ってたんだが、ドクターの見立てで脱臼以外の大きな怪我はないと分かった」
「ううん……何とも言えない試合だったとしか」
「だろ? 小林は脱臼を治してもう練習を始めてるよ。話を聞いてやりたいんだが、機会がなくてな。まあいいだろ、この試合はこれで。で、第三戦の千葉にも撮影していた奴がいたから、取り上げておいた。見るか」
「え、ええ。興味あるんで。ただその前に一つ、伺いたいことがあります」
「何でぇ改まって」
次の再生の準備をしながら、片眉を上げる福田。
小石川は怪我さえしていなければベッドの上で正座をしかねない調子で言った。
「この後楽園、宇城さんは出場したんですか」
小石川は年上のライバルのことが気になって仕方がなかった。これだけは早めに知っておきたい。
「ああ、宇城なら出たぜ。それもけろりっしゃんとしてな」
謎の表現を使われて、小石川は思わず目を凝らした。
「なんすかそれ」
「五体満足、ピンピンしていたって意味だ。尤も、試合には負けてるがな。初来日の“岩石魔人”ブギー・ロックを引き立てて、見事な散りっぷりだった」
「……」
「入った当初はひょろ長いだけだったのが、いつの間にかうまくなってる。あの分なら、壮行試合でガイジンに勝たせてもらえるかもしれんぞ」
「福田さん、あんまり焦らせないでくださいよ」
小石川は作り笑顔が引きつるのが自分でも分かった。
「焦ったってしょうがねえよ。おまえさんは別の意味で社長に好かれてるからな。しごきに耐えてりゃいいこともあるさ」
そういえば……シリーズ中でよかったと感じる小石川。オフの期間であればあの道山力のことだ、治りきらない内に病院から連れ出して、道場でびしびししごくのが当たり前みたいなところがあった。
「医者の目安の半分で復帰すれば、社長もちっとは褒めてくださるだろうさ。さあ、第三戦で行われたガチ、見ようじゃねえか」
動画の再生が始まる。中継の入っていた後楽園と比べると、場内は段違いに暗い。当然、映像も暗くてとても商品になる代物ではないが、レスラーの姿形くらいなら区別が付く。
対戦の組み合わせは、後楽園人気の高い水橋と若頭的存在で寮長も務める森内剛太。プロレスでは十戦以上相対して、キャリアが上で体格も勝る森内が全勝で来ていたが、森内に故障が目立ち始めた今年に入り、初めて時間切れ引き分けがあった。
リングに登場した森内は、肘や膝に白い物がある。サポーターで固めているのが、悪い画質でもよく見て取れた。
一方、水橋の方はサポーターやテーピングの類は一切なし、グッドコンディションを保っているのが分かった。鮮明な画像であれば、肌の色艶もきっとよく映っただろう。
「先に聞いときますが、この試合は何分後にガチになるんです?」
「それがな、二人で前もって話し合って決めたらしくてな。ほら」
画面を見ろと、顎を振る福田。
目を凝らすと、森内は黒っぽい塊二つを手からぶら下げている。さらに言えば、彼自身の手は別のその黒い物で覆われているようだ。
「あれってまさか、オープンフィンガーグローブですか」
続く
「でも、小林さん動き鈍いな。本当にダメージ負ったか、嫌になってるかじゃないですか」
「だろ? それで業を煮やした長崎が」
福田の台詞の通り、長崎は再びリング下に降りて、小林の首根っことタイツを後ろから掴むと、無理矢理起こしてリング内へ押し込んだ。長崎自身は身軽にリングサイドに立ち、そこからロープをくぐってリングインと同時に、小林の顔付近を蹴り上げる。レフェリーが止めに入る間に、やっと小林が立ち上がる。左の鼻腔から血が出ていた。怒っているのか嫌がっているのか、未だにはっきりしない渋面をなしている。
鼻血を気にして俯いた小林へ、長崎がタックルに行った。
いや、レスリングなどのタックルではなく、ぶちかましだった。もんどり打って倒れた小林に長崎は覆い被さる。柔道で言う横四方固めを狙う態勢だ。そこから小林の左腕を絡め取ると一気にV字に折り畳む。アームロックに入った。
「……」
すぐにギブアップすると思われた小林が、意外と粘る。
「何でだ? ガチが嫌ならこの腕固めは渡りに船だろうに」
「俺も同じ疑問を持った。理解に苦しむ。で、無茶をする」
福田の言う無茶とは、小林が空いている右腕だけで長崎の巨体を持ち上げようと試み始めたこと。相手の股の間に手を通し、トランクスの縁を掴もうと探している。
「通常のプロレスじゃねえんだし、小兵相手なら可能性はあるが、元相撲取りの長崎をあの態勢から持ち上げるのは、いくらボディビルダーでも無理。で、カチンときた長崎が」
言葉を句切った福田。直後、ばちっとごきっとが混ざったような音がして、小林の左腕がいささか変な方向に曲がった。肩の骨も妙に飛び出した具合になっている。撮影者なのか周囲の客なのか「うげ」「うわ」「やったよおい」という声が連続して入っていた。
「最終的には肩の脱臼でレフェリーストップ。筋もやっちまったと思ってたんだが、ドクターの見立てで脱臼以外の大きな怪我はないと分かった」
「ううん……何とも言えない試合だったとしか」
「だろ? 小林は脱臼を治してもう練習を始めてるよ。話を聞いてやりたいんだが、機会がなくてな。まあいいだろ、この試合はこれで。で、第三戦の千葉にも撮影していた奴がいたから、取り上げておいた。見るか」
「え、ええ。興味あるんで。ただその前に一つ、伺いたいことがあります」
「何でぇ改まって」
次の再生の準備をしながら、片眉を上げる福田。
小石川は怪我さえしていなければベッドの上で正座をしかねない調子で言った。
「この後楽園、宇城さんは出場したんですか」
小石川は年上のライバルのことが気になって仕方がなかった。これだけは早めに知っておきたい。
「ああ、宇城なら出たぜ。それもけろりっしゃんとしてな」
謎の表現を使われて、小石川は思わず目を凝らした。
「なんすかそれ」
「五体満足、ピンピンしていたって意味だ。尤も、試合には負けてるがな。初来日の“岩石魔人”ブギー・ロックを引き立てて、見事な散りっぷりだった」
「……」
「入った当初はひょろ長いだけだったのが、いつの間にかうまくなってる。あの分なら、壮行試合でガイジンに勝たせてもらえるかもしれんぞ」
「福田さん、あんまり焦らせないでくださいよ」
小石川は作り笑顔が引きつるのが自分でも分かった。
「焦ったってしょうがねえよ。おまえさんは別の意味で社長に好かれてるからな。しごきに耐えてりゃいいこともあるさ」
そういえば……シリーズ中でよかったと感じる小石川。オフの期間であればあの道山力のことだ、治りきらない内に病院から連れ出して、道場でびしびししごくのが当たり前みたいなところがあった。
「医者の目安の半分で復帰すれば、社長もちっとは褒めてくださるだろうさ。さあ、第三戦で行われたガチ、見ようじゃねえか」
動画の再生が始まる。中継の入っていた後楽園と比べると、場内は段違いに暗い。当然、映像も暗くてとても商品になる代物ではないが、レスラーの姿形くらいなら区別が付く。
対戦の組み合わせは、後楽園人気の高い水橋と若頭的存在で寮長も務める森内剛太。プロレスでは十戦以上相対して、キャリアが上で体格も勝る森内が全勝で来ていたが、森内に故障が目立ち始めた今年に入り、初めて時間切れ引き分けがあった。
リングに登場した森内は、肘や膝に白い物がある。サポーターで固めているのが、悪い画質でもよく見て取れた。
一方、水橋の方はサポーターやテーピングの類は一切なし、グッドコンディションを保っているのが分かった。鮮明な画像であれば、肌の色艶もきっとよく映っただろう。
「先に聞いときますが、この試合は何分後にガチになるんです?」
「それがな、二人で前もって話し合って決めたらしくてな。ほら」
画面を見ろと、顎を振る福田。
目を凝らすと、森内は黒っぽい塊二つを手からぶら下げている。さらに言えば、彼自身の手は別のその黒い物で覆われているようだ。
「あれってまさか、オープンフィンガーグローブですか」
続く
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