くぐり者

崎田毅駿

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二十一.正体を隠すために

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「よく見えませんでした。振り返ってすぐ、いきなりのことでしたから」
「身体が大きいか小さいか、性別は男か女かも分からない?」
「断定はできません」
「ふむ」
 アランはメイズの肩を離すと、首を傾げ少し考える時間を取った。それはものの三十秒ほどで終わる。アランはエミリーに顔を向けた。
「みんなは動かないでくれ。エミリー、手が汚れるが我慢して聞いてくれ」
「分かっています。二つ目の穴ぼこを調べろというんでしょう?」
 勘よく、かつ素直に応じたエミリーは、メイズが最前差し示した方へと歩を進め、くだんの穴のすぐ横に立った。穴と言っても深さは十センチもないだろう。
「メイズさん、ここですか」
「はい。その足下の」
 答えながらメイズは目を凝らした。殴られて意識をなくす前と今とで、穴の状態が微妙に違っている気がする。無論、多少距離があるため、確実なことは言えないが。
「そこに何かあるか、調べてみてくれ」
 アランの声に黙ってうなずくと、エミリーは長めのスカートを器用に折り込みながら、素早い動作でしゃがんだ。
「……何もないみたいです」
「そんなはずは」
 メイズは反射的に言い、思わず身を乗り出した。
「大丈夫かね、メイズさん」
「ええ、もう平気です。今はとにかく、あれを直に見たい」
「分かった。肩を貸そうか」
「ありがとうございます。一人で大丈夫です」
 代わりに飲み干したあとのカップを預かってもらうと、メイズは起き上がった。額以外にどこも痛むところはないことを確かめ、歩き出す。ただ、全身にダメージが浸透している感があり、足取りは重くなった。
「そういえば円匙……」
 最後の一掘りを加えようとしていたことを思い出し、周囲を見渡す。二メートルほど離れた地点で雑草に隠れるようにして、“俯せ”の上の状態で転がっていた。
「使うのかね? それが凶器ではないのか」
 着いて来ていたアランが心配げな声で問うてくる。現場保存のことを言っているのだ。
「そうか。そうですね」
 農場にある道具をわざわざ持って来てもらうのは手間が掛かるし、掘り返すのはひとまずあきらめた。土くれの隙間から覗くだけでも、中に何かあるのは見えたのだから、それがなくなっているかどうかを確認すれば事足りる。
 メイズはしゃがんで穴の中を見つめた。
(何もない)
 よほどうまく持ち去ったのか、そこに何かがあったという形跡すら判然としなかった。
(いや。押し込んで、上から土を被せた可能性もある)
 あきらめ悪く、メイズは指を使って土をこそぎ出していった。しばらく続けたが、結果に変化は生じなかった。何かがあったのは間違いないのだか、きれいに持ち去られていた。
「エミリーさんの言う通りでした。ありません」
「訳が分からないな。――おまえ達、心当たりはないか。誰かがこの辺で妙なことをしているのを見掛けたとか」
 従業員らに問い掛けたが芳しい反応はなかった。むしろ不満が高まっている。
「社長。そろそろ仕事に戻りたいんですが」
「そうそう。特に修理は早く取り掛からないと、また天気が崩れたときに危ないっすよ」
 口々に言い出したのを聞いて、アランは短い逡巡のあと、「分かった。足止めして悪かった。行ってくれ」と解散を告げた。
「皆さん、作業を放り出して集まってくれてたんですね」
「ああ。客人の身に何かあったのは一目瞭然だったからね。万が一のときは、みんなで担いで病院まで運ぼうかと言っていたよ。メイズさんが意外なほどぴんぴんしているから、拍子抜けしたんだろう」
「すみません」
「謝ることはない。それよりも怪我をちゃんと治療するべきだ。それとも警察に届けるのが先かな」
 昨日も警察絡みの事を起こしている。二日連続は印象が悪くなるのではないか。メイズはそう懸念した。
(身元を調べられるだけでもまずいが、それが農場の人達に伝わったら怪しまれて、計画がおじゃんだ)
 メイズはそう計算し、警察は断ることにした。
「大方、近所の子供達にに目撃されたんじゃないでしょうか。見慣れぬ若造が農場のそばでごそごそ変なことをやっていると思われて、石でも投げられたんでしょう。波風を立てたくないので、そっとしておきましょう」
「えっ、しかし」
 アランは驚いたようだったがその表情は一瞬だけで、すぐに察した。
「まあ、当事者たるあなたがそう言うのであれば。だがもし、これ以上ことが起きてエスカレートするようだったら、私の判断で通報する。皆の安全を守らねばならない」
「異存ありません。農場とその周辺で起きたなら、それが当然の権利です」
 見解の一致を見て、この騒動はひとまず決着とすることになった。ただし、バートンのことがまだ残っている。
「バートンについてはこのあと、心当たりを探してみるとしよう。私もお客の相手をせねばならないから、誰か他の者に頼むことになるだろうが。メイズさんはとにかく治療を受けた方がいい。見栄えもあるしね。エミリーがやってくれるだろう」
「喜んで引き受けますわ」
 ずっと待っていたエミリーが、首をちょこっと傾け微笑んだ。

 続く
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