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二十二.ドーソン・クラークに関する諸々
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「そういえばエミリーさんは従業員ではないのですか。確か最初、アランさんを社長と呼ばれたはずですが」
「従業員ではないな。手伝いをすることはあっても」
「少し前まで町で工員をやっていましたけど、今は花嫁修業中の身です」
アランに続いて本人がそう語った。
「まあそういう名目で、ここへはアンナの――グレイフルさんの話を聞くのが楽しみで来ているんですけど」
「ああ、装飾の」
「中でも服に興味があります。だからあながち嘘でもないですよね、花嫁修業って言っても」
同意を求められたメイズはうなずいておいた。アランはしょうがないなという顔をしているが、実の娘ではないのだから口を出さない方針らしい。
「さあ、早く行きましょう。お話を伺っていると、お昼もまだのご様子ですし、何か食べませんと」
「やけに腹が空くなと思ったらそうでした」
メイズが認めると、エミリーだけでなくアランまでもが声を立てて笑った。
「大学の研究のお手伝いでここまで来られて、怪我を負っていたら割に合いませんわね。どんどん食べて、血を補って」
「はあ、いただきます」
残り物のパンとスープと穀類だけだったが、空きっ腹を満たすにはちょうどよかった。
「ところでエミリーさん」
女性の方がおしゃべりだろうという計算と、エミリーが都会から来た自分に関心を持っているのが感じ取れたこともあり、メイズはあれこれ聞き出そうと思った。幸い、今は食堂に二人だけだ。他の者は作業に出払っている。
「何でしょう?」
「こちらで働く従業員の方達と親しいのですか。彼らに混じってお手伝いすることもあるみたいな口ぶりでしたし」
「ええ、馴染みの方は大勢いますよ。今の季節は故郷に戻られている方が多く、残られているのは本当に親しい人ばかりという感じかな」
「でしたら、私がロンドンでたまたま知り合った方についても、ご存じかもしれません。聞いてくれます?」
「もちろんいいですとも。ロンドンということは、多分もうここをおやめになった人ね」
すでに何人か当たりを付けている風なエミリー。
「今年の夏まで、住み込みで働いていたと語っていました。ドーソン・クラークという男性なのですが」
ご存じありませんかと顔を向ける。エミリーはほんの少し上目遣いになって、思い出しに掛かったようだ。
「――覚えています。すぐにはぴんときませんでしたが、メイズさんが今日、川の方へ行かれたことを聞いていたから、それで思い出せました」
「ど、どういうことでしょう?」
「クラークさんは休みの日や休憩時間によく川へ遊びに行っていたんですよ。多分、同じ場所じゃないでしょうか」
「へえ。面白い偶然ですね」
メイズはやり取りに応じながら、推理を心中で進めていた。
(まさか貴石を探しに、川に行っていたのだろうか。採掘して、公にならないルートで運ぶ……いまいちぴんと来るものがないなあ。価格に影響が出るほど採れたとは思えない。それとも、クラークが採り尽くしたからこそ、今はあの程度しか見付からないのだろうか)
「クラークさんは、川に何をしに行くか言っていました?」
「釣りですね。釣り針を垂らして、気分だけ味わうと言ってました。実際、釣ってきたことは一度もなかったはずです、多分」
「一人で川に行ってたんですか、彼?」
「まれに仕事仲間と連れ立っていったこともあったと記憶してますが、ほとんどの場合は一人でしたよ。私、夏の間はここにかなり長く滞在してましたから、間違ってないと思います」
エミリーの言い方に、メイズは軽く引っ掛かりを覚えた。すぐにはそれが何なのか分からなかったメイズだが、彼女の言ったフレーズを口の中で繰り返す呟く内に気が付いた。
「夏の間はっていうことは、エミリーさんがクラークさんを見たのは、今夏に限っての話になるんでしょうか?」
「はい。その前に私が農場へ来たのは四月でしたが、ドーソン・クラークさんはまだいなかったんです」
「ということは彼、もしかすると夏の間だけ農場で働いていたのかな」
「そうかもしれません。詳しくはアランさんにお尋ねください。記録が残っていると思います」
いきなりアランに尋ねると警戒を呼ぶ恐れがあると判断していたが、こうしてエミリーが道筋を付けくてくれたことで、アランにも聞きやすくなる。
「だとしたら、彼は結構ほら吹きなのかな。いかにもベテラン、いっぱしの農業人みたいな顔で語ってくれてましたよ」
「うふふ、かもしれませんね。私も思い出してきたわ。力仕事は苦手みたいで、スタミナもあんまりない。細かい作業を率先して引き受けていました。収穫した実の選別や、摘果とか」
「目立たない人だったのかな」
「そうですね。俺が俺がっていうタイプじゃなかったのは確か。友達も自分から作ろうとはしていなかった印象があるわ。大人しいというんじゃなくて、先頭には立たないっていう」
「敵を作りたくない性格なんだろうね」
推測を交えつつ、メイズは述べた。ドーソン・クラークが秘密裏に何かしていたとすれば、目立ちたくないだろうし、敵を作りたくないに決まっている。
続く
「従業員ではないな。手伝いをすることはあっても」
「少し前まで町で工員をやっていましたけど、今は花嫁修業中の身です」
アランに続いて本人がそう語った。
「まあそういう名目で、ここへはアンナの――グレイフルさんの話を聞くのが楽しみで来ているんですけど」
「ああ、装飾の」
「中でも服に興味があります。だからあながち嘘でもないですよね、花嫁修業って言っても」
同意を求められたメイズはうなずいておいた。アランはしょうがないなという顔をしているが、実の娘ではないのだから口を出さない方針らしい。
「さあ、早く行きましょう。お話を伺っていると、お昼もまだのご様子ですし、何か食べませんと」
「やけに腹が空くなと思ったらそうでした」
メイズが認めると、エミリーだけでなくアランまでもが声を立てて笑った。
「大学の研究のお手伝いでここまで来られて、怪我を負っていたら割に合いませんわね。どんどん食べて、血を補って」
「はあ、いただきます」
残り物のパンとスープと穀類だけだったが、空きっ腹を満たすにはちょうどよかった。
「ところでエミリーさん」
女性の方がおしゃべりだろうという計算と、エミリーが都会から来た自分に関心を持っているのが感じ取れたこともあり、メイズはあれこれ聞き出そうと思った。幸い、今は食堂に二人だけだ。他の者は作業に出払っている。
「何でしょう?」
「こちらで働く従業員の方達と親しいのですか。彼らに混じってお手伝いすることもあるみたいな口ぶりでしたし」
「ええ、馴染みの方は大勢いますよ。今の季節は故郷に戻られている方が多く、残られているのは本当に親しい人ばかりという感じかな」
「でしたら、私がロンドンでたまたま知り合った方についても、ご存じかもしれません。聞いてくれます?」
「もちろんいいですとも。ロンドンということは、多分もうここをおやめになった人ね」
すでに何人か当たりを付けている風なエミリー。
「今年の夏まで、住み込みで働いていたと語っていました。ドーソン・クラークという男性なのですが」
ご存じありませんかと顔を向ける。エミリーはほんの少し上目遣いになって、思い出しに掛かったようだ。
「――覚えています。すぐにはぴんときませんでしたが、メイズさんが今日、川の方へ行かれたことを聞いていたから、それで思い出せました」
「ど、どういうことでしょう?」
「クラークさんは休みの日や休憩時間によく川へ遊びに行っていたんですよ。多分、同じ場所じゃないでしょうか」
「へえ。面白い偶然ですね」
メイズはやり取りに応じながら、推理を心中で進めていた。
(まさか貴石を探しに、川に行っていたのだろうか。採掘して、公にならないルートで運ぶ……いまいちぴんと来るものがないなあ。価格に影響が出るほど採れたとは思えない。それとも、クラークが採り尽くしたからこそ、今はあの程度しか見付からないのだろうか)
「クラークさんは、川に何をしに行くか言っていました?」
「釣りですね。釣り針を垂らして、気分だけ味わうと言ってました。実際、釣ってきたことは一度もなかったはずです、多分」
「一人で川に行ってたんですか、彼?」
「まれに仕事仲間と連れ立っていったこともあったと記憶してますが、ほとんどの場合は一人でしたよ。私、夏の間はここにかなり長く滞在してましたから、間違ってないと思います」
エミリーの言い方に、メイズは軽く引っ掛かりを覚えた。すぐにはそれが何なのか分からなかったメイズだが、彼女の言ったフレーズを口の中で繰り返す呟く内に気が付いた。
「夏の間はっていうことは、エミリーさんがクラークさんを見たのは、今夏に限っての話になるんでしょうか?」
「はい。その前に私が農場へ来たのは四月でしたが、ドーソン・クラークさんはまだいなかったんです」
「ということは彼、もしかすると夏の間だけ農場で働いていたのかな」
「そうかもしれません。詳しくはアランさんにお尋ねください。記録が残っていると思います」
いきなりアランに尋ねると警戒を呼ぶ恐れがあると判断していたが、こうしてエミリーが道筋を付けくてくれたことで、アランにも聞きやすくなる。
「だとしたら、彼は結構ほら吹きなのかな。いかにもベテラン、いっぱしの農業人みたいな顔で語ってくれてましたよ」
「うふふ、かもしれませんね。私も思い出してきたわ。力仕事は苦手みたいで、スタミナもあんまりない。細かい作業を率先して引き受けていました。収穫した実の選別や、摘果とか」
「目立たない人だったのかな」
「そうですね。俺が俺がっていうタイプじゃなかったのは確か。友達も自分から作ろうとはしていなかった印象があるわ。大人しいというんじゃなくて、先頭には立たないっていう」
「敵を作りたくない性格なんだろうね」
推測を交えつつ、メイズは述べた。ドーソン・クラークが秘密裏に何かしていたとすれば、目立ちたくないだろうし、敵を作りたくないに決まっている。
続く
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